プロローグ 2
・・・気持ちがいい
「・・・ぃ」
まるで水の上に浮かぶ舟で寝ているかのようだ
「・・・さい」
このままずっと眠っていたい・・・
「・・・ください」
だが、誰かが俺を呼んでいる
「・・・起きてください」
その声は落ち着くような優しい声だ
「起きてください」
その声に俺はゆっくりと瞼を開ける
見えた景色すべてが白かった
本当に真っ白で、見える範囲に他の色は全くない
少しの間その景色を見続け脳がしっかりと活動を始めてから体を起こさせる。
体を起こしたその先には綺麗な人がいた。
いや、人じゃないかもしれない。
そんな直ぐに否定してしまうほど、目の前の存在は強い存在感のような、オーラのような表しにくい何かを放っていた。
綺麗だというのも、そう感じただけで実際に見えているわけではない。
そこには、白い人のような、靄のような、光のようなものが、立っているように感じるだけである。
その存在は話しかけてくる。
「おはようございます。やっと起きてくださいましたね」
優しく微笑んでいるように感じる。
とりあえず、返事は返さなくては。
「お、おはようございます・・・」
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「えっ?あ、ああ・・・大丈夫です」
そう言いながら体を触ってみたり、動かしたりしてみる。
どこも異常はないようだ。
存在は、続けて話し出す。
「そうですか。では、記憶の方は大丈夫ですか?」
「へっ?」
一瞬、何を言われたか理解できなかったが直ぐに思い出す。
(そうだ・・・。俺、死んだんだ)
そう、死んだのだ。
銀行強盗に背中を何回も刺され死んだのだ。
しっかりと覚えている。
忘れられるはずがない。
人生最期の記憶なのだから。
「あれ?じゃあ、今俺がいるのって・・・?」
「ここは世界の管理室。世界の成り行きを見守ったり、手を加えたりするところです」
「天国じゃ、ないんですか・・・?」
「貴方の知識に合わせるなら、現世からあの世へと向かう道を少しずれたところ、でしょうか?」
「天国では、ないと?」
「はい。ですが、貴方は間違いなく死にました」
「・・・そう、ですよね」
少しだけ芽生えた希望は直ぐに消えた。
なかなかにストレートである。
もう少しオブラートに包んで言って欲しいよ・・・。
存在は、肩を落とすコチラの様子を見て優しげに微笑んだような感じがする。
「貴方は死にました。ですが、天国には行きません。かといって、地獄にも行きません。」
存在の言葉に首を傾げる。
死んだのに、天国にも地獄にも行かない?どういうことだ?
そう思っていると、存在は思わず聞き返してしまうようなことを言った。
「貴方には、異世界へ転生する権利があります」
「へ?・・・異世界?転生?」
あまり聞きなれない言葉に戸惑ってしまう。
いや、言葉自体は知っている。
自分も中学2年生の頃はそんな少年だったのだ。
だが、直ぐにそんなものは夢でしかないのだと気づく。
所詮夢であり現実ではない、と。
しかし、今目の前にいる存在が話す言葉は現実のような気がした。
死んだのにこのような場所にいることも、関わっているのかもしれないが。
「はい。異世界への転生です。」
「ど、どうして、俺が?」
「では、それについて説明しますね――――」
存在が説明してくれた話はこうだ。
俺が生きていた世界とは別に他にも多くの世界が存在するらしい。
その中の一つに魔法を使う世界が存在しており、その世界の魔法使いが敵に使う魔法を使っらしい。
その瞬間、本当に奇跡としか言えない確率でその世界とこっちの世界が一瞬、本当にほんの一瞬だけ繋がったらしい。
その一瞬の間に魔法は俺に少しだけ効果を与えてしまった。
その魔法は敵を昂ぶらせ過剰な自信を持たせ、攻撃と考えを単調なものにするものだそうだ。
その結果、俺はあんな行動にでて死んでしまったらしい。
つまり存在からしてみれば予定にない死だったようだ。
本来ならば、銀行強盗たちはお金を奪うと裏口から逃げる際に人質を一人殺して行くはずだったようだ。
その死んでしまう人質があの男の子の母親だったらしいのだ。
それならば無駄死にとは思わないですむ。
しかし、疑問点もある。
「あの銀行員なら何も起こらなくても全員倒せたんじゃないんですか?」
「フフッ・・・そう世界は上手くいかないのですよ」
「・・・どういうことですか?」
笑い声をあげたことに驚きながらも質問する。
「あの銀行員は背後からの攻撃に優れた人間で、幼い頃に祖父から鍛えられていたんですよ。あの時、銀行強盗たちは銀行員の彼に視線を送ってたので迂闊に動けなかったのですよ。」
「そこで俺の行動が全員の目を引きつけて銀行員から視線を外させたと・・・」
「そういうことです。なので、ナイフを持った相手には時間が掛かっていたでしょう?」
「そう、ですね。そう言われると納得です」
心のどこかでは銀行員が早く助けてくれればと思っていた。
しかし、あの人も頑張ってくれていたのだ。
他の人を殺させずに助け出すために。
「もう一つ、いいですか?」
「はい。どうぞ」
俺は、他にも気になっていたことを聞く。
「どうしてあの時ガムテープが外れたんですか?」
何故、あのガムテープは外れたのか。
キッチリと手を締めていたはずなのに。
「それについてですか。・・・恐らくは異世界の魔力が原因でしょう。」
「魔力が?」
「はい。恐らく、異世界の魔力と、貴方の世界の物は合わないのではないでしょうか?合わない二つが偶然、出会ってしまった。その結果、おかしな反応が起こりガムテープが外れたのでしょう。」
「そうですか・・・」
俺が死んだのって全部異世界のせいじゃなかろうか?
