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異世界「の」コレクション、始めました!  作者: 国崎らびふ
-ジェネラリスタ研究録「異世界での言語について」-
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-ジェネラリスタ研究録「異世界での言語について」-(後編)

 辿り着いた宿でチェックインを済ませる。帳簿に名前を書かされるのだが……俺が馬鹿正直に「伊勢海斗」と漢字で書くと、宿屋の主はたった一度も俺に書き直させることなく「イセ・カイト様ですね」と読み上げた。どうも会話だけでなく、読むことすら可能らしい。

 俺の名前の上に書かれている他の宿泊者の名前は、ミミズでも這った後のような、おおよそ文字とは言えない殴り書きだった。


 俺たちは一度部屋に荷物を下ろした。部屋を出て、ロビーにいた商人に服の予備を売って金を作った後、この町の地図と世界地図の二枚を買い付けた。ついでに、一つ質問をする。


「大きな戦争って、今どこかでやってます?」


「戦争? 今はやってないんじゃないか? イラーナ国で内紛が起こってるって話くらいだな」


 商人は言った。買ったばかりの地図を見る。イラーナ国とやらは、今いるメルティア連邦からはるか南西の場所だった。

 畳んだ地図を白衣の胸ポケットに突っ込み、ジーンズのポケットにはお釣りの四百チャムをねじ込んだ。

 図書館へ向かうため、表に出る。太陽が西に沈んでいくところだった。地図に従い、太陽を追いかけるように歩いていくと、こじんまりした図書館に辿り着いた。町の外れだった。


「なんか、ホラーゲームとかに出てきそう」


 みーすけがそう評したこの図書館は、足を踏み入れてみると確かに薄暗く、天井には蜘蛛の巣が張っている。これでゾンビなんか出てこようものなら間違いなく雰囲気が出るのだが、ゾンビどころか利用客すらいない有様であった。

 正直な所、あまり期待はしていなかった。本棚に刺さっているほとんどの本の背表紙が既に俺たちには読めない文字だったからだ。


 が、たった一冊だけ、読める本を見つけた。入り口から半周ほど歩いたあたりに備え付けられた机の上に――一冊の本が置いてあったのだ。窓から差し込む西日に照らされていたせいか、不思議に目についた。本を手に取る。表紙には確かに読める日本語で「世界のことばと歴史」と書いてあった。俺は無意識のうちに、その本を開いていた。


「中も日本語だね」


 みーすけが覗き込みながらそう言った。俺は椅子に腰掛け、本のページを捲る。


 ――この世界に生まれ落ちた人類は、もともと「人に伝わる言葉」で話す能力が身についていたのだという。長らく世界は平和だったが、ある時、資源の所有権を理由に、世界に戦争が起こった。


 戦争をするようになってから、突然、彼らの言葉は「人に正しく伝える能力」を失った。言葉の通じない戦争……血を血で洗う過酷な殺し合いの果てに、ひとりの調停者が現れ、資源を均等に割り当てて取引をすることを提案した。その調停者の言葉は、誰にでも理解できる言葉だったらしい。

 そして世界の人々は己の愚かさを恥じ、物事を正しく話し、聞き取ることを目指したのだった。


「だから、この世界の人たちは日本語が通じるんだね」


「ああ。これは大きな収穫だ」


 今すぐにでも家に帰ってレポートにまとめたいところだ。この本もできれば借りて、続きを読みたいのだが……


「……もし」


 ふと、背後から声をかけられた。俺とみーすけは慌てて振り返る。中折れ帽を深々とかぶり、寒くも無いのに厚手のコートを纏った背の高い男が、笑顔で立っていた。顔つきからして二十代後半と思われるが、何しろ身体の殆どを隠しているせいか、よく分からなかった。


「その本に、興味があるのかい?」


「え、ええ。もしかして、貴男の本でしたか?」


 男は頷いた。


「ずいぶん読みふけっているみたいで、声がかけづらくてね」


「す、すいません! すぐ返します!」


 俺は本を男に手渡した。うう、せっかく貴重な資料が手に入ったと思ったのに……。

 男は本を受け取ってから何やら逡巡した後、俺たちの向かいに座り、テーブルを挟んで頬杖をついた。


「君はまだ若いが……白衣がずいぶん似合うね。研究者かな?」


「そうですが……」


「そちらのお嬢さんも?」


 みーすけが名指しされ、緊張からか背筋を伸ばした。


「いえ、こいつはただの助手で……」


「そうか」


 男はまた柔らかく笑った。


「私も世界の成り立ちの研究には興味があってね」


「そうなんですか?」


「十年くらい、研究を続けているよ」


 俺なんかよりも大ベテランだ。そう聞くと、怪しげな風貌ですらもどこか威厳を感じるように思える。


「本を読んだのなら、是非君に聞きたいことがあるんだが」


「なんです?」


 身を乗り出して訊き返す。


「君は、どうして世界の作りに関する勉強をしているのかな?」


 俺が異世界の研究をしている理由。


 異世界とは、誰かが空想で作り上げた世界。俺の持つ鍵「セレニウム」は、そんな異世界に転移できる力がある。今のところ、俺はどの異世界に行くか選ぶことができず、ランダムに飛ばされるだけだ。だが、異世界を巡り、異世界の法則を知れば、好きな異世界に行けるようになるに違いない。



