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44 散る花の向こう側(前編)

 卒業式なんて本当にあっけないものだった。

 中学校の時は巣立ちの歌の斉唱から嗚咽を始める女子もいたけど、高校生にもなるとサッパリしたものでハンカチを出している人さえ見かけない。

 中学から高校に進む時よりも散り散りになるのに、多感な年頃もピークを過ぎたからなのか、それとも別れに慣れたためなのか。

 講堂での式典が終わり教室へと戻る人の波の中で、男子たちがネクタイを緩めて伸びをする。この光景も見納めなんだ。


「畠中ちゃん、アドレス教えてよ」

 教室に戻ると早速ガクちゃんにスマホを奪われた。情報源はまいちゃんだろう。

 高校受験を終えた弟がスマホを買ってもらうことになり、家族割りという店員の甘言にまんまと乗せられた母さんが、自分もスマホに機種変してついでに僕にもスマホを持たせると言い出した。

 進悟みたいに志望校に合格したわけでもないし、ましてや連絡を取り合う相手もいない僕には買ってもらう理由なんてないんだけどな。必要ないと断っても、秀悟が同じ機種を持っていれば母さんが使い方を覚えなくて済むのよと強引に押し切られてしまった。そのスマホで、朝まいちゃんと連絡先の交換をしたところだった。

「特別に連絡取り合うようなことはないだろうけど、繋がってるって思うだけでなんか嬉しいじゃん?」

 まいちゃんはそう言って長い指で素早く画面をタップしていた。


 ガクちゃんに続いて尾崎や杉野も連絡先を交換しようとやって来た。二人は「畠中ちゃんもついにスマホ持ったか」と待ち侘びていたかのようなことを言ってくれた。

「俺も浪人だから、来年はお互いに良い報告ができるようにしような」

 杉野が僕の肩を叩いた。

 尾崎は桜ノ宮工科大学に進学を決めていて、杉野は私大の理工学部を三校落ちて一年浪人するという。

 どこか予備校に通うのかと訊かれたので、もしかしたら夏期講習くらいは行くかもしれないけど基本は自習だと言うと、余裕だなと冷やかされた。


 紺野先生の挨拶が済んで卒業証書の紙筒と卒業アルバムが配られる頃には、早めに解散したクラスが廊下や中庭に出始めて賑やかになってきた。

 せっかくだからと教室を出る前にそれぞれのスマホで写真を撮り始めたが、何故か僕のスマホは電源が入らなかった。ケータイさえ持ったことがなかったせいで、買ったばかりのスマホが充分に充電されていないことも知らずそのまま持って来てしまったことが仇になった。その上、まいちゃんやガクちゃんに勝手に色々とアプリを入れられて、あっと言う間に充電切れになってしまったのだ。

 尾崎が充電器を貸そうかと言ってくれたけど、帰る寸前になって充電を始めるのも無意味な気がして、そのままスマホをダッフルコートのポケットに仕舞った。



 高校最後の一年を過ごした教室を見回して、誰が言い出すともなく僕たちは自然に廊下へと足を進めた。

「畠中ちゃん、頼まれ物」

 浜島に呼び止められて茶色い封筒を手渡された。

「これ、なに? 僕に?」

 中には小さな箱状の物が入っている手触りで、封筒の口が何重かに折られて閉じてある。

「式が終わった時に富樫が走ってきて、これ畠中ちゃんに渡してくれって」

 自分で渡せばいいものを。なんで富樫はわざわざ浜島に頼んだのだろう。

「あいつ、変だろ。ヤナちゃんが言うには、最後くらい俺と話す口実が欲しかったんだろうってさ」

 富樫が部活に出なくなってから浜島との間に溝ができていたのは、同じクラスで浜島を見ていてなんとなく分かっていた。平岡さんが外泊した噂や、修学旅行中に別れ話になったという噂が立った後は尚更だった。

 けれど、照れくささを誤魔化すように笑う今の浜島の顔は、色々あったけど水に流していると物語っている。

「帰ってから開けて、だってさ」

 結局中身の見当がつかないまま、仕方なしに了承した。


「俺さ、東高に入って楽しかったよ。ヤナちゃんとか畠中ちゃんとか良い友達もできたしさ。好きな子には、別の人の橋渡しをされちゃって落ち込んだけどね」

 平岡さんが後輩の女の子に頼まれて屋上に浜島を呼び出した時のことだろう。見てしまったと言うべきだろうか。考えていると浜島が話しを続けた。

「でもそれが答えなんだって納得できた。納得するには少し時間掛かったけどね。それに、ずっと“俺なんか”って思ってきたけど、俺も案外捨てたもんじゃないんだなぁって、思ったりして」

「橋渡しの件?」

「あ、うん。その子同級生の男子のこと好きなんだろうって思ってたんだ、剣道部の後輩に何人か格好良い奴いるからさ。……っつっても皆、繭子さんの親衛隊なんだけど。その子のこと、好きだとか嫌いだとか考えたことなかったから断ったんだけどさ、負けないんだよ」

 確かに屋上での告白を聞いたら、ちょっとやそっとフラれたくらいでは諦めるように思えなかった。


「俺、自分が好きだった子にあそこまで頑張れたかなぁって考えたんだけど、頑張れなかった気がするんだよな。告る勇気もなかったし。告ってフラれたら、確実に翌日から顔合わせられなくなった自信あるし」