そんな風に思っていると、存在は俺に言ってくる。
「さて、説明も終わりました。それで、どうしますか?異世界へと転生しますか?天国へと向かいますか?」
異世界か、天国か。
それはもう決まっているかのような質問だった。
否、もう決まっていた。
「異世界へ、転生します」
「フフッ・・・そう言うと思っていましたよ」
「そ、そうですか・・・」
予想されていた答えを言うのはどこか恥ずかしいものがある。
「では、さっそく転生する異世界で必要になる力を与えましょう」
「え、力をくれるんですか」
「はい。もしかして、そのまま行くおつもりですか?」
「い、いや・・・てっきりこのままポイッと転生するのかと・・・」
そう言うと存在はより優しげな目になった感じがした。
「大丈夫ですよ。ちゃんと力を与えます。じゃないと直ぐに死んでしまいますからね」
「ちょ・・・死んだすぐの人に死ぬ関係の発言は・・・」
「あ・・・そうですね。すみません。」
そう言って存在が申し訳なさそうにする感じがする。
「い、いいんですよ!別にそこまで気にしてないので!大丈夫です!」
「そうですか?ですが反省すべきことに違いはありません。以後、気を付けます」
「・・・そ、それより!力ってどんなものですか?」
これ以上申し訳なさそうにされると居心地が悪いため無理やりにでも話題を変える。
存在も空気を読んで話を始める。
また迷惑を掛けた、と申し訳なさそうにしている感じがするがここは気づいていないフリをした。
「そうですね。大抵のものは与えることはできますが、神を超えるような力は与えられません。」
「まあ、そうですよね」
当たり前である。自分が与えた力で別の世界の神が死んだとなっては、与えた本人は罪悪感に蝕まれるだろう。
「何か希望する力があれば言ってください。ダメなものはその都度言っていきます」
「わかりました」
そうは言ったものの何か欲しい力があるかと言われれば難しいところである。
無限の魔力が欲しいと考えても技術がない。
なら技術が欲しいと考えれば経験がない。
経験を欲しいと考えても、それは仮りそめである。
(うーん・・・難しい)
ふと、思いつく。
「人を助ける・・・そんな力はありませんか?」
「人を助ける力ですか?」
「はい。自分が死んだのは自身の弱さもそうですが、周りを助ける力がなかったからだとも思います。もし力があれば銀行強盗が入ってきた時に倒せていたかもしれません。そうすれば誰も怯えず震えなくてすんだかもしれない・・・」
頭の中には震える男の子の姿が浮かび上がる。
「もちろん、その力で自分も助けますが・・・」
「なるほど。周りを助け、そして自分も助ける、そんな力が欲しいのですね?」
「は、はい。けど、やっぱり欲張りですよね・・・」
「そんなことありませんよ。普通の人間なら思うことです。自分と周り、全てを助けたいと・・・。あら?改めて考えると欲張りのような気もしますね。却下しましょうか?」
「えぇっ・・・」
「フフッ・・・冗談ですよ」
この存在に冗談を言われても本気にしか思えない。
「では・・・貴方が望む力は、自分を、周りを、全てを助けられる力で間違いないですね?」
「は、はい」
突然、真剣な声になったため緊張しながらも言葉を返す。
「わかりました。では、貴方を別の世界へと転生させます。世界の名は『エリプス』。剣と魔法があり魔獣が存在する異世界。貴方には、生活するための基礎知識と戦うための才能も与えます。新しき生を楽しみなさい」
存在が言い終わると身体が粒子となって消えていく。
これで此処ともおさらばかと考えていると、ふと気づく。
(あ、名前聞いてない・・・)
急いで聞かなくては。
「あの!」
「はい?」
「な、名前は?」
そう聞くと存在は、『あら?まだ教えていませんでしたか?』と呟いた後、教えてくれた。
「私の名前はエリール、『全能の女神エリール』です」
思わず硬直してしまう。
予想はしていたが本当に女神だとは思わなかった。
その間に粒子化は進みあと少しのところで存在、いやエリール様が言った。
「貴方の新しき生に神の加護あらんことを」
その言葉を最後に身体全てが粒子化した。