2.そんなところまで!?
腹を立てて走っていながらも一輝はコンビニで夕食を買うことは忘れなかった。むしろ余計にお腹がすいていつもより買い込んでしまったほどだ。
ついでに漫画雑誌やお菓子類まで手を出した。
「あいつらのせいでえらい出費だ」
毎月親から一輝名義の口座に生活費とお小遣いを振り込まれているとはいえ、高校生相応の小遣いしかない。
ゲーム機本体は親に買ってもらったが、肝心のゲームのソフトは自分の小遣いから買わないといけない。
食費を削ってほかのものを買えば、ぽやぽやした母親であるにもかかわらずいったいどんな技を使ったのかそうした時だけは素早く嗅ぎ付けて説教の嵐を受ける羽目になった。どこにどんな人脈があるのかいまだにわからないため、一輝はとりあえず食事だけはちゃんととるようにしている。もちろん自炊などはしないしできないが。
そうした日々の積み重ねが功を奏したのか、今回も食事を抜くようなへまはせずに済んだ。それはそれで深く考えれば情けなくなってくるのでスルーする。
そうやってたどり着いたのはマンションの最上階にある我が家。
十四階建てのマンションの最上階は周りにそこまで高い建物がないので見晴らしがよく、外から覗かれることもないので気楽でいい。
またすぐ下の十三階はトレーニングジムになっているので、階下への気兼ねもなく過ごせることも気に入っている。
帰宅した一輝はリビングへと直行した。一人ではわざわざダイニングテーブルで食事をする気にはなれず、親がいないときはいつもリビングでテレビを見ながら食べていた。
今日もそうやってリビングの電気をつけた直後。
「ニー様おかえりなさ~い」
「なさ~い」
そこには二人の美少女パタとシールがにこやかな笑顔で立っていた。
目と口を開いたまま固まっていた一輝は、突然テーブルへ荷物を置くと、家じゅうの窓の鍵を確認し始めた。
最上階といえば屋上からの侵入もあり得るので戸締りはきちんとするように言われていた一輝は毎日施錠の確認を怠ったことはない。だがもしかしてということもある。現に彼女たちが目の前にいる状態ではその確率が増した。
だが結局はすべての鍵はかかったままだった。
開いたところから侵入して鍵をかけたとも考えられるが、彼女たちを見ればそんなことをするようには見えない。むしろ堂々とどこそこが開いていたから入ってきたのだと暴露しそうだ。この考えは一輝の母親が基本となっている。パタとシールに雰囲気がよく似ている彼の母親はそうした言動が多い人だった。
ちらりと見やれば、少女たちは先ほどのことなどなかったようにニコニコとしている。
(俺にかかわるなと言ったのに)
自分のことを軽んじられているようで一輝は相も変わらず機嫌が下降する一方だった。
一輝は眉間にしわを寄せて唸るような低い声で尋ねる。
「どうやって入った」
自宅の住所くらいなら調べることは簡単だろうと思って聞かなかった。美少女二人にかわいくお願いされれば、一輝だって友人の洋介の家くらいなら教えてしまうかもしれない。いや、かもしれないということで……げふんげふん。
パタとシールは一輝の不機嫌さなど気にした様子もなく揃ってかわいく首をかしげた。
「わたくしたちには窓も壁も無意味ですわ~。行きたいと思えばどこへでも行けますもの~」
「もの~」
「なんだって……?」
かすれた声になってしまったのは無理からぬことだろう。
ファンタジーは一輝も好きだ。漫画も小説もよく読んでいる。だがファンタジーの世界の良さは二次元にあってこそだと一輝は頭を抱えた。そうして脱力した一輝は沈み込むようにソファーに腰を落とした。
のろのろと顔をあげた一輝が二人に視線を向けると、少女たちはいっそうにっこりとほほ笑み、そしてその姿が一瞬にして掻き消える。直後には一輝の両脇に柔らかい弾力と温もりが寄り添っていた。
「こんな風にですわ~」
「ですわ~」
少女たちが一輝の腕に抱きついてきたため、再び胸の弾力が両腕に……げふんげふん。
「ちょっ、だからやめろって! くっついてくるな」
振り払おうとすればなおいっそうしがみついてくるパタとシール。
(なに? 俺、もしかして喰われようとしてんの?)