 そして俺には夢がある。それは――()()()()思い描いた異世界へ行くことだ。



 しかし、異世界人である事をベラベラ喋るわけにはいかない。俺はもっともらしい言い訳を考えてから、


「……世界の歴史に憧れてたからですよ。研究も進んでいない分野なので」


「なるほど」


 俺の答えを聞いた男は、あまり納得していない様子だった。ほがらかな表情から一転、鋭い目つきで俺を射抜く。まるで俺の内心を見定めているようで、気味が悪かった。


「何故、この世界の人が『言葉を正しく理解できる』能力が備わっているか、分かるかな?」


「そりゃ、お互いが揉めないようにするためで……」


「なら、共通語を一つ作ればよかったはずだ。この世界にはもう大きな戦争はない。わざわざ『言葉を理解できる体質』を身に着ける必要もない。そもそも、理解するだけなら……話す能力と聞く能力、()()()()()()()()()はずだろう?」


「……!」


「私は思うんだ」


 男はわざとらしく咳払いをして、


「彼らがすべての言葉を正しく理解する理由……それは世界中の人々が分かり合うためじゃなくて、他の場所から来た人の言葉も理解するためなんじゃないか。例えば……()()()()()()()()()()()人、とかね」


「異世界……」


 男の言葉を繰り返した。その言い方はまるで、俺たちが異世界人であることを見抜いているかのように感じて……背中に嫌な寒気が走る。一方のみーすけは、何も理解できていないようで、ただただぽかんとしていた。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ行かねば。連れが待っているのでね」


「……奥さんですか?」


「はは、まだ結婚はしてないんだ。もういい年なのに落ち着きがない女性でね……そこのお嬢さんとは大違いだ」


「いや、こいつも大概ですけど」


 みーすけが俺のほっぺをつねってきた。


「いて! いててて!」


「ぼくが落ち着きないって言いたいの!?」


 言いたいも何もその通りだろうが。俺がそう言うより早く、


「はは、仲が良いんだね」


 男が俺たちのやり取りを微笑ましそうに笑いながら茶化した後、椅子を引いて立ち上がる。


「君たちとは、またどこかで会えたらいいね」


 男は本を脇に抱え、手を振ってから背を向けて歩いて行く。静かな図書館に、靴で床を鳴らす音だけが響いていた。


「変な人だったね」


「ああ……」


 俺たちは目と口を開いたまま、遠くなっていく背中を眺めていた。陽は落ちていた。

 

 □

 

 その後は宿で一泊した。思っていたよりも早く目的は達したので帰ってもよかったのだが、せっかくチェックインしたのに、とみーすけが聞かなかったので、とりあえず泊まることにしたのだが、みーすけの寝相が悪すぎて一睡もできなかった。


 眠気を引きずったまま、港まで戻ってくる。

 俺が持つ鍵「セレニウム」は、帰る時には入ってきた場所まで戻る必要がある。今回は港にあるトイレだった。出てくる場所はランダムなので、火山の噴火口の隣だったり、氷原のど真ん中だったりしたこともある。その点今回は戻りやすくて助かった。


「じゃ、帰るぞ」


「はーい」


 トイレの扉に鍵を掲げる。片手に収まるほどの小さな鍵が光に包まれたかと思うと、目の前に大きな渦のようなものが現れた。俺が手を伸ばすと、渦の中に入ったところから解けていくような感覚を覚える。それでも身体ごと渦に押し込んでいく。目の前が真っ白になったかと思った刹那、すぐに見慣れた場所に出た。


「やっぱり自分の部屋は落ち着くな」


 四畳半の狭い部屋。東京の郊外に借りた一室は、静かで過ごしやすい。


「少しは掃除しなよー」


「忙しいんだよ」


 俺は椅子に腰かけ、机に向かってパソコンを起動する。アプリケーションを開き、キーボードをいそいそと叩く。


 異世界では言葉が通じる。

 しかしそれは異世界では普通だ。彼らは俺たちの日本語をきちんと理解し、喋るときには日本語としても聞き取れるような言葉で話す。

 言わば、それは体質のようなものだろう。当たり前のように備わっていて、誰もがそのことを疑問に思わない。あの世界では、戦争の歴史から相互理解能力を得た、というのが通説になっているようだ。


 ――しかし、もし本当に……異世界人が来た時のために、そのような能力が備わっていたとしたら――


「ねえねえ、ぼくの言葉もちゃんと伝わるんだよ」


 俺が頭を抱えていると、退屈したらしいみーすけが後ろから乗り出してきた。


「なんだよ」


 あしらおうとしてみーすけの顔を見ると、みーすけは満面の笑みで俺のことを覗き込んでいた。心なしか、頬を少し染めているように見える。

 みーすけがお下げを揺らしながら、ちょっとだけ甘えた声で言った。


「あい、らぶ、ゆー! へへ、なんて言ったでしょう?」


 ……なるほど。

きっと、異世界の人たちだけが特別なんじゃない。俺たちだって、伝える努力と理解する努力を怠っているだけで、正しく分かろうと思えば通じ合えるのだろうな。あ、これはレポートの結論に使えそうだ。

 俺は笑いながら、


「分からねえな」


 意地悪に答えてみたが、ちゃんと分かっている。きっとみーすけにも伝わっているだろう。ちょっと照れ臭いだけだ。


「あー、いいのかなー! 帰ったらキスって約束だったはずなんだけどなー!」


「う、それは……」


「えーい、襲っちゃうぞー! うらうらー!」


「やめ、やめろ! せめて書ききってから――」


 みーすけに押し倒される。あ、ダメだこれ完全に目がいってやがる。これ多分べろっべろにキスマーク付けられるやつだ。ちょっと待って、そこ触っちゃダメだと思うしそういうことはきっとたぶん伝わらないからやっぱり言葉を伝える能力はほしいっていうか、


「観念しろー!」


「うわあああああ!」


 ――今日も、レポートは進まない。

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