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異世界「の」コレクション、始めました!  作者: 国崎らびふ
-アニマリア研究録「異世界の生態系について」-
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-アニマリア研究録「異世界の生態系について」-(前編)

 異世界の生態系は地球とどう違うのだろう?

 天才高校生・伊勢海斗(いせかいと)は疑問に思った。

 その飽くなき探求心に呼応するかのように、異世界への鍵「セレニウム」が、新しい世界を指し示す――

 

▽△

 

 荒れ果てた大地の、深い谷の合間だった。

 天を仰ぐと、ぼんやりと薄暗い雲の合間から、わずかに月光が差し込んでいるのが見えた。切り立った崖は簡単に登れるとは思えぬほど険しい。渓谷を吹き抜ける突風は、どことなくビル風を思い出させた。


「今回はすごいとこに出たな」


「男のロマン溢れますな」


「お前、女だろうが」


「そうだった」


 みーすけは舌を出して無邪気に笑いながら、地面に旗を刺していた。


 「みーすけ」……もとい、成谷(なりや)みいかは幼なじみだ。俺が異世界の研究を始めてからというもの、助手になりたいと聞かず、やむなく連れ回している。腰まで伸びる二つのお下げ、「動物愛護」と胸に書かれた薄手のパーカー、ひらひらと舞うフレアミニスカート、真っ黒なニーソックス。パーカーは同じ色で違う文字が書かれたものを何十枚も持っているらしい。

 元が可愛いんだからもう少しオシャレしたらいいのに……とは思うが、俺こと伊勢海斗(いせかいと)のデフォルトの格好はTシャツに白衣にジーンズ。人の事は言えなかった。


「とにかく、町を探さないとな」


「さんせーい」


 俺たちは、異世界に飛んだ直後は真っ先に拠点を見つけるようにしている。

 理由は三つだ。最低限の荷物しか持ってきていない為、野営に限界があることが一つ。迷わないように目印を決めたいという事情が一つ。そして最後の一つは、異世界の文化も人によって形成される、という持論が俺にあるからだ。世界は勝手に作られるのではない。生き物によってこそ作られているはずだから、である。人の住む場所を探すのは、そういった意味でも最優先事項であった。


 みーすけと並んで渓谷を歩いて行きながら、俺は考えていた。

 俺の持つ鍵は場所を指定して飛ぶことができないから、ここがどんな異世界で、どのような場所なのかが分からない。故に不安を覚えていたのだ。


 ……俺たちがたまたまこの異世界の外れに飛ばされただけなのだろうか?

 ……それとも、この異世界はどこもこのような朽ちた大地なのだろうか?


 ――結論から言えば、後者だった。

 やっとの思いで渓谷を抜けたと思った俺たちの目に飛び込んできたのは、どこまでも広がる荒野だったのだ。


「嘘だろ……?」


 俺は唖然とした。


 木の一本も生えていない、砂塵が吹き荒れる荒野。赤土が剥き出しになっており、たまに見える人工物はいずれも瓦礫と化していた。みーすけが家から持ってきたマンガに、こういう世紀末じみた世界があった気がする。

 遠くに街の灯りと思しき光が見える。ひとまず無人の世界ではないことに胸をなで下ろすも、歩いて行けば数時間はかかりそうな距離を見て、俺は再び肩を落とした。


「ねえかーくん!」


 と。

 しょげている俺より前方で、みーすけが何かを見つけたらしく俺を手招いていた。誘われるまま、俺はみーすけの許に駆け寄ってみる。


 人の頭よりも小さな生物が、岩の陰で伸びていた。


 その生き物は……四足を持ち、真っ白い毛皮に覆われている。頭のてっぺんには両の耳が生えていて、顔の真ん中にある黒い鼻の横に、短いヒゲが生えていた。平たく言えば、


「ワンちゃんだー!」


 そういう感じの生き物だった。

 犬のようなその小動物は、俺たちの存在には気づいたようだが、一歩も動かない。いや、動けないのか? 傷は無いようだが……腹を空かせているようで、完全に気力を失っていた。


「何か食べ物無かったかなー」


 みーすけが、背負っていたリュックをごそごそ漁っている。俺はと言えばみーすけにワンちゃんを見張っておくようにと指示されたため、この小動物のことをぼんやりと眺めていた。チワワより小さいので仔犬なのだろうか。それにしてはこのような荒野に一匹でいるなんて珍しいこともあるものだ。

 珍しいといえば、背中に羽のようなものが生えている。小さな身体の幅の半分にも満たない本当に小ぶりなもので、これでは揚力は発生させられなさそうだ。多分、この生き物は飛べないのだと思う。

 俺が研究意欲丸出しで小動物の羽に触ろうとしたところで、


「これなら食べられるかな?」


 みーすけがリュックから食べ物を見つけだしていた。ジャーキーだった。袋にたくさん入っているファミリーパックだ。言うまでもなく人間用だが。


「人間の食い物って、動物には塩辛いって聞くぞ?」


「でも、何も食べなかったら結局死んじゃうよ?」


 確かに、とは思った。何せ周りにはペンペン草の一本すらも生えていないのである。普通、こういう荒野にはサボテンの一つくらい生えているのがお約束だと思うのだが。


「ぼくにもポリシーというのがあってだね」


「一応聞こうか」


 みーすけは大きな胸を大きく張ってから、


「やらずに後悔するなら、やって後悔しろってね」


「……全部はあげるなよ?」


「わーい! お父さんの許可が下りたぞー!」


 誰がお父さんだ。

 俺がツッコむより早く、みーすけはジャーキーの袋を開け、右手に一本だけジャーキーを乗せる。犬に近しい小動物のそばでかがんだ後、その口元へと差し出した。


「ほら、お食べー」


 みーすけが小さな声でそう囁いた。その様子を俺は後ろで立ったまま見守り、そういえばガキの頃にもみーすけは野良犬を見つけてきては勝手に餌をやっていたな、なんてことを思い出していた。

