ファインダー
毎朝電車から見える景色。
寂れた近所の公園。
人気のない海岸線。
学生服の子供達。
何気なく見ている日々のそれぞれ。
本当は潜在的な美しさで溢れているのに、誰も気付こうとすらしない。
日常とはそういうもの。
『ファインダー』
~プロローグ~
眩しい。すごく。
夏の終わり。強い日差しで木の葉が透ける。
カメラを覗く。
午前11時公園、ファインダー越しに青い木の葉は白く霞んだ。
私は篠田はる。
一応大学3年生。イチオウ。
最近はこうして毎日カメラ片手にぶらつく生活。私は今が楽しいから他人に指図されるつもりはないけど、影であれこれ水を差すような事を言う人達がいる事も知っている。まあどうでもいいけど___
~公園と思い出~
先週の雨が腐った木のベンチを浸して茶褐色を鮮やかにさせている。私はおもむろに座り込むとさっき撮った写真を確認し始めた。どの写真も露出が高すぎて白く霞んでしまっている。なんていうか8ミリフィルムの映画みたいで、逆に味があるといえばあるのかもしれないと私はひとりほくそ笑んだ。
私が写真を撮り始めたのは大学に入ってからなのだが、高校の頃は映画同好会とやらでショートムービーを作っていた。家にいくつかフィルムが残っていると思うけど今になっては内容が幼稚すぎて自分で見るのも恥ずかしいくらいだ。
一つ紹介するならこれ。篠田はる代表作『タイムマシンラバー』主人公の少年が道端で拾ったタイムマシンを使って何度も好きな女の子にアプローチする話。これには脚本に三ヶ月もかけたのだが役者が見つからず、少しの小遣いで弟を無理やり主人公にして撮った。その弟のふてくされたような演技が好評で、気付けば篠田はる代表作と同好会で囁かれていた。
なんだか作品というものは私のアイデンティティの一部みたいなものであったし、それを今でも手放さずにいる。いや、手放す勇気を持てずにいる、そうだと思う。自分で言うのもなんだが、私は芸術家気質なんだろう。自意識過剰のしがないエセ芸術家だ。ただの金食い虫とも言われれば否定もできないけれど。
まともに家にお金も入れないでそんな事をしている私は「他人からするとそんなくだらない趣味は偶像崇拝の信仰宗教と一緒だ。」と母に言われたことがあったが、これは大切な唯一無二の自己表現なのだ。こうやって見慣れた風景を切り取ってディテールを深く観察してみると、そこには叙情的でリアルでファンタジックな世界が広がっている。これを切り取る事がある種私にとってのアイデンティティの確立であり、ささやかな生きがいになっている。
時々不意に耳に蘇る「美しいと思える感性だけは殺したくないんだ。」という誰よりもクサい台詞と、静かで柔らかい声。二年前そんな事を言っていたあの人はもう私の隣にはいない。そしてこの公園で別れて以来一度も会っていない。ただの一度も。
彼は格好つけだった。二人でいても本ばかり読んでいた。いつも小難しいことばかり言って私を困らせた。でもその言葉達はこんな風に私を作って動かしていることに違いないのだ。
あまりの広さに管理が行き届くはずもない都立公園は、見渡す限りのタイルに苔が鬱蒼と生い茂っていて、古びた遊具は塗料が剥がれ、錆びた赤銅色の金属が露出している。不意に人類が死に絶えて自分だけ取り残されてしまったかのような孤独感が胸を覆う。私の頭の中はいつもSFチックで馬鹿みたいだ。
一歩また一歩と歩くたび、くたびれた雑草や首を傾げた木々が出迎えてくれる。私はおもむろにファインダーを覗いてはシャッターを切った。そうすると彼らはまた違う顔を見せてくれるのだ。地面に突き刺さったピクニック広場の看板の横をゆっくりと通り過ぎると、私以外の人類の生き残りをついに見つけた。空想の中の私はほっと胸を撫で下ろす。人気のない広場のベンチに一人腰掛ける青年。彼は眩しそうな木漏れ日に包まれていてとても美しかった。
