敗北
ベトリールに来て数日がたった。
この街にも大分慣れてきて、1人で出歩く事も多くなった。
前までは、父さんに付き添ってもらいながら街を観光していた。
付き添ってもらう度に、申し訳ない気持ちになっていたので、1人で出歩けるようになれて嬉しかった。
父さんは少し残念そうな顔をしていたけど、俺は迷惑をかけないように、1人で出歩きたいんだ。
そして今日もまた、1人で街を歩いている。
「すみません、串肉1本ください」
「あいよ!」
広場の周りにある露店の一つに、声を掛ける。
店主の男性は大きな声で返事をして、焼いていた串の1本を取り、タレをつける。
「ほらよ!美味いぜ!」
「はい」
代金と串肉を交換する。
受け取った串肉の肉を頬張りながら広場を見渡す。
広場には多くの露店と大道芸人達が居り、どこも賑やかだ。
近くにあった簡素な椅子に座る。
(この街に来て何回か普通の依頼もしたけど、どれも手こずったなぁ・・・)
思い出すのは、討伐、採取、荷物持ち、探し物、赤ん坊や子供のお守り等である。
(どれもキツかったけど、一番はやっぱり討伐かな)
心身共に一番疲労する討伐は、正直あまり行きたくない。
(行きたくないけど、父さんがなぁ・・・)
父さんは俺と冒険者をするのが楽しいらしく、先ほど思い出した依頼は全部、父さんが勝手に受注したものだ。
そんな事して良いのか、と思ったものの父さんは割と信用されているため、大丈夫らしい。
喜んでくれているのは嬉しいが、勝手に依頼を受注するのは、できればやめてほしい。
(今回の滞在中は大目に見るけど、次からは注意しないと・・・)
父さんの行動に疲れた表情を見せながらも、椅子から立ち上がり広場を抜ける。
そのまま街道を歩いて行き、途中で路地裏に入る。
何か理由があるわけではないが、こういう所には一度、入ってみたかったのだ。
(それにしても薄暗いなぁ・・・)
建物が陽光を遮り、路地裏は薄暗く不気味な雰囲気がする。
ドキドキしながら迷路のような道を歩いて行く。
だんだんと人々の喧騒も聞こえなくなってきた。
そろそろ戻ろうかと思った時だった。
「ありり~?こんな所で何をしているのかなぁ~?」
(っ!)
突然の声。
念の為に使用していた気配察知には反応していない。
周囲を確認するが姿は見えない。
「見えないかぁ?わかんないかぁ?」
馬鹿にした声で言ってくる。
腹は立つが、声の主の言うとおり見つける事ができない。
(どこの誰か知らないが、逃げればいいだけだ!)
見つける事を早々に諦め、来た道を引き返そうとする。
「おっとぉ!ダメだぜ~。此処にきた奴には、平等に死を与えてんだぁ」
楽しげに殺人宣言をされる。
が、気にせずに逃げようとすれば・・・。
「ダメだって、言ってるだろぉ!」
突如、眼前に1人の男が現れる。
無造作に伸ばした髪によって目元まで隠れ、愉悦に歪んだ口元しか見えない。
見た目はホームレスの様だが、感じる威圧感の様なモノは異常だ。
(絶対にホームレスではないな・・・)
暢気にそんな事を考えながらも、警戒を続ける。
手に何か持っているようには見えないが、この世界には魔法がある。
油断は死に繋がるはずだ。
現に今コイツは、突然姿を現した。
気づく前に殺す事もできたのに・・・。
(姿を見られても、殺せるってことか・・・)
顔が強張るのが分かる。
初めて感じる威圧感にビビっているのだ。
そんな俺の様子を、楽しげに男は眺めている。
「どうしたぁ?顔色が悪いぞぉ?大丈夫かぁ?」
答えが分かっている質問をしてくる。
(こいつ・・・)
少しだけイラッとしながらも、腰の剣へと手を添える。
何時でも動ける様に足の位置を変えていく。
「くひひ・・・。無駄だぁ。何したって死ぬんだよぉ」
気色の悪い声で笑いながら、両手を上げる。
つい、両手に目が行ってしまった。
「ゴフッ!」
腹への衝撃。
痛さで前のめりになると、顔面に襲いかかる膝。
何とか避けようとするが、頭を抑えられる。
そのまま直撃し、痛さで顔を抑え蹲る。
「ウゥ・・・ウッ!」
呻き声を上げていると、腹に蹴りをくらう。
急いで腹を腕で覆うが、痛みは変わらない。
何発も蹴られ、頭を踏みつけられる。。
力が出ず、抵抗出来ない。
額が地面を擦り血が出る。
「くひひひ!やっぱり楽しいなぁ!弱者を嬲るのはぁ」
頭を踏みつけている足に力が入る。
メキメキと嫌な音が頭から鳴り出す。
「ああああああ!」
頭の痛みに思わず叫び声が出る。
(痛い、痛い、痛い!頭が、割れる・・・潰される!)
思考は、痛みと恐怖で塗りつぶされていく。
未だ鳴り続ける頭の痛み。
いずれ訪れる死への恐怖。
「くひひひ!いつだぁ?いつ潰れるんだぁ?」
頭上から降ってくる男の声。
(誰か、誰か来てくれ!父さん!)
「そうだぁ、冥土の土産に教えてやるよぉ」
男が踏みつける力を、より強くしながら告げる。
「今ここは、遮断の魔法で覆われててなぁ、内外の音を通さねんだわぁ」
「ぁ・・・」
声が出なくなった。
思い直せば、街道の喧騒は此処に来た時には完全に消えていた。
それが、コイツの言っている魔法の効果だとしたら?
