2人目の女神
「・・・」
目を開けると、見覚えのある白い世界だった。
只々真っ白で何もない。
(そうか、アイツに・・・)
すぐに理解した。
気を失う直前に聞いた名前は、確かビリティだったはずだ。
(強かった・・・。俺よりも、数倍以上)
気づいた時には勝敗は決していて、何もできずに殺された。
日々鍛えた力も出せずに。
才能も使いこなせずに。
もらった力も理解できないまま。
「殺された、のか・・・」
理解はできても納得はできない。
力をもらい、才能をもらい、新しい命ももらった。
新しい生では、長生きすると決意した。
「でも、ダメだった・・・」
力も才能も無駄にして、前世と変わらず早死にして、長生きなんてできてない。
「・・・まだ、やり残した事しかない」
何もやっていないんだ。
もらった全てを使いこなして、多くの人を助けて回りたかった。
エリール様にも言ったんだ。
「人を助ける力を・・・って」
それなのに、あんな奴に殺されて、納得出来るはずがない。
もしかしたら、アイツが父さんを殺す可能性だってある。
俺はソレを何も出来ずに待っていろと?
「ふざけるな・・・。俺が、父さんを助けるんだ」
目に光が灯る。
強い、意志の光が。
「ふ~ん。助けるねぇ・・・」
突然、誰かの声がした。
慌てて体を起こして周囲を確認する。
「ほら、こっちこっち」
声の主が呼ぶ方を見れば、そこには白い布を纏った小さなクマの人形があった。
「クマ?」
「ちっがーう。私は『生命の女神フェルニ』」
「へ?生命の女神?」
思わず出た言葉に反応したクマの返答は、予想だにしなかった。
「そう、生命の女神」
「・・・えっと、女神って、エリール様みたいに姿を見せないモノじゃないんですか?」
「んん?あー、そっか。君はエリールにしか会った事ないのか」
気安げにエリール様を呼び捨てにしたクマ・・・フェルニ様。
「えっとね、簡単に言うと私たち神は、好きな姿になる事が出来るの。それで私は人形に、エリールは存在感になってるってわけ。分かる?」
「は、はぁ・・・。なんとなく」
「なんとなく分かればよろしい」
エリール様と違って、なんだか接しやすい神様である。
そんなフェルニ様は、つぶらな瞳で俺のことを見つめてくる。
「ど、どうしました?」
少し緊張しながらも問いかける。
「君、お父さんを助けるって言ったよね?」
「っ!はい!」
「・・・ふ~ん。まぁ、それも良いけど意味ないと思うよ」
「ど、どうしてですか!」
興味なさげに言われた言葉に、少し怒鳴り気味で返答してしまう。
父さんが殺されてしまうかもしれないのだ。
それを助けようとするのを、意味がないと言われ少しイラッとしてしまった。
「いや~、だってね。君を殺そうとした奴は、君のお父さんがもう殺しちゃってるんだもん」
「・・・え?」
理解するのが遅れてしまう。
(あんなに強い奴を、父さんが?)
いつも母さんとリズにデレデレで、冒険者も中堅だと言っていた、あの父さんが?
想像出来ない。
アイツと戦って、勝利する父さんを・・・。
「君は勘違いをしているね」
「・・・勘違い?」
「うん。君のお父さん・・・ダリルは中堅なんかではないよ」
「父さんが、中堅じゃない?でも、父さんは自分の事を中の上だって・・・」
昔、父さんに冒険者について聞いた時に、自分から教えてくれたのだ。
それを違うと言うことは、父さんが嘘をついている事になる。
「それは仕方ないよ。ダリルは、メリアにも秘密にしてるからね」
「母さんにも?何でですか?」
「私も本人じゃないから分からないけど・・・。多分、怯えてほしくなかったんだろうね」
「怯える・・・?」
俺の口から出た言葉に、フェルニ様は少しだけ逡巡した後、教えてくれた。
「・・・ダリルの強さは、国でも上位の強さだ。彼が本気を出せば、小さな街の1つくらい1人で相手に出来る」
「へ?・・・えっ!父さんってそんなに強いの!?」
父さんの真実に驚いてしまう。
「だからフェルニ様は、意味がないと言ったんですね」
「そうそう。君を殺そうとした奴よりも強いダリルを、君が助けに行く必要はないからね」
「そう、ですね・・・」
フェルニ様の言葉に納得してしまった。
まさか自分が守ろうとしていた人物が、自分よりもずっと強い存在だったとは・・・。
「・・・ん?待てよ」
何かが引っかかる。
何かもう1つ勘違いをしている。
(なんだ?思い出せ・・・)
しばらく悩むと、思い出した。
「・・・あぁ!フェルニ様!」
「んん、なんだい?」
「俺を殺そうとしたって、どういう事ですか?」
先ほどからフェルニ様は、俺を殺した奴と言っていない。
それはつまり・・・
「ああ、君はまだ死んでないよ」
「っ!」
その言葉に、思わずガッツポーズをしてしまう。
死んでいない。
やり残したことをやれる。
皆を助けられる。
(まだ、あの世界で生きられるんだ・・・!)
