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38 国語力不足

 昼休み、平岡さんが外に出てくるわずかな可能性に賭けて中庭へ向かう。彼女は昼食も飲み物も家から持参しているから、昼休みに中庭に出てくることは滅多にない。

 平岡さんが中庭に出てくれば僕が望む偶然も起こるが、僕がそこにいるのは偶然でもなんでもない。偶然を装った待ち伏せ行為で、まさにストーカーの常套手段だ。

 待ち伏せる気満々で、飲み物を買いに出るだけなら不要であろうダッフルコート着用装備。

 自分のことに関しては無頓着で少し鈍感な彼女なら、偶然だと思ってくれているに違いない。バレてないと信じたい。




 ◇

 平岡さんと一昨日話した時に、筑海大の指定校に申し込まないことは告げていた。彼女は少し驚いて「どうして?」と訊いたが、東都工業大や京浜国立大を目指して勉強していたと話すと、暗闇でフラッシュを当てられた小動物のような目をして一層驚いていた。

「都工か浜国って……、すごい」

 東高から都工や浜国に進学する人が出るなんて、と彼女は恍惚の溜め息を漏らす。いや、受けたいって言っただけで、合格したわけじゃないんだけど。むしろ合格できない可能性の方が圧倒的なんだけどね。

 その辺を説明しても彼女は「畠中くんならきっと大丈夫。充分に勉強できるのにすごく努力家で、テスト明けだって弛んだことなかったもの」と、その気にさせるようなことを言ってくる。

 筑海大の指定校に申し込まないことを、もったいないと非難することもなく、東都工業大や京浜国立大なんて東高生の僕たちには記念受験レベルの学校名を出してもバカにすることもなく、温かく支持してくれた。

 だけど、分かってるのかな。僕の成績で都工大とか浜国とか言ってることが既に無謀だってこと。

 超難関大学を受験しようとしたり学校でも屈指のモテ女子を好きになったり、欲がないと言いつつ僕は案外身の程知らずなんだな……、と皮肉にも十八歳にして改めて知らなかった自分を発見する。



 中庭にある幾つかのベンチのうちの一つに彼女の姿はあった。いつか富樫と話した時に座った場所だ。

 彼女の隣にはもう一人誰か女子がいて、その人と話しをしているようだった。今日は先約があるみたいだし話し掛けない方がいいな。そう思って、彼女たちが座るベンチから少し離れて自販機へと歩いた。

 自販機に着いてチラリと彼女の方を見てみたが気づいていない様子だった。……と、彼女と話している隣の女子になんとなく見覚えがあった。そうだ、教科棟の屋上で浜島に告ってた子だ。

 あれから浜島とはどうなったのかな。

 登下校で時々見掛ける浜島は、いつも通り柳瀬と一緒にいることが多かったし、あの女の子の想いが叶った様子はない。

 彼女の話しに平岡さんが頷いてる。気づかれるといけないから目を逸らしたいとは思うのだけど、親身に話を聞いている平岡さんの真摯な表情についつい目を奪われる。この瞬間、どこかの教室の窓越しに僕と同じように彼女に目を奪われている男はたくさんいるんだろうな。

 そんなことが頭をよぎると冷水を被ったように我に返る。

 彼女から視線を剥がして、再び自分の教室へと歩く。

 7組って五時限目は何だろう、なんて考えながら。



「わっ!」

 突然目の前に平岡さんが現れて僕を驚かす。

 驚くなんてもんじゃない。だって、さっきまで後ろのベンチで後輩の子と話していたんだから。それなのに、なんで前から現れるんだ?

 ひょっとしてこれが受験ノイローゼってやつなのか?

「びっくりした?」

 ベンチで見たシリアスな表情とは打って変わって平岡さんは弾けるような無邪気な笑顔を見せる。

「え、え、え、え、だって、さっき、ベンチに」

 あまりに驚きすぎて口をパクパクさせて、ようやく出た言葉がこれだ。

「畠中くんゆっくり歩いてたから、廊下を走って廻り込んじゃった」

 えへへといたずらっ子の笑みで笑う彼女の可愛らしさに、たちまち頬が熱くなる。



「筑海大、米原くんに決まったんだね」

「あ、うん。なんで申し込まなかったんだって怒られた」

「あー、他を受けるって言いそびれたんだ。それは怒られるよ。遠慮されたと思ったら悲しいもん」

「そう…だよね」

「うん。だから畠中くんは頑張って志望校に合格しないとね」

 最後にはいつも彼女の明るさと優しさに励まされる。僕は一度だって彼女に何も返せてないのに。


「十二月の始めに旭大の一般推薦があるから受けてみようかと思ってるんだけど、受けたらクラスの子とか皆に写真学科を希望してるってバレちゃうから、ちょっと恥ずかしいんだよね」

 バレるのが恥ずかしくて一般推薦を受けるのを迷うとか、平岡さんてつくづく分からない。親を説得してでも行きたくて、ずっと心に決めてたくせに。だいたい二月に一般受験を受けてもバレるじゃないか。

「どうしてそんなこと気にするの?」

「え……?」

「誰かに知れたら諦められるものなの?」

 僕が言える立場か?

