帰路
「はっ!」
開いた視界には木の天井。
横に目をやれば、椅子に座ったまま眠る父さんが見える。
恐らくずっと看病してくれていたのだろう。
(ありがとう、父さん)
感謝しながら起き上がろうとすると・・・
「・・・ん?起きたのか?」
小さな物音を敏感に感知した父さんが、目を覚ました。
「うん、おはよう」
「ああ、おはよう。調子はどうだ?」
「大丈夫だよ。父さんが、何かしてくれたんでしょ?」
俺の言葉を聞いて、安堵の表情をした父さんの片眉がピクリと動く。
「なんで、そう思った?」
「だって、父さんは俺の父親でしょ?」
「っ!・・・ぷっ、ははははは!」
一瞬驚いた表情をしながらも、すぐに笑い出した。
「そうだな。俺はエリックの父親だからな。息子のために何だってするさ」
笑顔で言われ、此方が恥ずかしくなる。
赤くなった俺の顔を、父さんは優しげに見ている。
「本当、無事で良かった」
「うん。父さんには感謝してる。ありがとう」
先ほど思った事を、次は言葉として出す。
「よせよせ、照れるだろ」
「あはははは!」
「こらっ、笑うな」
2人でふざけ合いながら、和やかな時間を過ごした。
俺が目覚めたのは、ビリティにやられた翌日だった。
外は夕方頃で茜色に染まっている。
部屋の窓から街道を眺めながら、父さんに話しかける。
「父さん」
「なんだ?」
「明日の朝から、村に向けて出発しよう」
後方からベッドの軋む音がする。
父さんが座ったのだろう。
「なんでだ?」
「母さんとリズに会いたい、じゃダメかな?」
「・・・それが全部か?」
「やっぱり分かる?本当は、皆に伝える事があるから」
「伝える事?」
「父さんには後で話すよ。それで、どう?」
父さんは黙ってしまった。
多分、俺の身体の心配だろう。
帰りは行きと違って野宿の予定である。
馬車で2~3日の距離を歩きでとなると、相当の負担だ。
それを、昨日死にかけたやつが行くと言うんだから、親として心配にもなるだろう。
だが、急がなければいけない。
(俺の望みを叶えるために・・・!)
旅に出て、人と出会い、経験を積む。
フェルニ様の神託を信じての選択である。
「急ぎか?」
「できれば」
「そうか・・・」
しばらく景色を眺めていると、ベッドの軋む音が再びする。
振り返れば、父さんがドアの前に立っていた。
何をするのか不思議に思い、尋ねる。
「どうしたの?」
「少し外に出てくる。すぐに戻るから待っててくれ」
「うん、わかった」
返事を聞いた父さんは、ドアを開けて出て行く。
誰も居なくなった部屋に、1人立ち尽くす。
(我が儘だったかな・・・)
少し後悔しながらベッドに座る。
父さんの時と同じく軋むが、気にしない。
座ったまま窓に目を向ければ、暗くなりだした空が見えた。
「ただいま」
父さんが帰ってきた。
外は暗く、窓は既に閉じている。
意外と遅かったな、と思いながらも出迎える。
「お帰り、父さん」
「おう、ご飯買ってきたから食べようぜ」
「うん」
父さんは手に持った料理を、部屋のテーブルに置いていく。
どれも露店の料理ばかりで、いい匂いがする。
その中から、昨日食べた串肉を取る。
「・・・うん、美味しい」
「これも美味いぞ」
「こっちも美味しいよ」
2人でテーブルを挟んで食事を行った。
「・・・明日の予定なんだがな」
「・・・うん」
唐突に話始めた父さんに目を向ける。
父さんも此方を見ていて、目を合わせてくる。
「村に帰る事にした」
「っ!良いの?父さん」
「ああ、子どものお願いだ。親として聞いてやらないとな」
「ありがとう、父さん」
喜ぶ俺を優しげに見てくる。
この人がビリティよりも強くて、遥か上の存在。
(俺は、この人よりも強くなるんだ)
そうしてご飯を食べ終えると、ベッドに入り眠りにつく。
明日からは村へと帰るため、野宿の連続なのだ。
ベッドの温もりを感じながら、意識を沈めていった。
「父さん、景色が綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」
現在、馬車の後ろ部分に座って景色を眺めています。
昨日、自分が思い描いてたイメージと違いすぎる。
(なんでこうなった?)
