冒険者ギルド
オーク戦から約1週間。
ティアーツさん率いる国境なき騎士団は、次の目的地へと昨日の早朝旅立った。
村に滞在している間、オークの群れが近くにいないか森の中を探索してくれた。
その結果、村に少し近い所にオークの巣を発見し騎士団の人達が殲滅してくれたのだ。
どうやらあのオークは巣から追い出されたはぐれ者だったらしく、もう村の近くにオークは当分出てこないだろうと教えてくれた。
結局、治癒師の女の子の年齢も聞けず、顔も拝めなかったが今はもう気にしていない。
今の俺はそれよりも気にするべき事があるのだ。
「エーク、寝よー」
「・・・」
こうして毎晩俺の部屋へと来て一緒に寝ようとする妹のことである。
治癒師の女の子と話した日、家に帰ると案の定リズは怒られた。
リズは怒られた後しょんぼりしながら俺にくっついてきた。
今まで俺にくっついてくる事がなかったリズを、俺はしょんぼりした姿と相まってつい甘やかしてしまった。
「リズ、大丈夫か?」
こくり、と黙って頷くリズ。
全然大丈夫そうに見えない。
「うーん・・・なんだったら今日は兄ちゃんと一緒に寝るか?」
少しでも元気にしてやろうと冗談めかしてそう言うと・・・。
「ほんと!?」
驚くくらい素早く反応してきたのだ。
その素早さに少し困惑しながらも答える。
「あ、ああ。後で兄ちゃんの部屋に来な?」
「うん!」
先ほどまでの落ち込みようが嘘のように元気な返事をするリズ。
本当に反省したのかと心配になりながらも晩御飯を食べた後、部屋へと行き寝る準備を整える。
毛布に包まれ待っているとリズが静かに入って来た。
そのまま静かにベッドへと近づいてくると毛布の中に入ってくる。
「・・・どうしたリズ?そんなに静かにしなくていいぞ?」
「!」
あまりにも静かな行動にそう言うと、リズは一瞬体をビクつかせた後小さな声で話しかけてくる。
「エ、エーク・・・起きてた?」
「うん?起きてたよ?」
「・・・怒る?」
「ん?何で?」
何故そう思ったのか分からない発言について尋ねると、リズは上目遣いで言ってくる。
「か、勝ってに入ったから・・・」
「いやいや、兄ちゃんが部屋に来ていいって行ったんだから怒るわけないだろ?」
リズにそう言ってやると目を輝かせ始める。
「本当?」
「あぁ、本当だよ」
俺の言葉にリズは心底嬉しそうにする。
その反応を少し不思議に思うがあまり気にせず眠ることにした。
「それじゃ、おやすみリズ」
「うん、おやすみ~」
俺は目を瞑り意識をゆっくりと手放した。
それからだ、リズが俺の部屋に夜な夜な来ては一緒に寝るようになったのは。
今は言ってくるからいいが、前は勝手に入って来て朝起きてから気づく事があった。
それについてリズに尋ねると、
「エークいいって言った」
と言うのだ。
恐らくあの日の発言を勘違いしたのだろう。
俺があの日の発言について説明するとリズは涙目になって震えだしたのだ。
リズが泣く姿はあまり見たくなかったし、俺が原因になるのも嫌だった。
そのため、自分で自分の説明を曖昧にして、リズが泣くのを防いだのだ。
防いだ代償としてリズはこうして、今なお俺の部屋に来るのだが・・・。
「ハァ・・・いいよ。寝ようか」
「やったー」
気づかれないようにため息を吐き出して答える。
その俺の発言を聞いて、いつものように嬉しそうに毛布の中へと入ってくる。
結局俺もやっと懐いてくれるようになった妹が可愛いのだ。
いつかはリズが年頃の女の子になって、自分から嫌だと言い出すだろう。
そんな日を想像しながら眠りにつくのだった。
1ヶ月後、俺はベトリールへと来ていた。
約4年振りに来た理由は簡単である。
「よし、エリック冒険者ギルドに行くか」
