内鵜仁、父親に成績を告げる
「ただいまあ」
「あらおかえりなさい、仁ちゃん。こんな時間までどこ行ってたのぉ。ママ心配しちゃったじゃなあい」
「学校だよ」
嘘ばっかり。心配なんてしちゃいないくせに。第一ホントに心配してんだったらLINEか電話くらい寄越すだろうに。ま、ある意味これくらい放置してくれてた方が楽だけど。
「ご飯できてるから早く着替えちゃって。今日はパパもいるから」
「ああわかった」
メシ食ったらすぐに取りかからなきゃな。少なくとも親父には見つからないようにしないと。何言われるかわかったもんじゃないからな。勉強しないで何をやっているんだって、ネチネチネチネチ言ってくるに違いない。
刑事の親父が早い時間に帰ってくることは滅多にない。たまに早く帰ってきた日は、全員揃って夕食を食うのが我が家のしきたりだ。面倒くさい。
「ただいま」
「ああ、お帰り」
新聞の上からチラッと目だけ覗かせる。顔合わせたところで大した会話もないくせに。なんでわざわざ全員で食事をしなきゃいけないのかねえ。
「成績どうだったんだ?」
まさか、それ聞くために早く帰ってきたのか? ったく、面倒くせえなぁ。コイツはオレに学校の成績以外で聞くことねえのかよ。
「ああ、発表されたよ」
「そんなこと聞いてるんじゃない」
わかってるよ、そんなこと。ちょっとでも会話の量を減らしたいらしいな。コイツはそれが親父の威厳だとでも思ってんのかね?
「学年で二番だったよ」
リビング全体を静寂が包んだ。甲斐甲斐しくテーブルセッティングをしていた母さんも凍りついている。
ゴクリ。母さんが唾を飲み込む音がリビングに響いた。恐るおそる新聞紙の向こうにある親父の顔を透視するように見つめている。
「あ、あ、あれ? 先生、名前並べる順番間違っちゃったのかな?」
ぎこちない笑みを浮かべて母さんがその場を取り繕う。母さん、そんなわけないだろう。
「誰に負けた?」
「知らねえよ」
沈黙。オレは気にならないけど、母さんには耐えられないらしい
「仁ちゃんもたまには一番取れない時もあるわよね。それにいつも一番ばっかりじゃつまんないじゃない。どんな偉大なスポーツ選手だって、ライバルがいるからこそ偉大な選手になれるっていうじゃない? 勉強だって同じよねえ。たまには誰かに一番取ってもらわなきゃ仁ちゃんも張り合いないじゃない?」
母さんもたまにはまともなことを言うらしい。それが正しいかどうかはともかくこの場は凌げたようだ。
「さ、夕ご飯にしましょ。仁ちゃんもたくさん食べて脳に栄養いっぱい送らなきゃね」
ひとこと余計だっつうの。まあいい、今日はこれ以上しゃべらないと決めたんだ。それに親父がこれ以上何か発言してくるとも思えない。
「いたあ、だき、ます」
母さんがいつも通り楽しそうに手を合わせる。いつも通り母さんがオレの食べる姿を横目に見ながら微笑み、それからゆっくりと食べ始める。親父はひとことも発することなく黙々と食料を口に運び、ビールを口にする。
「ごちそうさま」
「はあい、ごちそう、さま。あ、食器そのままにしてっていいわよ。仁ちゃんは気にせず自分の部屋で勉強してきて」
母さん、言われなくてもいつも通り食器はそのままにしていくよ。
普段のオレの夕食後は、自分の部屋に閉じ籠り、勉強してるか、スマホをいじってるか。だけど今日は違う。いつもと違うってのはなんだかワクワクするもんだな。
平凡な代わり映えのしない毎日を無為に過ごすのもいいかもしれないが、ワクワクがあると楽しくなってくる。
オレが立ち上がる時には親父はおかずを全て食べ終わり、新聞を読みながらビールとツマミをつまんでいた。
ん?
『全日本無線通信が次期ロケット用通信装置を開発、JAXA次世代機に採用へ』
「ちょちょ、親父、ちょっとだけ新聞見せてくれねえか? 一つだけ読んだらすぐ返すから」
強引に新聞を奪う。親父は少し驚いた表情だ。ただそのまま固まって、反抗はしてこない。
『全日本無線通信株式会社は新たな通信機器を開発した。今回開発された物は小型軽量かつ低コストで製造でき、電力消費も従来の物に比べ半分程度に抑えられる。JAXAは次期月探査機『SELENE−5』に採用する方針を発表した』
これは天の思し召しか? この開発メンバーならあの機械見たら何かわかるかもしれないな。
今晩ちょこっと解析してみて、らちが明かなかったら、この人たちを頼りにしてみるか。
「あら、この人もしかして……?」
母さんがオレに並んで新聞の同じ場所を見ている。そこには通信機器の開発リーダー『皆野譲治』の顔写真も載っていた。母さん、なんだか驚いた表情だ。
「母さん、この人のこと知ってるの?」
「どこかで見たことあるような気がするのよね……」
ゆっくり落ち着いて考えるんだ。母さん、ここは大事なところだぞ。
「あ、そうだ。わかった。この人、たしか美麗ちゃんのお家で見たことある」
美麗? ああ、オレがまだ幼稚園児の頃、近所で同い年だからって親につれられて遊ばされてた女か。最近は話をすることもないけど、たしかいまクラス一緒だったよな?
「従兄か何か?」
「どういう関係かまでは知らないわねえ」
まあいい。名前もわかってるんだ。『皆野譲治』って名前をあの女に聞けばいいだけの話だ。よし、希望が湧いてきたぞ。
「親父サンキュー」
新聞を返し、家族の方を振り返りもせず自分の部屋に向かう。
おっさん、待ってろよ。じき宇宙に帰してやるからな。
この続きは2/19更新予定です。お楽しみに!