内鵜仁、皆野譲治に会う
「仁、こっちこっちい」
そんなでかい声でオレの名前を叫ばないでほしい。恥ずかしいったらありゃしないじゃないか。まったく女ってもんは。
うわっ、腕つかまれた。どうしよう。ここで恥ずかしいからって振り払ったら嫌われちゃうかな? こういう時に男だったらどうすべきなんだ? こんなこと授業で習ってないからわかんねえ。どうしよう、どうしよう。
「譲治兄ちゃん、もうすぐ駅につくって。行きましょ」
「あ、ああ」
ん? なんだこの柔らかい感触は? ま、まさか? あ、あれが、あ、当たってる? やばいよやばいよ。
「ねえ、仁は子どもは何人ほしい?」
「え?」
い、いきなり何を聞いてくるんだ? そんなこと教科書に載ってないからいままで考えたこともないぞ。くっそお、なんて答えればいいんだ? わかんねえ。
ようやく駅が見えてきた。あの人が皆野さんかな?
「譲治兄ちゃあん、ここ、ここお」
やっぱり、そうか。手を振り返してる。それにしても皆野さんは女と手を振り合ってて恥ずかしくないのかな? 大人になると羞恥心というものが薄れるんだろうか?
「譲治兄ちゃん、この人が美麗のダーリンの内鵜仁くん」
ダ、ダーリン? ダーリンって、オレのこと?
「皆野譲治です。よろしくお願いします」
「う、内鵜仁です。よ、よろしくお願いします」
皆野さん、オレの顔を見て笑ってる。どういうふうに思われてんのかな? 義妹をたぶらかしやがって、とか言って殴られんのかな? どうしよう、どうしよう。怖いよ。もし殴りかかってきたら、豆井戸さんは止めに入ってくれるのかな? 頼むから止めてくれよ。
「ごめんなさい。家に細野美恵さんが到着したらしいの。美麗、帰らくちゃいけなくて」
「ああ、わかった。後は内鵜くんと男同士で話をするから。気をつけて帰るんだぞ」
「うん。じゃあね」
え? 帰っちゃうの? 殴られるのを止めてくれるんじゃないの? ど、どうすりゃいいんだよ? 殴られっぱなしかよ? 誰か助けてくれええ。
「じゃ、内鵜くん、例の携帯電話を使っている男性とやらに会いに行きましょうか」
「は、はい」
ああ、なんか緊張するなあ。豆井戸さんの姿が見えなくなった途端、殴られちゃうのかなあ。うわあ、暴力反対暴力反対。
っていうか、この皆野さんって、オレの理系人間のイメージからすっげえかけ離れてんだよなあ。体格はがっしりとしてるし、腕は太いし、意外に体育会系なんだもん。
「じゃあ、学校の屋上に案内します」
オレはなるべく皆野さんの目を見ないように、背を向け学校に向かって歩き出した。皆野さんはオレの後についてくる。
「内鵜くんはホントに美麗ちゃんと付き合ってんの?」
どうしよう。『違います』って言ったら『そんな中途半端な気持ちなのか、このやろお』とかって殴られちゃうのかな? でも『そうです』なんて言ったら、『かわいい美麗をもてあそびやがってえ』とかって殴られるかもしれないしな。
オーマイゴット。八方塞がりだよ。と、取り敢えず正直に答えといた方がい、いいかな。
「いや、ち、違います」
「やっぱりそうか。はっはっはっ」
え? 殴んないの? っていうか笑うところ?
「いやあ、あの子の妄想癖ってすごいよね? これまで何人紹介されたか? その度に餌食の男の子たちが僕に相談してくるんだよね。ま、でもその妄想癖を除けばいい子だから、気が向いたらホントにつき合ってあげてよ」
な、なるほど。オレはいつもの話の中のごく一部なのか。なんだよ、ビビらせやがって。
「ところで内鵜くんは、美麗ちゃんと同じ二年生なんだよね?」
「は、はい」
「そうか、じゃあ、来年は大学受験か。どこに進学するかとかもう決めてるのかい?」
「ええ、受けるところはもう決めてます」
「どこ受けんの?」
「東大です。東大の文一を受けようかと思ってます」
「そうかぁ、文系かぁ。ねえ、理系を受けるつもりはないの? だってあの機械分解したんでしょ? あれって自分で解析できればと思ってやったんだよね? 機械いじりとか好きなんでしょ? だったらなんで文一なのさ?」
「確かに機械いじりは大好きです。だからと言って将来進む道が理系って、違うと思うんですよね。オレはキャリア官僚になりたいんです」
「キャリア官僚、か。内鵜くんは本当にその道に進みたいと思っているの? なんでキャリア官僚なんだい?」
「取り敢えずキャリア官僚になっとけば老後も安心じゃないですか。年金もいっぱいもらえるし」
「年金? ハッハッハッ、内鵜くんはいまからそんな老後の心配なんかしてんのか? まだ高校生だぞ。そもそも官僚を引退した後に、年金を潤沢にもらえるだなんて保証がどこにあるんだい? 何年後の話をしてると思ってるんだ?」
「でも公務員になっとけば民間企業で働くよりも確実にその辺、有利じゃないですか」
「これから五十年後、いまの制度がどうなってるのかなんてのは、誰にもわからない。この会社に入っとけば将来定年まで安泰だろう、なんて思ってたのがリストラされたり、お役所だって夕張のように破綻しちゃったりしたところなんてのもある。国家公務員だって政治情勢によっては将来どうなるのかなんて誰にもわからないぞ」
皆野さん、キャリア官僚という存在が嫌いなんだろうな。口調からわかる。
「若くて能力のある奴には野望を持ってほしいんだよな。オレがこの国を変えてやる、ってくらいの気概を」
オレは言い返す言葉が見つからなかった。この国を変えてやろうなんて野望なんて、ただの一度も抱いたことがない。東大出てキャリア官僚にでもなっとけば人生安泰だろう、それくらいだ。
それにしてもなんだか少し気まずい雰囲気になっちゃったな。まあでも幸いなことにちょうど校舎に到着した。
「この学校です。会っていただきたい方があの建物の屋上で待っています」
「部外者が入っても大丈夫なのか? 最近の学校はその辺、結構厳しいんじゃないの?」
「うちの学校は大丈夫ですよ。頼りにならない警備員が一人いるだけ。誰でも簡単に入れます。事件が起こらない限り何かしようなんて思う人なんていないんですよ。まあでも念のため、僕が先に行きますからついてきてください」
よし、予想通り誰もいない。
「皆野さん、こっちこっち」
手で合図した。皆野さんは極力音を立てないように近づいてくる。
階段を上がる度に身を潜める。大丈夫、誰もいない。よし、あとはこの扉を開ければ屋上だ。
『キイイイイ』
いつもの音だけど、今日はなんだか緊張するな。
「おっさん、皆野さんをつれてきたから出てきてくれ」
すると、フワッとUFOが浮かび上がった。
この続きは3/15 17:00更新予定です。お楽しみに!




