表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

豆井戸美麗、命の危険を感じる

「ご、ごめんなさい。あなたの電話、壊してしまいました」



スマホの画面の光さえなくなり、辺りは完全に真っ暗になってしまった。何も見えない。



「す、すいません。いま灯りつけますね」



あ、明るくなった。この灯りはどこから来てるのかしら?


そうだ、そんなことより私のスマホはどこ? この女が私から奪い取ったスマホ。ホントに壊れてたら容赦しないからね。


あれ? もしかしてあのゴツゴツした両手で抱えないと持ち上げられないような岩の下敷きになってるプラスチック……何か嫌な予感がするわ。



「おいしょっと」



ああもう重いわね、この岩。私ひとりじゃ持ち上がんないじゃない。



「ちょっと、あんたも手伝ってよ」



あれ? いま気がついたけど何この人? 下にはフィン着けてるけど、上半身裸じゃない! まあハレンチ! 溺れた時にでも脱げたのかしら?


ハッ! もしかしてこれ、『理想的な溺れ方』なんじゃないかしら?


上半身裸の姿で溺れているところを屈強な海の男が救ってくれる。そこで、二人は恋に落ちて……イヤン!


だったら素敵な男性が来るまで、そっとしといてあげた方がいいのかしらね?



「岩、どけましたけど」



は? いつの間に?


この女、この岩をひとりで持ち上げたりして、相当な力持ちなのかしら?


向かってったら、か弱い美麗なんて一捻りされちゃうかもね。気をつけなきゃ。


スマホなんかより美麗の命が大事だわ。まずこの女から逃げる術を考えなくっちゃ。


親切心を見せたばっかりに、この悪魔に美麗の命ははかなく葬り去られようとしているのね?


ああ、お父さん、お母さん、そして美麗のことを慕ってくれたファンの皆様。先立つ不幸をお赦しください。豆井戸美麗は美しい容姿と、美しい心を持っていたばっかりに、文字通り美人薄命となってしまいました。でもこの性悪女を赦してあげてください。すべては美麗が美しすぎたのがいけないのですから。


ああ、美しいって罪ね。こうして美麗は美しすぎるという罪名で裁かれてしまう。



「あのお、すいません、スマホ直りました」



え? スマホ、直りました? だってさっき、『グシャ』っていってたじゃない? そんな簡単に直るわけないでしょ。



「はい、どうぞ。あ、救急車は呼ばないでくださいね。今度こそ本気で壊しますよ」


「は、はぁ」



ホントに直ってる。傷一つついてない。むしろ前に落としたのが原因で、液晶画面の端っこについてたちっちゃな傷まで消えてる。


これ、ホントに美麗のスマホ? なんか騙されてない?


実は美麗と同じ機種を用意して、さも一瞬で修復したと見せかけておいて、この女を信じ込ませようとしてる悪徳商法かなんかじゃないの? そして悪の巨大組織に美麗を引き入れ利用する。か弱き美麗は二束三文で売り飛ばされて……。


まあ怖い。でも騙されないわよ。これが美麗のスマホかどうか見分けるには、そうね、LINEの履歴見れば完璧よね。ふん、この女、私がそんな小手先の策略に引っかかるとでも思ったのかしら? 浅はかね。


LINE立ち上げて、っと。ママとのやり取りは、と。


あれ? ちゃんと履歴残ってる。じゃあ環奈とのやり取りは? あ、ちゃんと残ってるぅ。完全に美麗のスマホだわ。


え? どういうこと? どういうこと? いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い。



「どうかなさいました? スマホ、まだどこかおかしいですか? ちゃんと直したつもりだったんですが。」


「あ、あなた、どうやって直したの? こ、ここにあった傷まで直ってるんだけど」


「え? まずかったですか? 気がつかずごめんなさい」


「え? いや、な、直ったなら直ったでいいんだけど……あなた、いったい何者なの?」


「あの、それは先ほども申し上げた通りでございます。竜宮城から来ました浦島太路美です」


「ほ、ホントに竜宮城から来たの? 浦島太路美、って浦島太郎となんか関係あったりすんの?」


「え? もしかしてあなた、太郎のことご存知なんですか? いま太郎はどこにいるんですか? もうあの人、見つけたらただじゃおかないんだから」



急にわけわかんないことで怒り出したぞ。大丈夫か、こいつ? この話はどこまで信じればいいのかしらね?


ええい、仕方ない。こうなったらとことん話し聞いてやるか。



「いや、浦島太郎さんのことは、直接は知らないんですけどね。あなた、浦島太郎さんとはどういう関係なの?」


「太郎は……私の夫です。いや、正確には私の夫でした、と言った方がよろしいでしょうか。八年ほど前に竜宮城をこっそり抜け出してしまったようで、その後、行方知れずなのです。いまはいったいどこでどうしているのやら。びえええええ」



うっるさいなあ。泣き声が岩に反射して、洞穴の中で響き渡ってんじゃない。鼓膜が破れそうだわ。



「わ、わかったから泣かないで。私の知ってる浦島太郎のお話は八年どころか、十七歳の私が生まれる前からあるお話しなの。だからあなたの旦那さんの太郎さんとは別人みたいね」


「そうですか、それは残念です、ヒック」


「それで、なんで家に帰れないんだっけ?」


「あの、お恥ずかしい話なんですが、海に潜れなくなっちゃったんです」


「なんで潜れなくなっちゃったの?」


「あの……実は……太りすぎて……浮かんできちゃったんです」


「じゃ、じゃあ、やせればその竜宮城とやらに戻れるの?」


「は……い」


「じゃあ、手っ取り早く脂肪吸引でもしてもらいにいく?」


「な、何ですか? そのしぼうきゅういん、というのは? 初めて聞く言葉です」


「脂肪吸引、読んで字のごとし、脂肪を吸引してもらうの。お腹開けて掃除機みたいので脂肪を吸い出すだけ。簡単な手術よ」


「すいません、一つわがまま言ってもいいですか?」



 まあこの際だし、一つくらいなら聞いてあげようじゃない。じゃなきゃ私まで帰れなくなっちゃいそうだし。



「ええ、いいわよ、何?」


「その手術、あなたやってくれません?」



いや、開腹手術なんだから資格いるに決まってるでしょ。私がそんな資格持ってるように見える?