「平岡さんの希望を知って誰がどう思うかは人それぞれだよ。でも言えるのは、平岡さんの人生はその人たちの人生じゃないよ」

 誰がどう思うかなんて関係ない。彼女の人生は彼女のものだ。ちゃんと希望を持つ彼女には、与えられるチャンスを無駄にしないで欲しい。強く美しい彼女には、迷惑掛けてもいないのに誰がどう思うか気にする生き方なんて似合わない。全然、らしくないよ。どうしちゃったの?

「ごめん、分かったようなこと言って」

「ううん、そんなことない。ありがとう。畠中くんの言う通りだと思う」

 ボキャ貧な僕の言いたいことは伝わったのだろうか。どう頑張っても、思っていることの一つまみも伝えられていないもどかしさで、モヤモヤした気持ちを掻きむしりたくなる。もっと国語を勉強しておけば良かった。ポップなミステリー小説ばかりじゃなくて、純文学とか読んでおけば良かった。今更悔やんでも仕方ないけど、伝えたい気持ちに限ってしっくり来る言葉が探せないのが悔しい。



「ねえ、彼女また畠中くんのこと見てるよ。用があるんじゃない? 私と話しているのが嫌なのかも」

 平岡さんの視線の先にはジト目の神崎さん。まるでいつかのデジャヴだ。

 平岡さん、あなたは配慮が出来る人で、今もまた僕や神崎さんに配慮してる。でもね……

「僕の方が小さいこと気にする方だと思ってたけど、平岡さんて意外と他人を気にするんだね。もっと堂々と構えてるかと思った」

 自分でもすごいことを言ってると思う。こんな言い方されて気分の良い人なんていないだろう。しかも、目が合った神崎さんまで無視した形にしてしまった。


 時が止まったように目を見開いたまま動かない平岡さん。こんな地味でも気弱で優柔不断な非モテ男子に上から発言をされて傷ついてしまったかもしれない。



「畠中くんも意外だよ」

 ゆっくり口を開いた彼女は、そう言い切って晴れやかに笑った。

 何が意外なのか、それは良い意味なのか悪い意味なのか。何に対してそんなにも笑顔になったのか僕には皆目検討がつかない。自分で話しを振っておいて自分で理解不能に陥っている。なんという有様。やっぱり国語は大切だよ。ちっとも行間が読めてない。



「理恵ちゃんや凛ちゃんに知られた時に何を言われるかと思うと恥ずかしいけど、そんなこと気にして一般推薦受けるの迷うなんてバカだよね。いつかは知られることなんだし、堂々と願書を出すね」

 そうだよ、それでこそ平岡さんだ。

 永田さんや早坂さんだって、平岡さんの希望を知って冷やかしたりダメ出ししたりなんかしないよ。きっと応援してくれるはずだから。

 ………って。ん???

 永田さんや早坂さんにも言ってない?!

 待て、待て、待て、待て。ちょっと待てい。今なんと言いました?

「永田さんたちにも言ってなかったの?」

「? そうだよ、畠中くんにしか言ってないよ? あ、2年の時の担任の江坂先生と今の担任の林先生と進路の中野先生は知ってるー」

 なんでもないことを言ってるように、平岡さんはにこやかに走り去った。


「マジですか……」

 軽やかに跳ねるように走り去る彼女の後ろ姿を見ながら、恨めしく呟いてみた。


 平岡さんめ、僕が言葉を理解するのが鈍くて救われたな。

 いくら友達に徹すると決めたからって、あなたのことを本気で友達として見ているわけじゃないんだ。

 “畠中くんにしか言ってないよ”とか軽々しく言ったりして、僕がますますあなたに惚れるように焚き付けてるって分からないのか。

 今後は、夜道を歩く時は……じゃなかった、僕と話す時は気を付けろよ。友達以外にはなり得ない男が思い余って「好きだ」とか言い出しても知らないからな。

 ……なんて、言いませんけどね。ええ。言うことにも言った先にも一つもメリットありませんから。

 しかしまぁ、どうしてそんなに無邪気に愛くるしく煽ってくれますかね。そうでなくても思春期の男なんてただでさえ爆発物なんですよ?

 やれやれ、無自覚に敵うものなし。神崎さんのウルウル上目遣いなんかより、よっぽどタチが悪い純正の小悪魔だ。

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