内鵜仁、学校の屋上でおっさんに会う
昔々、あるところに浦島太郎という青年がおったそうじゃ。
太郎は乙姫と死ぬまで仲よく暮らしたそうな。
『キイイイイ』
錆びついた重いドア。誰もいない開かれた空間。夕暮れどき。
オレは片瀬海岸高校の校舎屋上でひとり黄昏ていた。
避雷針や水道のタンクがあるだけ。なんとも殺風景だ。こんなところに好きこのんで来る者など、オレの他には誰もいない。
だからオレはこの場所が好きだ。ひとりになりたい気分の時は、必ずここに来る。
いまはまさに、その『ひとりになりたい気分』の真っただ中だ。
『二年生中間テスト成績 二位 内鵜仁』
最初は何かの間違いじゃないかと目を疑った。
自慢じゃないが、オレはこの県内でも有数の進学校に入って一年半、『試験』と名のつくもので一番以外を取ったことがない。今回の試験も決して悪い感触ではなかった。
だのに、なぜだ?
一位のやつは何か不正を行ったに違いない。
くそっ、卑怯な奴だ。そうまでしてこのオレに勝ちたいか?
全国模試でも常に一桁で陸上部のエース。勉強、スポーツ、何をしてもあっさり一番を取ってしまうオレにどうしても勝ちたくてついカンニング。情けない。
節穴だらけの先生どもは騙せても、オレがそのインチキを暴いてやる。
そういや、一位取った奴って何て名前だっけか?
そうだ、廊下に張り出してあった上位者リストに書いてあったよな?
帰るときに確認しとくか。
ああ、それにしても夕陽がまぶしい。夕陽はなぜ赤いのか?
こんなこと、いま地上でバカみたいに球追っかけ回しているだけの連中にはわかるまい。
地球の自転により、太陽は西の空に沈んでいく。そのため夕方は昼間に比べ、太陽光が我々のいる場所に降り注ぐ角度が浅くなる。すると昼間に比べて太陽光が大気層を通過する距離が伸びる。逆に昼間に権勢を誇っていた短波長の青色光は障害物に衝突する頻度が増し……
「きっれいな夕陽やのう、ああ、ホンマ地球の夕陽はローレルより美しいのう」
誰だ?
さっきまで誰もいなかったはずなのに。屋上に来るときに確認したはずだ。
この屋上にやってくるには、あの重い、ギシギシと鳴る鉄のドアを通ってくる必要がある。後から入ってきた者がいれば、気づかないはずがない。
ひょっとして、夕陽を眺めて考えごとをするのに夢中で気づかなかっただけなのか?
ふん、オレとしたことが不覚だ。
何にせよ、誰だ? いま振り向いても大丈夫なのか?
変質者で、顔を見た瞬間に刺してきたりしないだろうな?
わかった。不正をして一位を取った奴だな。オレをつけてきて、二人っきりになったところで自慢をしてやろうと思っているに違いない。
くそお、なんて卑劣な奴なんだ。徹頭徹尾、根性の腐った野郎だ。
いずれにしても、このまま奴を無視したままでいるわけにはいくまい。こういう奴は何をしでかすかわかったもんじゃない。いまは自分の身の危険を回避する最大限の努力をせねば。
よし、三つ数えたら振り向くぞ。
深呼吸。すううう。はあああ。
一、二、三、うおら!
ん? おっさん? 年齢は……三十代真ん中から四十代前半ってところだろう。
ううん、あんな先生いたかな? そもそも先生があんなだらしない恰好で……
そうか! 工事現場のおっさんか。裾の広がったねずみ色の作業着。
見た目に反して、夕日を見ながら黄昏てるみたいだな。しゃらくせえ。
気づかれたら面倒なことが起こりそうな予感がする。
「ここは学生が来ていいところじゃないぞ。先生に言いつけてやる」
とかなんとか言って、告げ口をしやがるに違いない。くっそお、そういうところだけはあほみたいに正義づらしやがって。そもそも屋上に上がっちゃいけねえなんて校則はないはずだ。オレは徹底的に争うぞ。オレが本気出したらどうなるか見ておけ。
まあ、そんなことになる前に気づかれないよう帰るか。じゃあな、見ず知らずのおっさん。そっから落ちるんじゃねえぞ。