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41 霧の中の輪郭(後編)

「小学生くらいの頃って、女子は“お誕生会”ってやるのよ。誕生日に近い週末に、仲の良い友達を家に招待してケーキやご馳走を振る舞うくだらないイベント」

 美帆に掛かれば小学生の趣向や行動の全てがくだらなく低俗になってしまう。

「男子はガキだから平岡繭子のことを“拾われっ子”だとか言ってからかったけど、女子は平岡繭子と仲良くなりたい子は多かったの。小学生くらいの頃って自分より可愛い子への嫉妬とかそんなにないから、ステイタスの高い子と仲良くしたいのよ。トレーディングカードみたいな感覚。すごい上級なレアカード持ってます、的な」

 たとえ話にすら美帆節の炸裂で、もはや笑うしかなかった。


「だから平岡繭子は色んな子からお誕生会に誘われてたわ。中にはわざわざ可愛らしい招待状を作って持ってくる子もいたわ。でもあの子は全部断ってた。何故だか分かる?」

「他人と一線を引いていたから?」

「まあ、それもあるわね。でもそれだけじゃないの。あの子は自分の家に招待したくなかったからだと思う。ステイタスの高い子と仲良くしたいって、さっき言ったけど、彼女たちの“仲良く”って定義は、同等の見返り込みなのよ。だから平岡繭子を自分のお誕生会に招待したら、当然平岡繭子も自分を招待するって思考なの。招待する・しない以前にお誕生会を開かないっていう理屈は通らないの。お誕生会に招待されてお誕生会に来るなら、たとえ毎年やってなくても、たとえ出席したお誕生会が一件だけでも、そのたった一人のためにお誕生会を開くべきだというのが彼女たちの理屈なの」

「でも女子は意地悪しなかったんだろ?」

 男子は意地悪して嫌だったかもしれない。美帆の話しのように、お祖父さんは小学生といえど男子を連れて来ることにいい顔をしなかったかもしれない。でも女子ならそんなことはなかったのではないだろうか。両親を失って環境が変わった孫娘が友達を連れて来たら嬉しいものではないのだろうか。


「あの子自身の気持ちの問題よ。自分はあの家の本当の(・・・)娘じゃないし、母親も勘当同然だったって、いくら聞きたくなくてもあの子の耳にも入ってくるでしょう? ただでさえ自分はあの家の厄介者だと思ってるのに、更には娘でもない居候のお誕生会を開いてもらうなんて、あの子には考えられなかったのよ」

 小学生の子供が実の祖父や叔母にそこまで気兼ねするなんて……。

「私は友達だと思える子がいなかったし、あのオンボロ社宅に人を招きたいなんて思ったこともなかったから、お誕生会なんてしなかったけどね。ただ一度だけ言ったことがあるの、あんな社宅になんて怖がって誰も近寄りたがらない、って。そしたらあの子が言ったのよ、二人だけで秘密のお誕生会をしようって」

 美帆は眉間を寄せて溜め息をついた。


「くだらないと思ったわ。でも薄気味悪い社宅に近寄るのが怖くないっていうなら試してみようと思ったの。そしたらあの子、本当に来たのよ。私は窓から一部始終を見ていたけど、怯える様子もなく、バカみたいに端から一棟ずつ表札を確認して、うちが見つかったら学校では見せないような明るい顔しちゃって」

 平岡さんが美帆の髪を結ってリボンをつけてお誕生日仕様にしてから、彼女が持ってきたプリンを食べて祝ったという。

「別れ際に“今度は私の家にも来てね”って言われたわ。今でこそ、あの子が家の人に気兼ねしてたって分かるけど、当時は私も子供だったからそこまでは考えてなかった。あんたが言うみたいに、皆と一線引いてたから招待したりされたりしたくないんだと思ってた。だから深いこと考えないであの子の家に行ったの」

 美帆は手に持っていた写真を僕の机の上にそっと戻して、話しを続けた。

「あの子の家は桜ノ宮の高級住宅街にあって、目の前に立ったら通り過ぎてた時よりずっと大きく感じたのを覚えてる。門から玄関までがまた結構長くて、身近にこんなお屋敷に住んでる人がいるなんて…って思ったわ。叔母さんがいて──私も当時はあの子のお母さんだと思っていたんだけど──似ているから。あの子が気兼ねする理由が分からないくらい感じの良い人でね、また遊びに来てねって何度も言ってくれた。でもあの子自身は何故か居心地が悪そうだったから、行ったのはその時の一度きり。私の家にはその後も何回か遊びに来たけど」