そんな俺の様子を見ていたフェルニ様が、言ってくる。
「けど、あっちに戻っても仕方ないんじゃない?」
「・・・どうして、ですか?」
「だって君は、エリールにもらった力も才能も使えず、守るはずの家族から助けられている」
「ぐっ・・・」
「そんな君が戻っても、意味あるのかなぁ?」
「それは・・・」
「このまま天国に行っちゃう方が、楽じゃない?」
「っ・・・」
確かに、フェルニ様の言う通りだ。
(俺は、戻っても・・・)
目に灯っていた光は、その輝きを失っていく。
「・・・ハァ」
俯いた俺を見ていたフェリア様は、めんどくさそうに溜息を吐く。
その溜息にビビってしまう。
「もし、君が戻るのなら神託を授けようかな」
「神託を・・・?」
「ああ。ま、君に戻る意志があればだけどね」
「・・・」
フェルニ様の言葉を聞いて、考え直す。
(俺は死んでいない。戻る事が出来る。けど、俺が戻って何になる?何が出来る?何も出来ない俺が・・・)
「・・・いや、だったらなればいいだけだ。何かが出来る人間に!」
「そっか」
俺の言葉を聞いたフェルニ様は、満足気に言う。
恐らく、エリール様の時同様に分かっていたのだろう。
そう思うと、少し恥ずかしい。
「では、君をエリプスへと戻すとしよう。あまり生きた人間を、長居させる訳にはいかないからね」
フェルニ様が話している途中で、俺の身体は粒子化していく。
ソレを見ながらも、聞いていない事を尋ねる。
「それで、神託は一体どんなモノですか?」
「あぁ・・・こほんっ」
軽く咳払いした後に言い始める。
「エリック、君は旅に出なさい。君の望みを叶えるには、それが一番だ。多くの人と出会い、経験を積みなさい。分かりましたね?」
「・・・はい!」
雰囲気がガラッと変わったので、緊張してしまったが、頭にはしっかり入っている。
消えていく身体を確認しながら、お礼を言う。
「フェルニ様、色々とありがとうございました」
「いいよ、いいよ。全部が全部、私のお蔭じゃないしね」
「えっと、どういうことですか?」
「エリールの加護には感謝しなって事。アレが無かったら死んでたんだからね」
「っ!そうですか・・・。分かりました。エリール様にも感謝ですね。」
「うんうん。さぁ、頑張って来なよ!」
フェルニ様からの激励の言葉を最後に、粒子化は完了した。
「全く・・・エリールも人使いが荒いよ」
エリックが居なくなった白い世界。
その世界に、ポツンと置いてあるクマの人形が話し出す。
「死にそうだから助けろだの、才能の使い方ぐらいサービスしろだの、元気にしろだの・・・。あーもー!自分ですればいいのにさ!なーにが、私のこと忘れてたら悲しいじゃない?だ!しっかり覚えてたよ、アホ女神!」
クマの人形・・・フェルニは、知り合いの愚痴が止まらない。
「大体、気に入ったからって加護まで与えちゃってさ――――」
「誰が、何を、気に入ったのですか?」
「ひっ!」
突如、自分の後ろから声が聞こえた事で、驚きの声を上げる。
フェルニがゆっくりと振り返れば、そこには白い人のような、靄のような、光のようなものが存在した。
その存在に、フェルニは若干緊張しながら話しかける。
「や、やぁエリール。奇遇だね。どうしたの?」
「いえ、ちょっと転生させた子の事が気になりまして・・・」
「そ、そっかー」
「はい、そうです」
「アハハハ」
「フフフフ」
2人とも笑っているが、どちらも警戒し合っている。
片やいつ相手に先制されても、大丈夫なように。
片やいつ相手に攻撃をしてやろうかと、隙を窺うように。
「アハハハハ・・・」
「フフフフフ・・・」
白い世界に、2人の笑い声が響いた。