(俺の声も、聞こえてない・・・)
理解した途端、フッと痛みが消えた。
希望が完全に消えたからか。
痛みが限界を超えたからか。
考える気はなかった。
もう、死ぬのだから。
「くひひ。あの世で自慢しなぁ。お前を殺したのは『怪物ビリティ』、だってなぁ!」
最後に聞いたのは、酷く気色の悪い声だった。
「おい・・・」
路地裏に響く声。
エリックを踏みつけていた男、ビリティは振り返る。
あと少しで最高の瞬間を迎えられたのに、邪魔をされ不機嫌そうだ。
「お前、誰だぁ?」
ビリティが闖入者に問うが、答えない。
視線はエリックを見つめたままである。
「おいおい~、自分から声を掛けておいて無視かぁ?」
より不機嫌そうな表情へと変わる。
「何か言ったら・・・どうだぁ!」
ビリティの姿がエリックの傍から消え、闖入者の眼前に現れる。
そしてそのまま拳が振るわれ、腹へと直撃する――――
「・・・は?」
ビリティは目を瞬かせる。
先ほどまで在ったはずの右腕が無い。
代わりに切り口からは、血が溢れている。
その様子をビリティが呆然と見ていると・・・
「無くなった物は、これか?」
「え、な・・・!」
ビリティの視線の先には、切られた右腕が闖入者によって持たれていた。
闖入者はソレをゴミの様に投げ捨てる。
ビリティの目線は釘付けだ。
「・・・なぁ」
「っ!?」
背後からの声。
急いで振り向けば、エリックの傍へと移動している。
自分と同等か、それ以上の速さ。
ビリティの背中を冷や汗が流れる。
「お前は、誰だって言ったよな?」
持っている剣から血が垂れている。
先ほどビリティの右腕を切った際の血だろう。
「特別に教えてやるよ」
ビリティは、最後まで聞かずに動いた。
喋って油断している今が、好機と思ったのだろう。
その判断は悪くない。
「俺は・・・」
残った左腕で倒そうと、顔面目掛けて振るう。
全力の一撃は、当たれば一瞬で頭を粉砕するだろう。
怪物の名は伊達ではない。
だが、相手が悪かった。
「冒険者ダリルだ」
振るった拳は、目標へ到達する前に消えた。
否、切り取られた。
またも血が溢れ出す。
ビリティは、焦りながらも距離を空けようと、後方へ飛ぶ。
しかし、それをダリルは逃さない。
「逃げるなよ・・・」
「っ!」
飛んだ瞬間距離を詰め、剣を振るう。
ビリティには、剣が増えたように見えただろう。
気づいた時には衣服は切り裂かれ、体中が傷と血だらけだった。
腰が抜け、尻餅をつく。
「・・・ってめぇぇぇぇぇぇ!」
ビリティの声は、ダリル以外に届かない。
そのダリルも、聞く耳を持っていない。
片や剣を持ち、片や腕が無い。
立っている方は無傷、座っている方は血だらけで、出血量が多い。
勝敗は明らかだ。
現状を理解したビリティ。
己を鼓舞しようと叫んだ声も意味はなく、戦意は消えていった。
「くひひ・・・最後に聞かせてくれよぉ。てめぇはソイツの何なんだぁ?」
死を覚悟したビリティは、気になっていたことを聞く。
これほど強い男が、あの弱い子どもを助ける理由を知りたかった。
ビリティの目を見たダリルは答える。
「父親だ」
「くひっ・・・強者の息子に手ぇ出すたぁ、失敗したぁ。」
ビリティが言い終えると同時に、首が飛んだ。
頭を無くした体は倒れる。
「この世で犯した罪を、あの世で反省しな」
冷たい声で言い放つと、死体を一瞬で炭へと変える。
その場に残った炭が、消えきるのを待たずにエリックの元へと向かう。
「大丈夫か、エリック?」
仰向けにして確認すれば、鼻と額、頭から血を流し、片腕は折れている。
服を捲れば痣だらけで、内臓もやられている可能性が高い。
エリック本人は、白目を向いて気絶している。
「あの野郎・・・」
またもビリティに殺意が沸くが、既に殺した人間だ。
何とか気持ちを落ち着かせ、懐から緑色の液体を出す。
その名はポーション。
体力や傷の回復に使う代物だ。
便利ではあるが、高価な物のため気軽には使用できない。
だが、今は緊急事態だと判断し、ダリルはポーションの入った瓶の蓋を外し、エリックの頭にぶっかける。
すると、微かに傷口が発光しだし、エリックの傷を治していく。
ダリルは、残ったポーションをエリックに飲ませ、腕と体内の回復に当てる。
残り僅かとなったポーションも、一応腕の外側からもかけておく。
空となった瓶を懐に戻した後、腕を見れば綺麗に治っていた。
それを見てダリルは、安堵の息を吐く。
なんとか息子が死ななくて、良かったと。
「神託ってスゲェな」
ダリルは、気分で行った教会でのお祈りで、授かった神託の言葉を思い出す。
「光入らぬ場所で、命消えゆく・・・か」
授かった時には、驚きも味方して意味が分からなかったが、路地裏に試しに入ってみて良かった。
息子が死にかけている場面に、遭遇したのだから。
「・・・とりあえず、宿まで運ぶか」
未だ気を失っているエリックを背負い、喧騒の聞こえる街道へと、路地裏を引き返す。
一瞬確認した炭は、完全に消えていた。