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1.きゃっきゃうふふの少女たち

 きゃっきゃうふふと少女たちが笑う。

「ニー様ったらどこを見てらっしゃるの~?」

「らっしゃるの~?」

 少女たちはただ笑う。責めているわけではない。ただ言葉のまま尋ねているだけ。

 ニー様と呼ばれた少年は大きく息を吐き出した。

「おまえらの体の構造を不思議に思ってただけだ」

 この言葉にようやくこれまでとは違う反応が少女たちに現れた。

 無垢なほほえみから妖艶な笑みへと。

「わたくしたちは人間ではないのですから考えたところで無駄ですわよ」

「わよ」

 よく似た少女たちはけれども双子というわけではない。そして本人が告げたように人間ではない。それは見かけからして一目瞭然ではあったが。

 二人の少女は腰のあたりから小さな羽が生えていた。

 すらりと伸びた真白い素足は、丈の短いスカートをさらに短く感じさせるほどに長い。

 髪の長さは二人とも腰のあたり。ちょうど羽に触れるくらいで、一人は緩やかなウェーブを描き、もう一人はまっすぐに流れ落ちる滝のよう。動きに合わせてさらりと揺れるのはどちらも同じ。

 印象としては黄金と紅蓮。朝焼けと夕焼けといった感じだろうか。共通しているのはどちらの少女も十分美少女と呼ばれるほどに見目がいいということだった。

 一方の少年はただの人間。少し長めのショートカットといったような中途半端に伸びた黒髪。日本の高校生としてはほぼ平均の身長や体型をしており集団の中に入れば周囲と同化して埋もれてしまうほどに容姿をも含めて平々凡々だった。

 そんな少年がなぜこんな美少女二人と知り合うことになったのか。それはほんの二日ほど前のことだった。

 少年の名前は二ノ宮一輝にのみやかずき。高校二年生である。

 その日はやけに生ぬるい風が吹いていた。

「一輝、今日遊びに行ってもいいか?」

 一輝の両親は現在長期海外出張中。そのため一人暮らしの状態にあり、気楽に騒げるからと友人たちがこぞって一輝の家に遊びに来たがっていた。

 今日の授業は先ほど終わり帰宅部の一輝はあとは帰るだけといったところで、今日もこうやって声をかけてきた者がいた。

「ん……」

「なんだ? はっきりしない返事だな。予定でもあるのか?」

 特に用事があるわけでもない。誰かと約束があるわけでもない。声をかけてきた友人――千石洋介せんごくようすけは何度も遊びに来たことがあり、騒ぎすぎたり散らかしたりといったことをしないので家に呼んだとしても何の問題もない相手ではあった。

