わた
ショートショートです
愛用しているクッションがある。
優しいこけ色。
もとは球体で張りがあったが、使っているうちに楕円形になり、くたっとしてきた。
抱いていると体温を吸ってほんのり温かくなる。
テレビを見るとき、
寝るとき、
仕事で嫌なことがあった日、
意中の人に話しかけられた日、
毎日毎日、抱きしめていた。
しかし、長年使っていると、少し汚れてきた気がする。
異臭というにはほど遠いが、衛生的にどうなのだろう。
洗いたいが、洗濯機で脱水すると、きっと綿が寄ってしまう。
ぺらぺらな所と硬い所が出来てしまう。
そんなのだめだ。
ディスカウントストアで一目惚れしたクッション。
高いものではないが、二度と手に入れることは出来ないだろう。
なんとか綿が寄らないようにできないか。
ああ、一度中身を出して、外側と別々に乾かせばいいんじゃないか?
幸い明日は晴れ。
きっと乾いた綿はふわふわで暖かい。
太陽の匂いを抱きながら眠ると、さぞ良い夢が見れるだろう。
そういえばこのクッションの中身はどうなっているだろう。
もしかしてカビていたり、茶色くなっていたりするんじゃないか。
それは少し怖い。
開けて中身を見てみようか。
私は、はさみを取り出し、縫い目に沿わせた。
「よせよう」
小さな声が聞こえた。
思わず手止める。
「開けないでくれよう」
また声が聞こえた。
クッションだ。
クッションから声がする。
まさか。
クッションに耳を当てた。
「おいら外に出たくないよう」
やっぱりクッションから声がする。
きっと頭の上には、はてなマークがたくさん浮かんでいる。
思考が追い付かないまま、
「どうして出たくないの」
問うてしまった。
幼い声だからか、子供に話しかけるような口調になった。
なんで聞いたんだろう。
いやいやクッションって喋らんやろ。
え、喋るクッションなんてあったらそんなの…
あれ、以外と需要あるかもしれない。
「恥ずかしいんだよう。今までだってお互いの顔も見たことないのに…」
この綿には顔があるのだろうか。
「あんたは、いつも温かくて優しい匂いでぎゅってしてくれるだろ?
…おいらはそれが好きなんだ。
あんたがいない時間は少しさみしいけど、
顔見ちまったら、もっとさみしくなるよう。
ぬい目を閉じたら、またずっと会えなくなるよう」
なんともなんとも。
かわいらしい理由だった。
テレビを見るとき、
寝るとき、
仕事で嫌なことがあった日、
意中のあの人に話しかけられた日、
毎日毎日、抱きしめていた。
毎日毎日、抱きしめられていた。
癒されていたのは、自分だけではなかったのだ。
私はこの子の気持ちを無下に出来ない。
家事で燃えてしまったら。
浸水して泥水に浸かってしまったら。
その時は、さよなら、しなくてはならない。
せめてそれまでは大切にしよう。
私は、はさみをそっと仕舞った。
一週間後。
クリーニングに出したクッションが帰ってきた。
買った当初もこんな感じだったのだろうか。
石鹸の爽やかな匂いがする。
張りのある球体で、今にも弾み出しそうだ。
「おかえり」
私はクッションを、ぎゅっと抱きしめた。
こんなクッション欲しい
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