内鵜仁、おっさんの悩みを聞く
『キイイイイ』
くそ、このドア。こんなでかい音出しやがって。
「あちゃあ」
あああ、おっさんに気づかれちゃったよ。面倒くさいことにならなければいいけど。
「何やお前、いつからここにおったんや?」
それはこっちのセリフだ。そもそもお前の方が仕事さぼってこんなところにいやがるのがいけないんだろ。
「三十分くらい、前からだけど」
「え? マジ? そんな前からおったん? しもたぁ。完全にワシの確認不足やぁ」
おっさんが右手で顔を覆う。棟梁に言いつけられたらまずい、とでも思ってんだろうな。肝っ玉の小せえ野郎だ。
「兄ちゃん、ここにはよう来るんか?」
こいつ、こんなことを聞くってことは、ここでしょっちゅうサボってやがるな。ま、ここでビビらせてもしょうがない。正直に答えてやるか。
「前回この屋上に上がってきたのは三ヶ月前かな。夏休み直前だったから、七月中頃だったと思う」
「そうか」
おっさんはその後も何かぼそぼそと言っていたが聞き取れなかった。
「あなたこそ、いつ、どうやってここに来たんですか? ここは学校関係者以外、許可なく入ってはいけないことになっているはずですよ」
こういう肝っ玉の小さい奴は、突然スイッチが入って暴れ出す危険性がある。最初は様子見も兼ねて下手に出よう。
「そりゃえろお、すまんことしたのお。一ヶ月くらい前にちょっと問題が起きてもうてな。そんでこの星にしばらくおらんとあかんことになってもうてんけど、人目につかんとこ、人目につかんとこ、って探しとったら、ここ誰もおらへんし、ちょうどよさそやな思て、降りてきたっちゅうわけよ。そん時から基本、この場所をベースに活動しちょるっちゅうわけやな」
意味がわからん。当たり前のように話しているけど、このおっさんの言ってることぜんぜんわけわかんねえぞ。
『この星にしばらくおらんとあかん?』
『降りてきた?』
こいつ、気が触れているのか?
まあこの出で立ちで、この場所にいる時点で、そんなのは明らかか。こいつの言葉はあまり深く考えない方がよさそうだな。
それにしても一ヶ月もの期間、このおっさんはここを出入りしているのか?
その間、誰もこのおっさんを校内で見た者はいなかったのか?
少なくともオレがこのおっさんを見るのはいまが初めてだし、誰かが見たなんていう噂も聞いたことがない。ってか、そもそもいま校内のどっかで工事なんてしてたっけか?
しかし、こんなおっさんが一ヶ月も校内でウロウロしていたら、何人か発見した者がいるはずだ。
待てよ。『一ヶ月前くらい前』に『問題が起きて』、その時から『この場所をベースに活動』しているという話は全部ハッタリなんじゃないか?
どうせ女子高生を見たら魔が差して、フラフラと校舎内に入ってきてしまった、とかその程度のことだろ。ただの変態だな。
このまま警察に突き出すか? 職員室に連れていくか? それともここは見逃して、帰してやるか?
「なあ、兄ちゃん。機械の故障直すんの、得意だったりせえへんか?」
また唐突な質問だな。
まあ、時計やラジオ、精密機械でも故障の内容によっては直せないこともない。オレの家は両親とも文系だから、そういったことは苦手だ。だから必然的に機械の故障は全部このオレが見ることになっている。
そうやって、家中の電化製品の面倒を見ている内に、自然と簡単な故障くらいだったら、直せるようになった。
このおっさんも、おそらく機械にうとくて困り果て、初対面のオレに頼んできた、という次第だろう。まあ、どうせ試験終わったところでオレもしばらく暇だし、モノによっては見てやるのもおもしろいかもしれないな。いい暇つぶしになるだろう。
「まあ、モノによるとは思うけど。取り敢えず見せてもらってもいいかな?」
するとおっさんは
「よっこらしょ」
と声を上げ、立ちあがった。
「ほなちょっと取りに行くから待っとってや」
そう言ってこちらに背を向け、水道タンクに向かって歩いていく。水道タンクの目の前に立つと、ズボンの右ポケットをごそごそと探り、何かを取り出した。
オレがいま立っている場所からは少し離れており、ポケットから取り出したものが何かはわからない。
おっさんはその取り出した物を右手に持ち、水道タンクの方向に向けた。すると水道タンクの手前側に何かがボンヤリと浮かび上がってくる。あれはいったい何だ?
その物体が完全に姿を現すと、おっさんは再びその方向に歩き出す。その物体の目の前で再びピタリと止まると、今度はそいつの側面を押し始めた。
ほどなくしてその物体の一部が横方向にスライドし、おっさんは中に吸い込まれるように入っていってしまった。
「何なんだ? あれは?」
やがておっさんの姿が見えなくなり、その物体も再びその場から姿を消した。
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