勧誘
よろしくお願いしますっ
テーマが身近ではないかと思いますがw
「そもそも、消防団とはだな。」
勧誘の声は止まらない。
全く興味がないのに、無理矢理、話をされても困るんです。
「すいません。そんなことはどうでもいいんです。
僕は高校で真剣に部活なんてやるつもりないんです。」
そういえば、やり過ごすことも出来たかもしれない。
でも、僕はそれができなかった。
「そいつはダメだよ。入ったって長持ちしないよ。」
そこには綺麗な黒い髪の女の子が立っていた。
旭ヶ丘市は地方都市
都市圏から近くもなく遠くもなく。
中途半端な位置にある。
市の中央には大きな川が流れそれに沿うように小高い山が連なる。
人口はなんとか10万人代をキープしている。
そんな町に僕は生まれ育った。
多少なりとも地場産業はあるのだが、多分高校卒業後は近郊の都市圏の大学へ行き就職とともにこの街を離れるんだろうな。
漠然とそう考えていた。
旭ヶ丘高校は近所ではそれなりの進学校だけれどすでに行われた選抜試験でクラス分けが行われ上位のクラスに入れれば有名大学も見込める。
そこからこぼれたものは、それなりの進学コースが待っている。僕は後者の方でなんとか困らない程度のところへいければいいと思っている。
特にやりたいこともないし就きたい職業もない。
高校生活前半はせいぜいゲームでもしてゆったりすごそう。
受験はもう少し後で考えよう。
入学のガイダンスが中心の最初の一週間の後半は部活動への勧誘が激しくなる。
週末までに決めてしまうのがこの学校のスケジュールだ。
自分は基本そんなのだから帰宅部を決め込むか、適当にサボれる文化系の部活動を選んで幽霊部員として3年間をすごそうと決めていた。
今日一日のガイダンスが終わり、クラスメートとの会話を交わした後、何も今日決めなくても明日があるんだから今日は早く帰ろう。そう思いつつクラスを後にした。
校舎からでれば部活動の勧誘で大騒ぎだ。
どこからともなく声がかかる。
こんなに声がかかるのもこの勧誘の時期だけだろうなと思う。
だから、いや、やめてください、僕をほっといてください。そう顔に書いてあるはずなのに声は止まらない。
ようやく校門近くにたどり着きふと見ると妙な看板が机に貼り付けてある。
青年消防団
消防団ってあの消防団だよなぁ
なんで部活動の勧誘にこんなのがあるんだろう。
しかも誰もいないし。
不思議に思って近ずいてみると簡単なチラシの束が置いてある。ふと手に取ろうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「ようこそ旭ヶ丘高校青年消防団へ」
振り向くとそこには、イカツイ男が笑顔で立っていた。
しまった。これはトラップだ。罠にはまってしまった。そこで「すいません」の一言があれば逃げられたかもしれない。
僕はバカだった。
「消防団ってあの消防団のことですか?」
男はニヤリと笑って
「そうさ、あの消防団さ。そんなのがなんで高校の部活動にあるのかって顔だなぁ。まぁ立ち話もなんだし座れ、座れ」
「あ、すいません。僕は入る気は」
その時、右手側から声がする。
「部長、新人獲得したんですか」
「おう、そうよ。こいつが興味ありそうな感じでな」
「本当ですかぁ。」
「だから言ったろ。こういうのは、むやみに声をかけるんじゃなく罠を張るのがポイントなんだって」
「そんなエサもないような罠に捕まるやつなんていないですよ」
すいません、ここにいます。
「俺は林道っていうんだ。2年生だよ。よろしくな 」
後からきた男が言った。
「僕は加藤藤丸って言います。っていうか僕は興味無いんで」
立ち去ろうとすると二人で
「まぁ、まぁ座れ、座れ」声をそろえる。
「あら、新人さん、」
今度は左手から女の声がした。
「すごいじゃない、今年はもう二人目なの」
違いますって、通りすがりです。
「消防団も安泰だねっ」
そんな可愛く言ってもらっても通りすがりです。