ゆっくりした足取りだった私は、ふと思い立ったかのように彼の元へ駆け寄った。
「あの、ちょっといいですか?」
私は挙動が不自然にならないように気をつけて声をかける。青年は何も言わずただこちらを見上げ不思議そうな顔をした。視線がぶつかるその数秒の間、私は感じるような妙な浮遊感に見舞われながら動揺と快さの狭間に身を任せていた。
「なんでしょう?」
彼が聞き返すと私は一瞬の間に我に帰り、つい吃ってしまう。
「えっと、被写体…お願いできませんか?」
意図せずとも語尾が浴びせかけるような言い方になってしまった。
「えっと、趣味でカメラマン?もどきみたいな事をやってて。」
言い訳っぽく早口に付け足す。彼は静かに「いいよ。」とだけ言い立ち上がった。
「本当ですか!」
私は無邪気に返事をする。
「ありがとうございます!もちろん後でお礼はしますね。」
そう言って彼を背中に連れて歩き出す。私はいつからこんなに行動的な人間になったのだろうか。
またあの浮遊感だ。しかも今度は自然と口角が上がるオマケ付き。自然と足取りが軽くなって、彼はそれに滑らかにしっかりと合わせてくる。なんだかじんわり全身が温かくなるような気がして鳥肌が立った。もしかしたらこれは人類の生き残り同士の運命なのかもしれないと空想が広がっては、さりげなくにやけるのをこらえる。
「この辺で撮りましょうか。」
通りかかった広場に目をやった。噴水広場。
「こんなところでいいのかい、ここの管理人はだいぶ怠け者みたいだけど。」
彼は不満げに言う。確かに石のタイルが所々剥がれ、水の止まった噴水は寂しく哀愁を放っている。
「このボロさがいいのよ、なんだか中世の遺跡みたいじゃない。」
私は真っ直ぐ彼の澄んだ目を見据え答える。彼は少し口をへの字に曲げ、手のひらを空に向けて降参の意を表した。
「じゃあとりあえずその辺に立ってもらえるかな。」
彼を広場の入り口に立たせるとおもむろにカメラを取り出しシャッターを切る。
おっけ、おっけ、いいね、いいね。
念仏の様に口の中で唱えながら無造作に撮り続けた。
「よし、ありがとう!」
私の声はいつになく楽しげだ。
満足した私はカメラを片付ける素振りをする。
「こんなんでよかったかな、ちょっと見せてくれよ。」
彼は私の手からカメラを奪い取ると興味深そうに写真を見始めた。
「何これボケてるじゃないか、白くなって変な写真だよ。」
そう言って見せてくる。
「私はこれが一番好きよ。だって綺麗じゃない。」
そう言うと彼は「芸術は分からないな。」と言いながらカメラを私の手に押し付けた。
「あ、お礼なんだけどこれでいいかしら。」
財布から千円札を適当に数枚取り出す。
「お金はもらえないよ、そんな変な写真ばかりだし。」
彼は少し悩むとこう切り出した。
「じゃあ、今日昼飯まだなんだよね。奢ってよ。」
想像もしていなかった言葉に一瞬唖然となる私を見ると、彼は返事を待たずに歩きだす。
私は足早な彼に小走りで続く。
その背中を追いかけるのは、まるで空想の中の様に異質でファンタジックだが、恋という名のリアルな苦しさを併せ持っていた。胸がじんわりと温かくなり、微かな幸せを感じる。私はこの背中を追い続けてはいけないだろうか。まだ名前も知らない青年の背中を。
気付いたときには惚れていたその横顔。
現実と空想の境界を消せるのは私だけだ。私の勇気が空想を現実にすりかえられる。そして今、それが不思議なくらい簡単な事に思える。
私の指先が伸びた。彼に届くまでの数センチ、数秒。これからどうなるのだろう。私は馬鹿だ。とっても。とっても。
fin
ありがとうございました。
僕は物語を作るのは二回目でまだまだ稚拙な文章ですが、美しい話を書けるよう精進していきますのでまた機会があれば覗いて下さい。ではまた。