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異世界「の」コレクション、始めました!  作者: 国崎らびふ
-ジェネラリスタ研究録「異世界での言語について」-
2/5

-ジェネラリスタ研究録「異世界での言語について」-(前編)

 何故、異世界でも日本語が通じるのだろう?

 天才高校生・伊勢海斗は疑問に思った。

 その飽くなき探求心に呼応するかのように、異世界への鍵「セレニウム」が、新しい世界を指し示す――

 

▽△

 

 青い空が、青い海を照らしていた。

 港には数えきれないほどの商船が泊まっている。がたいの良い男たちが木箱を担ぎ、町へと歩いていく。町中はこれまた無数の店が立ち並んでおり、客を呼ぶ威勢ある声が、右から左から飛び交っていた。店のひとつひとつに店主がおり、自慢の商品を掲げている。その誰もが、目を希望で光り輝かせていた。


「わー! すごい! すごいよかーくん! 美味しそうなものがいっぱいある!」


「落ち着けみーすけ。まずは宿探しからだ」


 俺たちは町の人混みに呑まれながら、ありとあらゆる店の物色を行っていた。みーすけが先導しているためか、食べ物を扱っている店が多かった。


 「みーすけ」……もとい、成谷(なりや)みいかは幼なじみだ。俺が異世界の研究を始めてからというもの、助手になりたいと聞かず、やむなく連れ回している。腰まで伸びる二つのお下げ、「言語道断」と胸に書かれた薄手のパーカー、ひらひらと舞うフレアミニスカート、真っ黒なニーソックス、それらのどれもが、いろんな意味で現地人の目を引いていた。俺こと伊勢海斗(いせかいと)は、そんなみーすけのスカートの裾を押さえながら、この町で一番大きな宿を探しているのだ。


「おなかすいたー! 何か食べようよー!」


「だー! ちょっと待てって! 買ってやるから! 俺の手を食うな!」


 俺の右手の人差し指が、半分くらいみーすけにかじられていた。果たして人の指とは美味しいのかどうか疑問に思ったが、別にカニバリズムに興味が無い俺としては味の良し悪しなどどうでもいいし、そもそも人の肉とはあまり美味しくないとどこかで聞いた気がする。その真偽は知るところではないが、少なくとも俺たちの目の前に並んでいる干し肉のサンドの方がはるかに美味しいだろう、と言う事だけは確信があった。


「すいません、これいくらですか?」


 店先で呼び込みをしていた店主に訊ねる。


「ミートサンドかい? 一個一二〇チャムだぜ」


 俺はメモ帳に、この世界の通貨が「チャム」である事を書き留めた後、白衣のポケットを漁る。当然といえば当然だが、チャムなどという通貨を俺が持っているわけがない。第一、チャムという通貨が貨幣なのか紙幣なのか、それとも電子マネーなのかすらも分からないのだ。そのどれでもないかもしれない。


 通貨を知らない理由たるや簡単、俺とみーすけはこの世界の住人ではないのである。

 とある場所で手に入れた鍵「セレニウム」によって、俺たちは地球と異世界との往復が可能になったのだ。


「すみません、俺たち持ち合わせが無くて」


 俺が頭を掻いて苦笑いを浮かべると、店主は露骨に態度を変え、


「なんだあ、冷かしか? 感心しねえな」


 舌打ちを混ぜながらそう悪態を吐いたが、そこまでは予想の範疇だったために俺はみーすけに目配せし、持たせていたリュックから数枚の五百円玉を抜き出した。


「これ、俺たちの国の通貨です。レートは分からないですが……溶かせばそれなりの価値になるとは思います」


 硬貨を店主に渡すと、店主はしみじみとそれを眺めてから、


「ほー、いいもの持ってるじゃねえか。いいぜ、いくつでも持ってきな」


「さんきゅーべりまっちー!」


 みーすけがヘッタクソな英語でお礼を述べる。


「いいってことよ。たっぷり食えよ」


 みーすけの頭をぽん、と叩いた店主は、ついさっきまでの虫の悪さが嘘のように上機嫌になり、元の威勢で売り込みを再開した。

 みーすけはミートサンドをカゴごと抱えていた。持てねえっつーの。

 

 □

 

 広場にあるベンチに腰かけて食事を摂ったのだが、結局みーすけはミートサンドを十個ほど平らげていた。大体二十センチくらいの長さだから、俺たちの世界で言うところのホットドッグのようなものだと想像できれば早い。俺は三つが限界だったのに。背は高くないはずだが、どこにそんなに入るのだろう。。全部胸に栄養がいってるんじゃないだろうか。そういえば、最近Eカップになったとか言っていた。