 しかしなぜだか今日は気が乗らなかった。

 そのことを洋介に告げると、何のこだわりもなくそれならまたの機会にと言って自分の家へと帰っていった。

 それを見送った一輝は内心首をかしげた。

 一人で帰ったところで何をするでもなく。いつものように途中のコンビニで夕飯を買って帰ること以外に予定などない。

 むしろ来てもらった方が楽しめることは確かなはずなのに。

「なんだかな……」

 わけがわからないと、一輝は軽く頭を掻く。

 断ったものは仕方がない。それに今同じように誰かに聞かれればやはり同じように断るような気がする。

 これはさっさと帰ってネットでもするか、と一輝は考えながら帰路へとついた。

 桜も散って、ずいぶんと日も長くなった。

 ぶらりぶらりと散歩でもするようにゆっくりと歩いていた一輝がふと空を見上げると、さっと光が走った。

「流れ星……?」

 ほんのわずかな間だったから確証はないが、光が走るといえば一輝にはほかの理由が思い浮かばなかった。

 ただし空を流れるというよりはその先の公園あたりに落ちでもしたような感じにも見えたが。

「……まさかな」

 へらりと苦笑しながら一輝が改めて公園へと視線を向けると、斜め前にあるその公園の方向から強烈な爆風とも思えるほどの風が一輝に襲い掛かってきた。

「く……っ。な……っんだこれ!?」

 目を守るように右腕をかざして一輝は踏ん張った。気を抜けば飛ばされてしまいそうだと焦りが浮かんでくる。

 と、その時。

「ひやぁぁぁん」

「あぁん」

 そんな悲鳴をかわいらしい声であげながら二人の少女が狙ったように一輝めがけて風に飛ばされてきた。

「へ? うわああぁぁ、がふっ」

 気づいた直後にはすでに一輝の目の前にいた二人。反射的に受け止めたもののこの爆風の中では踏ん張りが利かず、勢いにのまれて三人仲良く飛ばされる羽目になった。

 すぐにそばにあった樹木にぶつかったため、飛距離はほんのわずかではあったが、少女二人を抱きとめた状態で背中から樹にぶつかった一輝は思わず情けない声をあげてしまった。

「痛ってー! ったく、いったいなんだったんだよ……」

 ぶつくさと不平をこぼしていた一輝はふと我に返って左右を見渡した。

「あー、やーっと風止んだのか……」

 ほうっと息を吐き出した一輝は、腕の中の二人の少女へと視線を落とした。

「おい、大丈夫か?」

 軽くゆすりながら声をかければすぐに少女たちは目を覚ました。

 状況がわかっていないのか、ぼんやりとした顔で一輝を見上げてくる四つの瞳。一輝はもう一度大丈夫かと声をかけた。

「あら~? こんなところにいらっしゃったのですね~」

「ですね~」

 ようやく声を発したかと思えば、少女たちはそんなわけのわからないことをつぶやきながら一輝の首へと腕を回してきた。

「え? おい! ちょ、やめっ」

 やや幼げでぽやぽやした雰囲気の美少女二人に抱きついてこられた一輝は慌てるが、なにぶんにも背後に樹があってこれ以上後ろにはさがれない。しかも二人ともに意外にも豊満な胸をしており、それがぐいぐいと押し付けられている。一度意識してしまえば一輝とてお年頃。困惑の中にもなんとも言えない快感が……げふんげふん。気づけば美少女二人をしっかと抱き返していた。

(あ、やべ、気持ちよくってつい)

 一輝は慌てて手を放したものの、少女たちはぎゅう~っと抱きついたままだ。

「あの、さ。いいかげん放してもらいたいんだけど」

 眉尻を下げて一輝は懇願する。

 するとようやく一人が顔をあげた。キラキラと何かを期待しているような瞳で一輝を見上げてくる。

「お名前はなんとおっしゃるのですか~?」

「ですか~?」

 もう一人の少女も一輝を同じように見上げてきた。

 こうして見比べてみれば顔立ちはよく似ている。

 双子かな、と思いながら一輝は素直に答えていた。

「俺は二ノ宮一輝。あんたたちは?」

「パタですわ」

「シールですわ」

 いつも最初に話すのは緩やかにウェーブしている黄金色こがねいろの髪が腰まで伸びているパタだ。そして紅蓮色の髪がまっすぐ腰まで流れているのがシールだ。

 じっくりと見返すと、瞳の色も髪と同じだということにも気づいた。

 そしてあることにも。

 一輝はいったん視線を上へとそらして一呼吸おいてからまた改めて見直す。そうして幻覚ではないことを確認してから口を開いた。

「なあ、おまえたちの腰にあるソレは……」

 本物なのかどうなのか聞こうとしたのだが、やはり言葉に詰まった。コスプレなのにと笑われそうでどうしても尋ねることに抵抗を覚えてしまう。

 なにせ二人の少女の腰には小さな羽がついていたのだ。ついているのか、生えているのか。かすかに動いているようにも見えるが、今の技術であれば簡単にできるのではないかとも考えられる。一輝はまさに頭を抱えた。