「いや、手術する資格持ってないからできないんだけど……」


「そう、ですか。残念です。じゃあ、何か別の方法を考えます」


「なんで私じゃなきゃダメなの?」


「すいません、これ以上、他の人間に姿を見られるわけにはいかないのです。以前、私の友達が人間に見つかり、拉致されたことがあったんです。それで我々の仲間に頼んで、彼女を助けてもらったのです。それは凄惨な出来事でした。やりたくはなかったのですが、人間の集落の一つを全滅せざるを得ませんでした。太郎と出会うちょうど一年前の話しです」



え? そんなつい最近の出来事? み、美麗が知らないだけかしら? で、でもそんな集落一つが全滅するような出来事があったら、嫌でも耳に入ってくるわよね。



「なんで、その友人は拉致されたの?」


「人間にとって人魚は珍しかったからだと思います。ふだん私たちはヒトの目に触れない海底深くに暮らしていますから、我々の存在すら知らない人間も多いようなのです。あなたは私たちの存在知ってたんですか?」



に、人魚……ああ、だんだん頭がくらくらしてきたわ。どこまで話を合わせればいいのかしら? と、取り敢えず正直に話しとけばいいかしらね。



「人魚自体は架空の生き物として知ってはいるわよ。」


「ああ、やっぱり。人間にとってはそんなもんなんですね。他の人間もだいたいそんな風に思ってるのかしら?」


「ううん、人魚、って聞いたらだいたい同じような反応だと思うけど……」


「じゃあ、やっぱりこれ以上私の存在を他の人に知られるわけにはいきません。お願いです。他の人には私がここにいることを絶対に教えないでください」


「み、美麗のことは大丈夫なの?」


「見つかってしまったものは仕方がないです。でも、これまでお話しさせていただいて、あなたなら大丈夫と判断しました。だから約束していただきたいのです。私のことは他の誰にも言わないと。私も血を見るのは好きではございませんし。よろしいですか?」



血を見るのは……って、やっぱりここは反抗しない方がよさそうね。


それにしてもこの人、本当に人魚なのかしら? 話を聞いてて、なんとなくホントにそうなんじゃないかって気がしてきちゃったけど、ここまでやっといてドッキリでしたあ、なんてことだったら超恥ずかしいじゃない? 美麗のファンがこれが原因で離れていっちゃったらどうしよう。


いや、逆に『騙された美麗ちゃんかわいい』って、ファンがまた増えたりして? うん、その方が可能性としては高そうね。


よし、決めた。この人が本物の人魚かどうかはもう少し様子を見ることにして、取り敢えずもし嘘だとしても、だまされた振りをするわ。



「わかった。約束する。誰にも言わない。でも、あなたこれからどうするつもりなの? ずっとここにいたってやせることなんてできないわよ」


「やっぱり無理でしょうか……運動のために海に出るにも、誰にも見つからないようにするためには夜しかできませんし、逆に食料は大量に目の前に存在するので、食べ放題状態なんですよね。正直この環境で痩せることに自信が持てません……」


この人、自分の置かれてるいまの状況を理解できてるのかしら? だんだん腹立ってきた。よし、このぽっちゃり体型、私が何とかしてやろうじゃないの。



「あんたね、ホントにやせる気あんの? 自信が持てないなんて言ってるようじゃ、一生やせるのは不可能ね。やる前から失敗することを宣言してるようなもんじゃない? そうじゃなくて、やせる必要があるんなら、その仕組みを作ることが大事なの」


「そ、そう言われましても、この環境では、何ともしがたいとおも……」


「甘い」


「ヒイイ」



お、こっちが強気に出れば、案外勝てるんじゃないかしら? さっきとは完全に立場が逆転したわね。よし。ここは何としてでもこの人魚をやせさせなきゃ。甘えは一切なしよ。



「いいわ。今日お家に帰ったらトレーニングメニュー考えてきてあげる。明日またそのメニューを持ってここに来るから、あなたはそれに沿ってトレーニングと食事を採るの。ただし、ここにいる限りあなたは際限なく食べてしまう可能性あるのよね? そこはあなたが食べることができなくなるような手段を何か考えるようにするわ。あなたのそのポッチャリ体型、美麗が何とかしてあげる」



ふふ、なんだかすっごくわくわくしてきちゃった。



「大丈夫よ、美麗のこのスリムで美しい体型を見なさいよ。あなたも美麗みたいになりたいでしょ? 明日からびしばしスパルタ式でやっていくから覚悟なさいね」



あんもう、美麗ってなんて心優しいのかしら。こんな赤の他人、って言うか、赤の他人魚のために一生懸命やってあげるなんて。みんなに知れたら、また男性ファンが増えちゃうじゃない。もう美麗ったら罪ね。



「じゃ、また明日ね。見つからないように気をつけるのよ」


「あ、はい。ありがとうございます。ここでお待ちしております」



よし、計画立てるぞお。人魚さん、待ってなさいね。絶対にあなたをやせ体型にしてみせるんだから。


この続きは2/16更新予定です。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