第3曲:竜虎伝-トイレ休憩-
羽坂丞は世界を征服したかった。自分の様に優しい人間が世界を征服しようものなら、世界は平和になるに違いないと考えたからだった。
「優しい?」
「俺は優しいよ、自分で言うのも何だけどね」
丞には力があった。それ故にこの力を活かそうと思った。暴力団に関係したのは短絡的だったか。ボクシングの門を叩かなかったのは何てこと無い理由だった。
「ボクシングって弱い奴が始めるやつでしょ?」
「そんなことないでしょ」
常識だとでも言わんばかりの表情で語る。確かに、虐められた主人公がボクシングを始めるパターンは頗る陳腐である。もうそんな漫画は読みたくないし、新しく連載して欲しくない。ページは無駄だし、読者の時間も無駄になってしまう。お互いに損するだけである。
「チンピラやってたけど、全然怖い奴とかいなかったな。どっちかっつうと暇でしょうがなかった。まともに稼ぐとかダルいんで、じじいばばあからお小遣いもらって暮らしてたっつう感じ。まあ老害がため込むより、俺らが使った方が全然有益っしょ」
「オッケー分かった、今はもうその話は止そう」
罪悪感はどこへ行ってしまった。確信犯だ。その行動が世の為だと疑いさえしない。世界平和だと大きな事を言う割に、世界とは自己を中心として広がる世界、いわゆる自己中心的な平和なのだろう。正しく自分の欲望を満たすだけの生活である。独り部屋に籠ってオナニーしてる方がよっぽど平和だと断言しよう。
義理も無ければ正義も無い。詰まりはそこに愛が無い。
ただ有るのは理由だけ。我欲に忠実な偽りの愛だけである。
「師匠は?」
「トイレ行ったよ」
「遅くね?」
「店の人と話とるかもね」
人を怯えさせる雰囲気が丞にはある。
堂々としていると言えば聞こえは良いが。
「俺の竜虎伝どう?」
「どうって……」
人の頭を上から押さえ付けるのが丞のイメージ。
「声は良いけど、俺には味が無いってよく言われるからさ」
「誰に?」
「師匠さ! 師匠しか味が無いなんて言わないだろ」
長く付き合い続ける程に蝕まれて行く恐怖感。
「丞くんの方が先輩じゃあないか」
「だから?」
「師匠のことはよく知ってるだろ、それこそ今更じゃあないか」
健三郎が部屋に戻って来るなりに、遅かったですねと丞が余計なことを口にしたので、うるせえ誰にも下の世話なんかされたくねえよトイレまで付いて来んなよと、健三郎は悪態を吐いた。