「これですか~?」

 苦悩する一輝をよそに、のほほんと答えながら自身の腰を振り返ったパタが羽を動かす。鳥のように羽ばたく姿は本物のような。いやしかし。

「ああ、その羽は」

「本物ですわ」

「ですわ」

 最後まで聞かずにパタとシールは答えた。きゃっきゃうふふと無邪気な笑みを浮かべて楽しそうにターンしながら羽を動かす。

「触ってみます~?」

「みます~?」

 そう言われればたしかに触ってみたいなと一輝はうなずいた。

 パタとシールは一輝の前に並んで腰の羽を差し出した。

 そっと優しく。むしろ多少の怯えを含んでそっとそーっとと自身に言い聞かせながら一輝は指の腹で二人の羽を撫でてみた。

「ぃやぁぁん」

「ひゃぁん」

「うわあ、ごめんなさい!」

 ほんの少し撫でただけにもかかわらず突然二人が変な声をあげたため、一輝は反射的に両手をあげてホールド・アップの体勢をとるとともに叫ぶように謝罪の言葉を口にした。

 逃げ腰になったことで一輝は再び樹に張り付いたような形になった。

(触っていいって言ったのはそっちじゃないかー)

 心の中で抗議するも声に出す勇気はなく、一輝は心中で冷や汗を流しながら二人からの返答を待った。

 帰ってきたのは二人の楽しそうな笑い声だった。

「いやですわ、ニー様。羽は本物でちゃんと感覚があると証明して見せただけですのに~」

「のに~」

 なんともややこしいことをしてくれたものだ。いやそれよりも。

「ちょっと待て。そのニー様ってのはなんなんだよ! 俺は二ノ宮一輝。二ノ宮か一輝のどっちかで呼べよ」

 だが一輝の主張は一瞬で蹴られた。

「ですがニー様。二ノ宮の『二ノ』は『ニー』にも見えますし、二ノ宮の『二』と一輝の『一』はカタカナの『ニー』とそっくりでしょ~? だからニー様ですわ~」

「ですわ~」

 一瞬納得しそうでそれでいてまったく意味不明なことを言ってきたパタに、一輝は反論をあきらめた。

 どう考えても勝てる見込みがなかったからだ。

 特に頭がいいわけでもなく、口が達者なわけでもなく。なにからなにまで平々凡々な一輝はこの少女たちのように感覚だけで生きているようなタイプは苦手だった。母親がそういった発想を得意とする人種で、子供のころから一輝は振り回されてきたのだ。そこで学んだことは『君子は危うきに近寄らず』と『スルー力』である。

 もっともこういう言い方をすれば多少かっこよく聞こえるだろうという一輝の最後の抵抗であって、実際は『あきらめ』という情けない状態でしかなかったが。

 なんとなくもやもやする気持ちをため息と一緒に吐き出した一輝は、改めて少女たちへ向き直った。

 羽にばかり意識がいっていたが、髪の色も瞳の色もよく考えれば異常だった。最初は髪は染めているかウイッグで、瞳はカラーコンタクトだと思っていたがじっくりとみればそれぞれ自前であることがわかった。

「なあ」

 声をかければうれしそうに見上げてくるパタとシール。一輝はちょっと困ったように顔をしかめながらも続けた。

「おまえらって……何者なんだ?」

「矛盾ですわ」

「ですわ」

「はあ!?」

 矛盾といえばあれだ。ほことたて。つじつまが合わないことのたとえ。

 さすがに一輝も声を荒げた。

「人が真面目に聞いているのにその態度はなんだよ。いいかげんにしろよ! 何者か知らないけど知らないままでいいわ。だからもう俺にかかわってくるなよ!」

吐き捨てるようにそう言い切った一輝は即座にその場を走り去った。

「ッたくなんなんだよあいつら。人がおとなしくしてたらつけあがりやがって」

 ぶちぶちと不満をこぼしながらも一目散にその場から離れた一輝はだから知らなかった。少女たちがこぼした言葉を。

「正直に答えましたのに、なぜニー様は怒ってしまわれたのかしら~」

「かしら~」

 二人の少女は揃って首をかしげる。

「それとも今は矛ではなく剣だと訂正が必要でしたかしら~」

「かしら~」

 パタとシールは一輝の姿が見えなくなるまでそのまま見送り、そして静かに姿を消した。



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