 満足したのか俺に寄りかかって座るみーすけの頬をつつきながら、俺は話を切り出した。


「で、今回異世界に来た目的なんだが」


「んー……?」


「……お前、腹いっぱい食ったから眠いんだろ」


「えー……? かーくんがぼくと結婚してくれるってー……?」


「……お前な」


 もう何一つちゃんと聞いていなかった。やれやれ、仕方ない。俺はため息を一つついてから、みーすけの脇腹に手を伸ばし……


「ひゃわぁ!?」


「ちゃんと助手としての仕事を全うするって約束したんだから、ちゃんと協力しろ」


「だからってくすぐるのは……んっ……卑怯じゃないですかあ……んんっ」


 色気のある声を出しながら、みーすけが身体を捩らせる。浮いた涙が大きな目を濡らし、頬が紅潮する様を見てから、手を動かすのをやめてやる。解放されたみーすけが息を荒げながらぐったりしていた。


「いいか、ちゃんと聞けよ」


「ふぁい」


 俺がメモ帳を取り出すと同時、みーすけが胸元に手を突っ込み、スケッチブックを取り出す。毎度のことながらどういった構造で仕舞っているのだろうかと気にはなったが、ひとまず俺は元の問題を提示する。


 ――異世界とは、この世の誰かが思い描いた空想の世界である。


 「チート能力を得て最強になりたい」「魔法を使いたい」「ハーレムを作りたい」というぼんやりとした空想のそれぞれが、ひとつひとつの異世界となって形取っている。その異世界の多くは語られない。理由は簡単で、一人の人間が描ける世界などたかが知れているからだ。本来、世界というものは限りなく複雑なものである。


 しかし、異世界も世界の一つだ。思い描かれなかった部分を補うように、世界の理が作られる。簡単に言えば「つじつま合わせ」といったところか。俺の目的は、数多の異世界を巡り、その「つじつま合わせ」の謎を解き明かすことだ。この世界に来たことも、その一環だ。


「なんでこの世界で日本語が通じるのか、疑問に思わないか?」


「あ、そういえば……」


 はて? とみーすけが頭を抱える。


「俺たちは生粋の日本生まれ日本育ちだ。ここは日本じゃないのに、日本語が通じるのはおかしいだろ?」


「そーかな? もしかしたら沖縄とかに飛ばされただけかもよ?」


「いや、ここが日本じゃないのは分かってる」


 俺は白衣のポケットから五百円玉を取り出した。


「これ、何だと思う?」


「五百円玉!」


「そうだよな。でもさっきの店主はこれが何なのか分からなかった。つまりここは日本じゃないってこった」


 ついでに言えば、五百円玉の物理的な価値――平たく言えば原価も見抜けていなかった。他の買い物客も観察したが、どうやら通貨はすべて紙幣らしい。硬貨にあれほど物珍しそうな目を向けていたのもうなずける。溶かせば売れるなどとカマをかけてみたら素直に信じてしまっていたので少し罪悪感があるが……こんな気持ちはみーすけの寝顔にわさびを練り込んだ時以来だ。


「日本じゃないのに、なんで日本語が喋れるの?」


「そこだ」


 俺は立ち上がり、周囲を見渡す。日傘を差し、上品なコートを着た金髪の女性が、俺たちから見て右手から歩いてきていたところだった。


「あの人に話しかける」


「えー!? ぼくという女がありながら!? 浮気だ! 浮気だー!」


「騒ぐなって」


「むぅ」


「……帰ったらキスしてやるから」


「え、ほんと? ほんとにほんと?」


「約束したら、俺があの女の人に話しかけるのも我慢してくれるか?」


「うん! 我慢する!」


「よし」


 聞き分けの良いみーすけの頭を撫でてから、俺は女性に向けて手を挙げた。俺の存在に気づいた女性と目が合うと、女性が足を止めた。

 女性に話しかける。


「Excuse me. Where is the inn?」


 女性は特に驚いた様子もなく、日傘を畳み、西の方に手を伸ばした。指を差さないあたりが見た目通りに上品だった。一方で背後ではみーすけが聞き耳を立てていた。上品さの欠片も無い。


「宿でしたらあちらですよ」


 女性は流暢な日本語で、そう答えた。女性の指さした方面には、石畳でできた一本の長い道が通っており、その両脇に大量の家が並んでいる。恐らく住宅街なのだろう。


「旅のお方ですか?」と女性が訊いた。


「ええ、そんなところです」と俺は答える。


「どちらからいらしたんです?」


「日本です」


 俺は即答した。


「ニホン……?」


 女性は首を傾げていた。当然だろう。この世界には日本はおろか、地球すらないはずなのだから。俺は「ここからとても遠くにある国ですよ」と補足した後、礼を言ってお辞儀をした。


「あなたがたの旅に幸あらんことを」


「どうも」


 それだけ告げると、女性はたおやかにロングスカートの裾を折り、上品に一礼する。それから日傘を差し、俺たちが来た方面である港町のほうに歩いて行った。


「俺たちも行くか」


「もういいの?」


「ああ、大体分かったからな。さっさと宿に行こう」

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