 それだけ交流がありながら、小学5年でクラスが別れると彼女が美帆の家を訪れることはなくなり、小学校を卒業するとすぐ美帆も今の家に移り住んだという経緯になる。

 美帆が言うには、彼女が美帆の家を訪れなくなったのは、クラスが変わり話す機会が減ったことや美帆が進学塾に通い始めたことなどから「美帆ちゃんのお家に遊びに行ってもいい?」と言い出せなくなったのだろうとのこと。しかし小学生だった美帆は、彼女にとって美帆はクラスが変われば声を掛ける必要も遊びに訪れる価値もない存在だったのだと思っていたと言った。美帆の性格を考えても「もう遊びに来てくれないの?」と自分から言えると思えない。そして日頃から同年代を小バカにしていたため、そんな自分と本気で友達になりたい同級生なんていないと思っていたという。平岡さんもまた然りであり、美帆の家に訪れていたのも“物好きな女の子の好奇心”と解釈したようだ。

 いっそ喧嘩別れなら、もっとお互いの心に決定的な理由が刻めたのだろうに、お互いが他人に一歩踏み込めない性格で、お互いが遠慮したまま友達になりきれないまま、ひっそりと自然消滅してしまったんだろう。



「で、どっちから告ったの? こんなキショい地味男が平岡繭子の好みとは考えにくいけど、覇気がないあんたに告るほどの勇気があるとも思えないのよね」

 せっかく良い話をしてくれたと思ったのに、容赦なく辛辣だ。やっぱり美帆は美帆だということか。

「付き合ってないよ」

「じゃあなんでこんなイイ感じのツーショット写真があるのよ」

「それは……、去年同じクラスだったから」

「ふうん、まあ、それなら納得いくわ。私は女子校だら共学のことはよく分からないけど、カップルじゃなくても一緒にカラオケ行ったりプリクラ撮ったりするのフツーなんでしょ?」

 東高は、そういうこと全然フツーじゃないですけどね。むしろ友達同士の男女でそういうことしてる人たちはいないし───というか、男女の友達同士というのも少ない。

 どっちみち美帆には興味ない内情だろうけど。


「どう見ても、その写真の中のあんたも、今ここにいるあんたも、平岡繭子のこと好き好きオーラがダダ漏れだけどね。告ってないわけね。まあ、そんなトコよね。あんたらしいわ」

 はいはい、どうせ…

「今、“どうせ”って思ったでしょ。あんたのそういうトコよ。私があんたをダサいって思ってるのは、それ」

 思っている途中で指摘される。


「あんた、余裕で桜ノ宮高(サッコー)行けたのに受験しなかったでしょ。足を骨折したから、混んだバスとか電車で受けに行くのが不安だとか甘ったれた理由つけて、徒歩で通える東高にしたんでしょ」

「……」

「東高にどれだけ安パイ気分で受験した人がいるのかは知らない。でも、少なくとも“東高でいいや”って入ったあんたは、他の生徒たちにすごく失礼だと思う。私にもね」

 なんで美帆が出てくるんだと思いはしたが、言い返すこともできず黙って聞いていた。

「あんたは私のこと出世欲の塊くらいに思ってるかもしれないけど、私は“これくらいでいいや”って気持ちで臨みたくないだけ。応援してくれる家族がいて、許してくれたり叶えられる環境があるのに、中途半端な所で見切りをつけて自分を甘やかす言い訳なんか恥じるべきだと思うの。だから私は、私の努力で届く一番上を目指すの。そうでないと、それだけの可能性を持って生まれてきた自分にも申し訳ないから」

 耳が痛かった。



 美帆の言うことはきっと正しい。ゆったりと生きて行きたいなら、限界まで頑張る必要はないかもしれない。だけど、一度も限界まで頑張らずに「これくらいでいい」と決めるのは、頑張ればサポートしてくれる人たちや環境に失礼なのかもしれない。別に僕が限界まで頑張ることを望んでいるわけじゃないだろうけど、努力を支持してくれるというのは、きっと美帆の言う通りだと思う。


「私があんたをバカにするのはサッコーに行けなかったからじゃないわ。受かる成績なのに、松葉杖で受験に行くことに怖じ気づいて手身近な高校に妥協した、その甘っちょろさよ。そんなダサい男が平岡繭子なんかに告る勇気があるとは思えないわ。あったとしたら、相当の身の程知らずよ」

 蔑むような冷たい目で罵られても、やっぱり美帆の言うことに一理あると思ってしまう。

「あんたが平岡繭子のことを青春の一ページとして自分だけの思い出にするっていうなら結構なことだけど、あと二年で二十歳なのよ。成人よ。頑張ったって胸張って言えることが一つもないまま大人になっていいの? あの子はいつも頑張ってたわよ。好きな女と肩を並べられる男になりたいって思うのが男じゃない? 一度でいいから本気出しなさいよ」

 そうじゃないと青春の一ページを思い出すたびに自分のことを嫌いになるわよ、なんて一人前の説教を垂れて美帆は部屋を出て行った。


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[良い点] 美帆ちゃんいい女だな
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