「私は平 優理って言います。」
林道とかいう先輩が「優理先輩は消防団の救急担当だからな。下手に扱うと怪我した時、痛い思いをするぞ。」
「あーっ林道君、何、その下手な気持ちって。そんな上から目線だったの」
「いや、そういう意味ではないです。」
「ちょっと、赤川君、後輩の教育がなってないぞ。」
どうやら部長は赤川という名前らしい。
「いや、そいつは育ちが悪いだけだ。」
なんだかよくわからないうちに、僕の存在が消えかけている。
これはちょうどいい。この隙に逃げますか。
「ちょっと新人君、どこに行くの」
優理先輩、今は僕を気にしてはいけません。
「まぁ、座って、座って」
そのセリフはもう3度目です。
渋々座るしかないこのタイミング。
まぁ、話だけでも聞いてみるかな。
とりあえず、入部届けさえ出さなきゃ問題ないでしょう。
「そもそもなんで高校の部活動に消防団なんてあるんですか。」
そうだよ。まずはこれだろう。
この旭ヶ丘高校、市内のスポーツ施設が集中する公園に隣接して作られているからいろんな部が存在するのは理解できる。
でも消防団なんて聞いたことはない。
消防団なんて近所に勤めるヒマな社会人がたまに起きる火事の時に野次馬のように集まって消防士の手伝いをするような町内の活動だろ。
たまに飲み会があって大騒ぎしている印象しかない。
僕が疑問に思うのは当然のことで誰もがみんなそう思うんだと思う。
部長が説明しはじめた。
ここ旭ヶ丘市の消防団組織は高齢化や若年層の都市部流出でどんどんなり手がいなくなってしまったらしい。で、市の方もこれはいかん、ということでいろんな方策を打ってたらしい。補助金を出すとか、自治会に人を割り当てるとか。
まぁ、市の担当者さんはいろんな苦労をしてたらしい。
これは、市内だけの問題ではなく近隣の市、県全体でも同じような問題なのだそうだ。
そこで悩んだ挙句出た案が老人による消防団だった。
これは苦肉の案だった。これでなんとか人数上の消防団は存続することになった。
ところがある年、消防団の技量を発表する消防操法大会において大失態を起こしてしまったそうだ。
これに業を煮やした某県会議員が消防、教育委員会に働きかけ消防団の低年齢化と消防意識向上のために公立高校への部活動として認めるように働きかけた。
そんなところらしい。
「でも変ですねぇ。僕は町内で消防団の募集で困っているなんて聞いたことがないですよ。」
「お前はどこ中なんだ。」
「平和です。」
「なるほどな、市の人口が高齢化しているといってもだ。場所によって違うんだ。昔は人口が多かった地区が少なくなったり、少なかった地区に人口が集中したり、時代が変わって人口分布も変わってしまったんだな。」
優理先輩が口を挟む。
「藤丸君の校区は大きな工場が多いでしょ。そのおかげで人口が流入しているのよ。しかも工場にも防災組織があって、結構会社が地元の消防団の人員を受け持ってくれてたりするの」
つまり地元へいい顔するために会社が動いてるって言うわけなんだ。
サラリーマンのみなさん、ご苦労様です。
これで僕の疑問は解けました。
もう思い残すことはありません。
もう帰ります。
「そうですか、色々ありがとうございます。
そこだけが気になってて、申し訳けないんですけど
入部するつもりはないんです。
消防操作大会でしたっけ、どんな大会かわかりませんけど、体育会系なんですよね。なおさら入る気ないです。」
僕は席を立った。
「そもそも、消防団とはだな。」
勧誘の声は止まらない。
全く興味がないのに、無理矢理、話をされても困るんです。
「すいません。そんなことはどうでもいいんです。
僕は高校で真剣に部活なんてやるつもりないんです。」
そういえば、やり過ごすことも出来たかもしれない。
でも、僕はそれができなかった。
「そいつはダメだよ。入ったって長持ちしないよ。」
そこには綺麗な黒い髪の女の子が立っていた。
沢渡 瑞枝がそこにいる。