 最後に教室に入った7組もホームルームが終了したようでバラバラと廊下に人だかりが出来始めた。

「好きになるか分からないけど、逃げないでその子と向き合ってみようと思う」

 浜島はそう言うと、渡り廊下で待つ斉藤さんや永田さんに呼ばれて僕に別れを告げた。

「これから剣道部で送別会なんだ」

 手を振りながら待っている人たちの元へと走って行く浜島を、僕は立ち止まって見送った。



「さてと、俺たちも外に出ますか」

 さっきまで別のクラスの友達とアドレス交換をしていたまいちゃんが僕を促し、僕たちもゆっくりと昇降口に向かった。

 教室棟のホールから短い渡り廊下に踏み出すと、中庭と反対側のグラウンド側の両方に有名人でも現れたのではないかと思うほどの人だかりが出来ていた。

「なに、あれ」

 まいちゃんも驚いて、その場に立ち止まる。爪先立ちをしたり首の角度を変えたりしながら、遠巻きに人だかりの様子を窺った。

 中庭の方はスマホやケータイで撮影している男子たちの中心に神崎さんがいた。さすが学校一のアイドルは伊達じゃない。キメポーズもなかなかのものだ。

 きっと校門を出た所にもカメラ小僧が待ち伏せしているだろう。

「さっきまで、同じクラス……だったんだよ、な」

 強烈な光景に圧倒された僕たちは虚しく笑った。



 一方のグラウンド側の人だかりは、下級生らしき男女が手に花束を携えて、輪を作っていた。人だかりが蠢く隙間から見えたのは、平岡さんや永田さんや斉藤さんや久保さんといった剣道部女子の面々で、永田さんや斉藤さんたちとの間に壁が作られてしまっているみたいに平岡さんだけ一際大きな人だかりに囲まれていた。彼女は手に持ちきれないほど花束を抱えて困惑気味な顔をしている。

 輪から少し離れた所で柳瀬や浜島が苦笑いしていた。

 最後に挨拶していきたいと思ってたけど、あの様子では無理そうだ。

 付焼きだけど、さらりと“さよなら”を言う練習を頭の中で頑張ったのに、披露する機会もなさそうだ。

「……いいの?」

 まいちゃんが僕の顔を覗き込む。

「うん、行こう」

 大きく息を整えて彼女を取り囲む輪に背を向けた。


「何やってんだよ。黙って帰るとか許さないからな」

 昇降口のガラス戸の前に尾崎が立っていた。怒気の黒いオーラを背負った彼は目を細めて睨みつける。

「え……?」

「え、じゃねーよ。最後くらいビシッとキメて来いよ」

 腕組みをしたまま、人だかりの方を顎でしゃくる。尾崎は僕が平岡さんを好きだって知ってるの?

 まいちゃんが言ったわけじゃないよね。

「まいちゃんは言わねぇよ。だいたい畠中ちゃん見てれば2年の時点で丸分かりだっての」

 ひた隠してきたつもりだったのに、バレていたとは思いもよらなかった。


 しかし、どう考えたってあの輪の中に入って行けるとは思えない。そもそも場違いだ。

「もうフラれるとかフラれないの次元じゃないんだろう? こんなイイ男が真剣に高校生活を捧げてたこと、ちゃんと本人にも教えてやれよ」

「イイ男なんかじゃないよ」

 尾崎やガクちゃんの方がずっとずっとイイ男じゃないか。それなのに僕みたいな暗キモい非モテの地味男があの輪の中に入って行ったら彼女もいい迷惑だ。

「この期に及んで“僕なんか”とか言うなよ? 俺もガクちゃんも杉野も浜ちゃんも、畠中ちゃんのストレートな想いを格好良いってリスペクトしてたんだからな」


 僕が平岡さんを好きだと周囲が知っていたと初めて聞かされた上に、今まで知らなかった皆の思いを聞かされて、頭が混乱する。

 背中を押してくれるのはありがたいけど、なんて言えばいいんだよ。好きだと告げることにどんな意味があるんだよ。告白なんて、付き合いたい人がすることじゃないのか? そこまで考えてない人間は告る必要なんてないんじゃないか?

 付き合うなんて高度な芸当、考えたこともない。だいたい付き合うって、どうするんだ? デートすること? 行きたい場所も、女子がどんな所に行きたいかも思い浮かばないぞ。

 いかん、パニクり過ぎだ。冷静にならないと。冷静に考えれば、告白の先まで危惧する必要がないことくらい分かるはずだ。心配ない、必要ない。告っても「ありがとう、ごめんね」で終わるのだから。

 けれど、告られる度に心を痛めてきた平岡さんに、最後だからと言ってこんな仕打ちをして良いものだろうか。ただの友達だと信じさせてきた男が実はずっと彼女のことを友達だなんて見てなくて、最後の最後に裏切りを暴露するなんて、それこそ彼女を人間不信にさせてしまうのではないだろうか。

 ここはやっぱり“さよなら”で締めるしかないだろう。

 けれど頭の中で繰り返したさよならの練習も一旦無駄になって、今からもう一度なんて心の準備ができないよ。

 寄せては引く波みたいに、僕の心の中で交感神経と副交感神経が激しく交互に乱れ合う。


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