豆井戸美麗、ダイエットの先生を探す
「ただいまぁ」
「あら、お帰りなさい。ずいぶん遅かったじゃない?」
「あ、うん、友達と教室でダベってたらこんな時間になっちゃった。お腹すいた、今日のご飯、何?」
「美麗が遅いから、ママたち先食べちゃったわ。今日はカレーよ。温め直しとくから、早く着替えてきなさい」
「はぁい」
そっか、二人とも先に食べててくれたか、ラッキー。家族で一緒に食事をすると、どうしても時間が長くなっちゃうのよね。
今日はささっと食べて、すぐに太路美のダイエット計画の作成に取りかからなきゃ。
部屋着に着替えて、と。さて、ご飯食べに行くか。腹が減っては戦はできないからね。
あ、パパ、ソファに横たわってうとうとしながらテレビ見てたのね。相変わらず存在感ないわね。
「パパ、ただいまぁ」
寝ぼけ眼でこちらに振り向く。返事するでもなくただこちらを一瞥して元の姿勢に戻る。とてもじゃないけどパパが会社でバリバリ働いている姿なんて想像つかないわね。
出世する気配もないし、ひょっとしたら会社でもこんな調子なのかな? よくここまでリストラされずにいるなあ。
「いただきまぁす」
「いっぱい作っちゃったからたくさん食べてね。お代わり五杯分くらいはあるから」
「作り過ぎだよ、ママ。三人しかいないんだからそんなに食べ切れないでしょ。それこそ私はカレーライスご飯抜きとかでも十分なくらいなのに」
「カレーライスからご飯抜いちゃったら、ただのライスじゃない」
「カレーでしょ」
ママは、時々冗談なのか本気なのか、判断つきかねるボケが飛び出すから、美麗も娘としてホント困っちゃうんだよね。いまみたいにママと二人きりならまだいいんだけど、外でも同じような天然を見せるから、美麗がツッコミをせざるを得ないのよね。
「ごちそうさま」
「あら? もういらないの? たくさん作ったのにほとんど減ってないじゃない。もうちょっと食べなさいよ。そんなんじゃ身体もたないわよ」
「もうお腹いっぱい。ママはいつもこんなにいっぱい作って、いっぱい食べて、一日中食事作るか食べるかする以外はゴロゴロしてるから、そんなんになるんだよ。少しはダイエットしようとか考えないの?」
「あ、そうそう。新しいエクササイズDVD買ってきちゃった。ヘヘ。一緒にやらない?」
「どうせまた二日と続かないくせに、また買ってきたの? もう何本目よ。ここまで来るとダイエットマニアと言うよりは中毒ね」
「いやいやいや、今度のは楽しいから絶対続くわよ。ダイエットは楽しみながらやることが長く続けるコツだ、なんてこないだもテレビで言ってたじゃない?」
「とか言いながら毎回毎回『もう飽きたあ』って音を上げてるじゃない」
「だってぇ、いままでのは楽しくなかったんだもん。しょうがないじゃない? 今回のはねぇ、じゃあん」
ママはそう言って、ソファのそばの木製のどっしりとしたテーブルの下から、一本のDVDケースを取り出した。
「いま、日本中で話題の細野美恵ちゃんのなんだから。豪華DVD三枚組、一週間分の記録シートつきよ。これでたったの五万円、お得でしょう?」
たっか! パパの薄給でよくこんなムダなもんがバンバン買えるわね。うちの家計はいったいどうなってるのかしら? 娘として心配になってくるよ。
「ママ勝手にひとりでやってればいいじゃん。美麗はそんなことしなくても食事の量減らすだけで十分なんだから」
「美麗ちゃんもこれやれば美恵ちゃんみたいにかわいくなれるわよ」
「美恵ちゃん美恵ちゃんって、友達じゃないんだから、まったく。そもそも美麗はもう既に充分かわいいわよ。じゃあ忙しいからもう部屋に戻るわよ」
「もうつれないわねえ」
ああめんどくさ。自分のママでなければガン無視してるところよね。
ご飯作ってくれなくなったり、朝起こしてくれなくなったりしたら困るから、これくらいは相手してあげてるけど、これがクラスメイトとかだったら絶対あり得ないわね。
あ、そうだ。早く戻って人魚のダイエット計画立てなきゃ。
ダイエットねぇ。今までダイエットなんて食事制限しかしてこなかったから、何したらいいか想像つかないわね。少なくともママがやってるような三日坊主ダイエットじゃ効果がないってことは実証済みよね。
美麗みたいにほどほどに食べて、ほどほどに運動するのが一番いいのはわかってるんだけどねえ。でも食事制限だけじゃ即効性はないし、あの人魚、食べてないとか言いながら、絶対影でコソコソ食べちゃうタイプに決まってるしねぇ。
やっぱり運動も織り交ぜて、かしら。
ダイエット、ダイエット、ダイエット……
ダイエットで検索してもありきたりのものしかヒットしないわねぇ。
食事制限、コアリズム、レコーディングダイエット……
聞いたことあるものばっかりだわ。
あれ? ママが買ってきたDVDの人、最近流行ってるのね。細野美恵っていっぱいヒットするじゃない。あら、たしかにかわいわね。まあ美麗ほどじゃないけど。
努力すればこれくらいのレベルにはなれるわよ、って感じで流行ってるのかしらね。
そっか、ママと一緒にさっきのDVDでダイエットさせればいいんじゃない? ひとりよりもふたりの方が続くっていうしね。
でもあのふたりじゃあ、
「はあ、もう疲れたぁ。今日はもういっかぁ」
とかお互い言いながら、やっぱり三日坊主で終わっちゃいそうな気がするわね。
ううん、何かいい方法ないかしらねえ?
ん? 体験レッスン?
あれ? 細野美恵の体験レッスンってこれ明日じゃない? しかも場所、江の島だし。ここ歩いて行ける距離じゃん。美麗がレッスン内容を覚えて、それをあの人魚に教えればいいかしら。
ああ、でも昼間かぁ。さすがに学校休んで行けないわよねぇ。学校休んでこんなとこ行ってたら、美麗、男にモテるために必死だ、なんて言われちゃいそうだもんね。それは絶対避けなきゃいけないわね。
じゃあ、別の方法考えるかぁ。ん? そうか、私より暇で、必死にダイエットしなきゃいけないのが身近にいるじゃない。
よしっ、そうと決まればママに相談だ。
この続きは2/22更新予定です。お楽しみに!