 小動物は、力のない半開きの目でジャーキーを見つめていたが、やがて気力を振り絞りよじよじと這った後……舌を伸ばして一口でそれを平らげた。


「た、食べた! 食べたよかーくん!」


 嬉しそうな声と共に振り返り、遊園地に初めて来た少年のように目をきらきら輝かせるみーすけ。こいつも犬みたいだな。


「ほら、もっとお食べ」


 みーすけは次々とジャーキーの個包装を開ける。警戒を解いたらしい小動物は、目の前に現れたジャーキーをどれもペロリと食べてしまっていた。まるでわんこそばみたいな光景だった。犬だけに。

 全部はダメだと言ったのに結局袋を空にしてしまった頃には、犬らしき小動物はすっかりみーすけに懐いてしまったようで、弱々しい動きでみーすけの指をぺろぺろ舐めていた。


「ね、かーくん」


「ダメだ」


「……まだ何も言ってないんだけど?」


 ほっぺをぷっくり膨らませながら、みーすけが抗議する。


「言わなくても分かるんだよ」


 みーすけが自宅の庭を犬のフンだらけにして親に説教されていた時のことを思い出しながら、


「連れていきたいって言うんだろ、その犬」


「うん」


「お前、本当に懲りないのな」


 俺は犬の首根っこをひっ捕まえる。大体、こいつはいつもそうだ。後先考えずにその場の思い付きで生き物を飼いたいとか言い出すのだ。しかし生き物を飼うってのがどれほど大変か……

 そんな感じで俺が熱心に説教をくれてやっている、まさにその時だった。


 ……ガブッ。

 犬らしき小動物が、俺の指を思い切り噛んでいた。


「ぎゃああああああ!」


 俺が痛みで思わず小動物をぶん投げると、みーすけは普段の鈍くささが嘘のような、ラグビー選手もかくやと言わんばかりの軽やかなジャンピングキャッチで小動物を受け止めていた。


「怖かったねー、かーくんは意地悪だもんねー」


 意地悪で悪かったな。


「ね、やっぱり連れて行こうよ」


「ダメだって言ってるだろ」


「町まで連れてくだけだから!」


「うーん、でもなあ……」


「ダメ……?」


 うるうる。

 ヘッタクソな上目遣いが、俺の目を突き刺す。自分の中で、何かが負けた気がした。


「はあ……今回だけだぞ」


「わーい! お父さんの許可が下りたぞー!」


 だから誰がお父さんだ。

 そうツッコむ気力もなくなるくらいに、己の意志の薄弱さを憎んだ。


「どうやって連れて行こうかな」


「そんなもん、手に抱えていけばいいだろ」


「ダメだよ。寒くてかわいそうだもん」


「だったらリュックにでもぶち込んどけば?」


「それはもっとダメー! もっとかわいそうでしょ!」


 だったらどこならいいんだよ。こんな荒廃した世界にドッグカートなんて高尚なもんが売っているとは思えないのだが。


「あ、ここならいいかも」


 みーすけは何を思いついたのか、パーカーのファスナーを少し下ろし、下のワイシャツを指で引っ張る。そして、生まれた隙間に小動物を挟んだのだ。


 ――とどのつまり、胸の間だった。


「ん、どしたの? そんな血の涙でも出そうな顔して」


「ほっといてくれ……」


 そういえば中学の頃自由研究で「小人になったらやりたいことアンケート」という題目のアンケートをやった時に「女子の胸に挟まれたい」が堂々の男子一位を飾っていたなー、なんてことを思い出しながら、その夢をあっけなくやってのけた犬畜生に対し、俺は恨みつらみを込めた目で睨みつけていた。いや、そういうの卑怯だろ。来世は犬に生まれ変わってやる。そう思った。


「ま、いいや。しゅっぱーつ!」


 町の光目指して、みーすけ(withクソッタレな裏切り者の小動物)が歩き出す。俺は不快だった。誰よりもみーすけと付き合いの長いこの俺ですら体験したことのない魅惑のEカップに、ポッと出の犬如きが収まるなんて。俺だって研究家を気取っちゃいるが、立派な高校生なのだ。みーすけが許しても俺が許さんぞ。

 そうグチグチと呟いていた俺が重い足取りで歩き始めた時だった。突然、辺りがふっと暗くなったのだ。雲が月を隠したのだろうか? ただでさえ薄暗い異世界だ。月明かりまで無くなったら懐中電灯が必要になってしまう。俺は忌々しげに空を見上げて、


「な、」


 言葉を、失った。


 月を遮ったのは雲などではなかった。

 それは、生き物の影だ。大きな翼を持ち、長い尻尾が伸びている。その生き物はなんと、口から真っ赤な炎を吐いた。その熱が生んだ光が、その有翼生物の全貌を明らかにする。それはトカゲのようにギラギラと輝く鱗に包まれていて、四肢には鋭い爪が生えていた。

 俺はみーすけと顔を見合わせる。俺と同じように強烈な既視感を覚えているのが分かった。あれは、あれは……!



 俺たちの世界の言葉でいうところの――()()()()だった!

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