「そうだね、父さん」
今の父さんの発言の通り冒険者ギルドへ行くためである。
どうやら冒険者登録は何歳でも出来るようで、余裕がある今のうちに済ませようと思ったらしい。
「やっぱり活気があるね」
「そうだろう?なんたってベトリールは周辺で一番でかい街だからな」
前回は神託の事で頭がいっぱいでよく見ていなかった街並みは、とても綺麗である。
石畳で整えられた道、石や木で出来た家々、道を行き交う多くの人々や馬車、村とは大違いである。
その村からベトリールまで、今回は国や教会からの馬車はないため村に来た商人に頼んで乗せてもらったのだ。
そうして訪れたベトリールでは前回と違って少しだけ滞在していく。
俺に冒険者としての稼ぎ方を父さんが教えてくれるというのだ。
正直よくわかっていなかったので助かった。
父さんは村でも教えてくれるのが上手いから安心だ。
「そういえば父さん、装備とかはいいの?」
「ああ、大丈夫だぞ。今回受ける予定の依頼は、常駐している物から選ぶつもりだからな。今エリックが持ってる両手剣と着てる革鎧だけで大丈夫だ」
「へー、そっか」
父さんと適当に話しながら街を歩く。
時々分からないことを聞けば父さんが丁寧に答えてくれる。
独身時代この街で長い間暮らしてきた父さんは色々な事を知っていた。
しばらく歩くと大きな石と木で出来た建物が道の正面に聳えていた。
その建物の看板には『冒険者ギルド』と書いてあり、入口は多くの人々が出入りしていた。
「父さん、凄いね」
「そうだろ。エリックも今からあの中に入って冒険者になるんだぞ」
「うん」
父さんの言葉に頷きながら答えギルドの中へと入っていく。
ギルドの中は入って右側に受付があり、正面右奥の壁に依頼書が所狭しと貼ってある。
左側は食堂のような場所になっており、昼少し過ぎだというのに酒を飲んで酔いつぶれている者がいた。
(おおー、冒険者ギルドって感じだ・・・)
俺が1人感動していると父さんは俺の腕を引っ張って人が並んでいる受付へ連れて行く。
まだ冒険者は多くなく並んでいる人も少なかったためすぐに順番がくる。
父さんは意気揚々と女性の受付員へと話しかける。
「すまん。こいつを冒険者登録したいんだが・・・」
「そちらの方の冒険者登録ですね?わかりました」
受付員の女性は少し明るめの紫髪をロングにして、髪と似たような色の瞳を持った綺麗な人だった。
そんな受付の女性はカウンターの下から紙を取り出すと俺に渡してくる。
ソレを受け取ると説明をしてくれる。
「コチラの紙に名前と性別、年齢を書いてください。書きたくない場合は書かなくても結構ですが、最低でも名前は書いてください。でないと登録できませんので」
受付員の女性が微笑みながら言って来た言葉を聞き終えると、俺は父さんに尋ねる。
「父さん、名前だけでも良いらしいけど・・・」
「そうだなぁ・・・。性別と年齢を書いておけば、何かトラブルが起きて、冒険者証明書を見せる時に信用してもらいやすくなるぞ」
「そっか、なら書いとこう」
あまり使うこともないだろうが信用されやすくなるのなら損はない。
俺が紙に名前や性別、年齢を書いていると父さんが受付員の女性に銀貨1枚を渡している。
冒険者は基本誰でもなれるが登録には費用がかかる。
それが今渡していた銀貨1枚である。
大事な家のお金を使わせてしまい申し訳ないが、父さんの夢のためだ仕方ない。
そして書き終えた紙を受付員の女性に渡す。
「・・・少々お待ちください」
内容を確認した受付員の女性は奥の方へと入っていく。
少しの間ギルドの中を見て暇を潰していると、奥から戻ってきた。
手には銀色の手のひらサイズのプレートを持っている。