焦る一輝とは対照的に、少女たちはのんきにマイペースで問いかけてくる。
「これでわかってもらえました~?」
「ました~?」
「わかったからとりあえず放れろ!」
やけっぱちに叫べば、ようやく彼女たちはしぶしぶながらも一輝の腕を開放した。
「ニー様のはとってもおいしかったのに残念ですわ~」
「ですわ~」
そんな風にパタが聞き捨てならないことを言うものだから、今度は反対に一輝がパタの肩を捕まえる羽目になった。
「ちょっと待て。それはどういう意味だよ。おいしい? 何をどうしたらそんな表現になるんだよ。お前らマジで俺を喰う気か?」
「ニー様ったらせっかちさんですね~。食べるのは最後ですわ~」
食べるのは最後。
ということは最後には食べるということ。
一輝は顔を蒼褪めてパタから逃れるように体を後ろにそらした。が、そこにはシールがいた。寄ってきたのだと勘違いしたシールが嬉しそうに一輝の背中から抱きつく。
一輝は反射的に悲鳴をあげてしまった。
すぐに手で己の口を塞いだ一輝だったが、一瞬とはいえ出てしまった悲鳴はなかったことにはできない。今度は赤面した一輝がじとりと恨めし気にパタを見やった。
「俺を喰ってもうまくないと思うが」
一応の抵抗は試みる。しかし。
「いいえ~。ニー様はとっても美味しゅうございますわ~」
「ますわ~」
もうちょっと頑張ってみる。
「どうやって喰うんだ? 殺人も人食いも犯罪なんだが」
頑張る方向性がずれているが、結果としてはこれでよかったようだ。
パタ曰く。
食べるといっても血肉をぼりぼりと喰らうのではなく、セイキをいただくだけとのこと。セイキは生気であり精気でもある。
そして先ほどおいしいといったのが生気で、最後に食べるのが精気ということだった。
生気は体が触れあっていれば食べれるらしい。
「それじゃあ精気は……?」
パタとシールは同時に唇を舐めた。
無邪気な雰囲気と幼げな面に豊満な肉体。そんな少女たちが揃ってそんな仕草を間近で自分に向けておこなう。
何度も言うが一輝とて年頃の少年である。むしろ体だけならすでに成長している。そんな状態で、そんな仕草をやられた日には……げふんげふん。
気持ち前かがみになった一輝を見て、パタがくすりと笑った。
「ニー様が考えられたとおりですわ~」
「ですわ~」
見抜かれた羞恥で一輝の顔に赤みがさす。
拗ねたように顔を逸らせば、パタとシールが歓声をあげた。
「ニー様かわいい~」
「いい~」
「うるさい!」
一輝は二人をぎろりと睨みつけると、コンビニで買ってきた弁当へと手を伸ばした。
「ニー様お食事ですの~?」
「ですの~?」
「見たとおりだ」
投げやりに答えてもいっこうにへこたれたりしない彼女たち。一輝は取り合えず空腹を満たすことにした。
が。
「わたくしたちもお腹がすきましたわ~」
「ましたわ~」
しゅんと肩を落としてお腹を撫でさする彼女たち。つい魔が差した一輝はポロリと口にしていた。
「なにが食べたいんだ?」
先ほど聞いたことをよく考えるべきだった。
一輝の言葉を受けてパタとシールは満面の笑みを浮かべて一輝に抱きついてきた。
「もちろんニー様~」
「ニー様~」
「のわっ」
危うく弁当を落としかけた一輝のこめかみがぴくぴくと動く。
「お~ま~え~ら~」
持っていた弁当をどうにかローテーブルの上に戻した一輝は、パタの手首をがしっと掴むとソファーの上に押し倒した。
「いいかげんにしないと本気で襲うぞ!」
膝を使ってパタの内腿を撫で上げ、そして。
けれどパタは怯えるどころかむしろ瞳をキラキラさせて期待しているように見えた。
(あれ?)