翌日の朝、街を出ようと街道を歩いていると、突然父さんが言ってきた。
「エリック、最後の依頼をするぞ」
「へ?最後の依頼?」
「ああ、最後の依頼だ」
発言の意味がよく分からなかった。
今から街を出るのに依頼を受ける意味が。
「こっちだ、こっち」
「あ、ちょ・・・」
父さんに腕を引かれ、連れて行かれた場所は、門の手前の街道。
このまま門を抜ければ、村へ歩いていくだけである。
しかし、父さんがそれに待ったを掛けている。
「このまま門を抜けないの?」
「抜けない。依頼主と会いに行くぞ」
そう言って父さんは、街道端の馬車が並んでいる所へ歩いていく。
そして、1つの馬車の所へ着くと、近くに居た商人らしき人と話始める。
ソレを遠くから眺めていると、父さんが此方に向かって手招きしてくる。
「・・・なに、父さん」
「コイツが、俺の息子のエリックって言うんです」
「ほう、君がダリル君の息子か」
父さんが俺を紹介したのは、年老いた商人風のおじいさんだった。
「ど、どうも。エリックです」
「こちらこそ、どうも。私は、ベトリールで商人をやっているゴーラと言います。よろしくエリック君」
「よ、よろしくお願いします」
緊張しながらも出された手を握り返す。
「本当にすみません。無理言っちゃって・・・」
「いいんだよ、ダリル君。君には世話になったからね。それに今回も助けられているようなものさ。気にしないでくれ」
「いや~、そう言ってもらえると助かります」
父さんが珍しく敬語で接しているという事は、ゴーラさんには凄いお世話になったりしたんだろう。
2人を横目に馬車を見れば、御者だろう人物が出発の準備をしている。
せっせと荷物を入れたりして大変そうだ。
「さて、そろそろ出発と行きましょうか」
「そうですね。エリック、最後の依頼だ。頑張るぞ」
「うん」
さすがの俺でも、もう気づいていた。
今回の依頼が、護衛依頼だという事くらい。
「エリック」
「なに?」
外の景色を2人で眺めていると、突然父さんが話しかけてきた。
返事をして顔を向けると、真剣な顔で此方を見ていた。
「昨日、言っていた伝えることっていうのは一体何だ?」
(やっぱりそれか)
半分予想していたことだったので、すぐに答える。
「うん、それはね・・・」
俺の目から視線を逸らさずに待っている。
「俺、旅に出ようと思うんだ」
「そうか・・・ん?旅?」
「うん。旅」
神妙な顔つきになったと思ったら、すぐに不思議そうな顔になる。
そんな父さんの顔を、此方も不思議そうに眺める。
2人して見つめ合っていても埒が明かないので話しかける。
「どうしたの?」
「い、いや・・・。俺は、てっきり冒険者を辞めるもんかと・・・」
「へ?どうして?」
「どうしてって、そりゃ・・・。冒険者になって数日で死にかけたんだから、冒険者になったのが原因とか思ったりするだろう。普通」
「・・・いやいや、冒険者関係ないでしょ。アレは、俺の不注意が招いた事なんだから」
俺が明るく否定すると、父さんは驚いた表情をする。
恐らくずっと、いま自分で言った通り、俺が冒険者を辞めるつもりだと勘違いしていたのだろう。
「大丈夫だよ、父さん。俺は、冒険者を辞めないから」
「そうか・・・」
その言葉を聞いた父さんは、嬉しそうな顔をして景色に目を戻した。
俺も景色に目を戻そうとすると・・・
「・・・辛くなったら何時でも言えよ」
ボソッと小さく言われたその言葉は、俺の心に響く。
「うん・・・」
父さんも分かっているんだ。
俺が傷ついている事を。
(そりゃそうか。14歳で死にかけたんだ。傷つかない訳が無いって、わかるか)
父さんの言葉に安心しながら、馬車の揺れと景色を楽しんだ。
夜の道に、木が燃える音がする。
馬車を道の端に留めて野宿である。
「エリック」
2人で黙って座っていると、父さんが話しかけてきた。
「なに?」
「エリックは、旅に出たいって言ってたよな?」
「うん」
「どうして、旅に出たいんだ?」
燃えている枯れ木を見ながら話す。
「えーっと・・・なんというか、武者修行みたいな?」
「武者修行?」
「うん。俺は、強くなりたいんだ」
「強くなりたい・・・か」
チラッと見た父さんの顔は、どこか懐かしむような顔だった。
「俺は、強くなって色んな人を助けたいんだ。困ってる人を、助けを求めてる人を」
「その中に、父さん達は含まれてるのか?」
「あたりまえだよ!」
「ははっ、そうか」
嬉しそうな声をあげながら、枯れ木を足していく。
パチパチと燃える音が、空間を支配する。
静かな時間を、父さんと2人で過ごしていった。