「お待たせしました。こちらがエリック様の冒険者証明書になります。ご確認ください」
そう言って渡されたプレートに目を通す。
名前:エリック
性別:男
年齢:14歳
簡素な内容に本当にこれでいいのか疑ってしまうが、問題ないようなので此方を見ている受付員の女性に頷き返す。
「・・・確認が済みましたらご本人様の血をプレートへと染み込ませてください。それが終われば登録完了です」
言われた通りに持っていた両手剣で軽く指先を切り、出てきた血をプレートに擦り付ける。
擦り付けた血はプレートへと染み込んでいき消えてしまう。
その代わりにプレートに新たな項目が出た。
名前:エリック
性別:男
年齢:14歳
所有権:エリック
所有権、先ほどの血を染み込ませる行為はこれを登録するためである。
所有権を登録することで、他の誰かが俺のプレートを使おうとしても使用出来なくしたのだ。
もし他の誰かが俺のを使おうとすれば、プレートは銀色から赤色へと変わる仕組みである。
「これで無事登録完了です。お疲れ様でした。冒険者についての説明は受けますか?」
「いや大丈夫だ、俺が説明をするからな」
「分かりました。それでは、これからの活躍期待しております」
受付員の女性は、決められているであろうセリフを言うと、後ろに並んでいた人へと声をかけ始める。
俺と父さんは邪魔にならないように受付の前から食堂のような場所へと移動する。
席につき父さんが近くの従業員に水を頼むと話し始めた。
「さて、まずは冒険者登録おめでとうエリック」
「ありがとう父さん」
「いやー、父さんは嬉しいよ。エリックが父さんと同じ、冒険者になってくれて」
そう言う父さんの顔は本当に嬉しそうだ。
その父さんの反応を見て少し照れながら言う。
「さ、早く冒険者についての説明お願い」
「おっと、そうだったな。いいか冒険者ってのはな・・・」
父さんが説明してくれたことはこうだ。
冒険者は依頼書の中から自分にあった依頼を見つけて受注する。
そして、受注した依頼を達成して報酬を貰う。
とても簡単だ。
しかし、依頼を受注する際にギルド側から貴方には相応しくないと言われ、受注出来ない場合もある。
これは納得した。
新人の冒険者が、ベテランが受けるような依頼を受けても、失敗するのが目に見えているからである。
ギルドにはランク等の格付けがないため、プレートに記録されている情報からその冒険者に合っているか判断する。
そのため受付員には目利きが良く、知り合いに特別対応しない者がなる。
知り合いだからと、見合ってない依頼を受注させては困るからだ。
ところで、ギルドには格付けがないと言ったが勲章の様な物はある。
依頼の達成数、ギルドや街への貢献度、その強さを認められた者。
その様な人達はプレートに白丸の印をつけられる。
白丸の印を持っている者は少なく、印があるだけで大層信用されるらしい。
ま、俺には関係ない事だけど・・・。
父さんの説明を聞き終えると外は夕方頃になっていた。
「結構長い間話してたな」
「そうだね」
そう言って父さんと2人ギルドを出る。
外には仕事が終わり帰り始めている人や、これから仕事だと準備している人など様々な人がいた。
そんな人達を横目に父さんと並んで前回泊まった宿へと向かう。
「明日はいよいよ初依頼だな」
父さんがワクワクした顔で言ってくる。
「うん!失敗しないように頑張るよ!」
それに元気に返事をする。
「何言ってんだ。エリックは俺の息子だぞ?失敗するわけないだろう」
「や、やめてよ父さん・・・。緊張しちゃうから」
「はははは!今日は寝れるのか?」
「それは父さんでしょ?」
「なにぃ!」
「あははは!」
そうやって2人で笑い合いながら宿へ向かって歩いて行った。