間違えたことに気づいたときはすでに遅し。シールが仲間に加わろうと一輝の背中に飛び乗ってきた。
「のわっ」
突然のことに耐え切れず、崩れた先にあったのはパタの胸。ようこそとばかりに一輝の顔をしっかりと受け止めた。更に後頭部にはシールの胸にまで迎え入れられた一輝の頭部は前後から胸に挟まれるという人によっては大喜びをするシチュエーションを体験させられた。
(く、苦しい……)
呼吸困難になってもがけば少女たちがうれしそうにはしゃいだ。
渾身の力を振り絞って腕立ての要領で体を起こした一輝は大きく息を吸い込んだ。
「シール、どけー!」
名前を呼べば、シールは素直に返事をしてすぐに一輝の上から降りた。
ほっと一息ついたものの、このまま腕から力を抜けばまたしてもパタの上に乗ってしまう。それは避けようと、横にずらしかけた一輝の体を抱き寄せたのはパタの腕だった。
疲れ切った一輝はすでにそこから逃れるだけの気力を持たなかった。そんな一輝ができたことといえば弱弱しい声で抗議することだけだった。
「パタ、離せ」
目を閉じていた一輝が気づいたのは温もりが触れたあとだった。
え、と思って開いた瞳に映ったのはパタの黄金色の瞳。吐息が奪われ、一輝はようやくパタに口づけられていることに気づいた。
反射的にパタの体を押し返し、その反動を利用して横に逃れた。
今回はやけにあっさりと逃れられたと思ったが、それは誤りだったようだ。逃れられたのではなく、いったん離れただけ。
仰向けに床に転がった一輝の体を拘束するように乗っかってきたパタとシールの行動によってそれが知れた。
「俺をどうする気だ……」
半ばどうとでもなれと投げやりな気持ちになりながらも、一輝の口は問いを発する。
「ニー様はこうやってただ横になっていてくださればよいのですわ」
「ですわ」
パタとシール。二人の手が一輝の視界を塞ぐ。
「さあ、力を抜いて」
「抜いて」
少女たちの声が催眠術をかけるかのように静かに紡がれる。ゆっくりと瞼がふさがり、一輝は静かに眠りへと落ちていく。
かすかに衣擦れの音が聞こえた気がした。
腹の虫が盛大に泣き喚いた音で一輝は目を覚ました。
「あれ? 俺、飯……」
毎晩必ず夕飯を食べて寝ているはずなのになぜ空腹で目が覚めたのだろうかと一輝はぼんやりとした頭で記憶をさらう。
(ああそういえばあいつらが……)
そう思ったところで一輝は飛び起きた。否、飛び起きようとした。けれども両腕を何者かに拘束されていた一輝はただ体が跳ねただけに終わった。
「うお!? ってなんで俺裸!?」
頭だけ起こして周囲を窺ってみれば、リビングの床に全裸で寝転ぶというなんとも破廉恥なことになっていた。
しかも一輝の両腕に抱きついているパタとシールすら全裸。そりゃーもういろんな部分が丸見え状態。
「おまっ」
おまえら何をやっているんだと言いたかった一輝だが、それ以上は言葉にならずただ口を開閉するだけしかできなかった。
(マジで腰に羽が生えてるよ)
深夜に煌々とした照明に隅々まで晒されている全裸の三人。カーテンのひかれていない窓は、鏡の役目をして彼らの姿を映す。足元にある窓は彼女たちのすらりとした足の先にあるプルンとしたかわいいお尻を映し、その奥の秘所さえも……げふんげふん。そのあいだに挟まれている自分の姿も当然同じように映っていた。
(どんな羞恥プレーだよ)
状況を確認しているととある部分がむくむくと反応しかけた一輝はやばいと視線を逸らす。が、しつこいようだが健全男子の一輝の視線は徐々に少女たちへと戻っていった。それは致し方ないことと言えよう。
開き直ってしばらく彼女たちの裸体を堪能していた一輝はふと気づいた。
(この状態ってことは……俺、もう喰われちゃった……とか?)
知らない間に童貞卒業してしまったのだろうか。
(こんなおいしいことをなぜ俺は覚えていないんだぁぁぁぁぁ)
思わず頭を抱えようとして動かした両腕が少女たちの豊満な胸を刺激した。
「ぁあん」
「っひゃん」
一輝自身も柔らかな感触に反応してしまったが、彼女たちの声にもさらに応えてしまってとある部分がとっても元気な状態になってしまった。
その様子を目を覚ました彼女たちに注視され、一輝は焦った。
「いや、これは、その……っ」
だんだん彼女たちがそこへと近づいていく。
「おい、ちょっと待て! おまえら何を考えてるんだ!? やめ、くっっ」
喰われる。そう思った一輝に反してパタとシールは両側から顔を近づけてそっと唇で触れただけだった。にもかかわらず快感が一輝を襲う。ただそれだけでイった時と同じだけの快感が得られるとはどうしたことか。
いや、しかし。
(あ~もうここまでくるとどうとでもしてくれって感じだな)
何を言う気も失せて、一輝は床の上に改めて体を投げ出した。
「ニー様、とってもおいしいです~」
「です~」
「……あ~それはよかったな……」
ひらひらと力なく手を振って答えれば、二人から「はい~」と嬉しそうな声が返ってきた。
どうやら眠っていた間も裸のほうが生気をとりやすかったからとかそんな理由でこんなことになっていただけで、実際に喰われたわけではなさそうだったのでまあいいかと思ってしまった一輝だった。
これがただの始まりとは知らずに。