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03 似て非なる

 翌朝以降、駐輪場で彼女に遭遇することはなかった。少しガッカリしつつも安堵していた。それが自分の常であると思えば、平常心で本を読むことも出来た。

 浜島の隣の席の極めて冴えない地味男としての認識より以前に僕への認識がないことは、分をわきまえて受け入れることにした。

 始業十五分前くらいから窓の外は登校して来る雑踏で一気に賑わい始め、始業十分前くらいに彼女の姿が見えた。

 時々驚いたように目を見開いたり首を傾げたりしながら、楽しそうに友達と笑い合っていた。ガラス越しに見つめた彼女は眩しくて可愛らしくて、昨日一緒に校舎まで歩いたなんて夢だったみたいに、どこまでいってもガラス越しの人に思えた。



 ◇

 期末テストも終わり、後は終業式を待つだけだけの惰性の日々になった。

 テストが終わった解放感と十二月特有の気忙しさで、落ち着きのない空気が校内の至る所に感じられる。耳を横切るのはテストの結果よりもクリスマス。

 この時期の僕にとっての関心事は、もちろんクリスマスなんかではない。年始に親戚と顔を合わせなければならないのかという一点。


「富樫、クリスマスは? いいよな、彼女のいるヤツは。少し分けろや」

 英語の自習中、柳瀬の隣に椅子を持ってきて課題のプリントを広げていた富樫と、同じく柳瀬の回答目当てでやって来た阪井がいた。

「俺バイト。向こうも用事あるってさ。……って、なんで阪井が知ってんだよ」

「この俺が知らないと思ってんの? 侮ってもらっちゃ困りますぜ?」

「ふんっ。しつこく告ったことも、どうせ知ってんだろ?」

 富樫は浜島を軽く睨んだけど、浜島は黙々と辞書を引いている。

「粘り勝ち上等じゃん。フリー終身刑がどんだけいると思ってんだよ、少し分けろや」

「俺だって速攻フラれるかも知れねーし。そんで、さっさと別の男に乗り換えられたりしてな」

「おまえさぁ、マジでそういう無神経なこと言うなよな? とにかく少し分けろや」

 富樫がプリントを埋め出した時に、今度は阪井が浜島と柳瀬にほんの一瞬ずつ目を向けた。浜島も柳瀬もプリントを埋めている最中だった。

「つーか、さっきから少し分けろって何なんだよ。しつけーな、おまえ。どう突っ込むのが正解なんだよ、それ? 分けるも何も、クリスマスは誘ってみたけど即答で断られたよ。幸せ分けられなくてすみませんねぇ」

「まぁ、富樫くんったら。男の恨み節はみっともなくてよ?」

「なんだよ、今度はおネェかよ。細かくキャラ変えてくんなっての。混乱するっつーの」

 富樫は眉根を寄せ「ま、フラれる方が似合う男なんでね」と大袈裟に口を歪めた。

「いいのか、ほっといて。文化祭の人気投票で1年の本選候補だったろ? あっという間に掻っ攫われるぞ」

 彼女が文化祭の“Mr.&Miss東高”を決める人気投票の中間発表で1年の三位につけていたということはコンテストに無縁かつ無関心な僕の耳にもすぐに入ってきた。身近にその彼氏がいるから、否が応でも話題に上る。

 彼女は非常に困惑して実行委員会に辞退を申し出たという。毎年辞退者が出ないわけでもないらしく、委員会側も渋々了承したとのことだった。

「そういうの苦手だとか言って辞退したみたいけどな。ついでに言うと、クリスマスとか乙女の大好物なイベントも苦手なんだとさ。つーか、いきなり素に戻るのな」

「まあ彼女身持ち堅そうだもんなぁ。その点は安心だろうけど、イベントに興味ないのは彼氏としては淋しいな。あんなことやこんなことに発展しちゃう絶好のチャンスなのになぁ」

「意外とドライな方でしてね。ケータイも持つ気ないっていうし…。な?」

 浜島と柳瀬も今度は富樫の視線に応え、苦笑いしながら頷いた。

「なのに男がクリスマスだの付き合って何ヶ月目だのってチマチマしたこと言ってたら格好悪いじゃん。女々しいとか思われても嫌だし」

「気持ちも分からなくもないけど、五回もフラれてるんだし、今さら格好悪いとか気にしてもさぁ」

「阪井、悪いけど四回だからな。五回じゃなくて四回だから!」

「いーじゃん。クリスマス、断られて五回だろ?細かいこと気にすんなよ、器の小っせえ男だなぁ」

「ちょっとマジでそれ凹む。首絞めてもいい?」

「サラッと流せる男の方が魅力的でござんすよ」


「なあ、畠中ちゃん」

 急に富樫から声を掛けられビクッとして顔を上げ、目を合わせて呼び掛けに応えた。

「罪もない民間人を巻き込むなよ。おまえの下衆で邪悪なオーラで畠中ちゃんの天使オーラが穢れるだろうが!」

「下衆で邪悪ってどういうことだよ? なら阪井は腐れ外道で煩悩の塊だろ。俺だって畠中ちゃんの半分くらいは天使だぞ?」

「富樫が天使など一ミリもあり得ん。畠中ちゃんの半分とか発想自体がイカレすぎ」

「ミリで表すか、ミリで。単位違うだろ」

 富樫と阪井の会話が再燃したので、僕は呼ばれなかったことにして再びプリントに視線を戻した。ついでに解釈不能な天使云々も聞かなかったことにした。あえて言うことでもないから口には出さないけど、僕だって兄さんのパソコンでこっそりエロを見たことくらいある。ちなみに兄さんの履歴にもエロの形跡はあった。僕たちの年頃の男に天使なんているわけがない。


「畠中ちゃんもケータイ持たない派だっけ?」

 頭のスイッチが課題のプリントに切り替わったタイミングで再び富樫に話し掛けられ、たどたどしくなる。

「派とか…、そんなんじゃなくて。必要がないだけだよ」

 学校に来れば友達と話すけど、学校の外に出てまで話す友達もいないし話題もない。もちろん彼女もいないし、家族から連絡用にと持たされる要素もない。

「家、厳しいの? 畠中ちゃん、いかにも育ち良さそうだし」

 浜島の言葉に柳瀬や阪井までも肯定的な表情で僕を見た。一体どんな思い違いをされてるんだろう?

「そんなんじゃないよ、ホントに。厳しくもないと思うし、普通だから。弟や兄さんは持ってるし」

「ふぅん、普通、ね。…なんか良いよな」

 僕の言ったことが何か気に障ったのか、急に富樫の声色が変わった。

「ごめん、嫌味とかじゃないんだ。ただ、本当に“普通”なんだろうなぁって」

 気に障ったわけじゃなかったようだ。でも途中で言葉を切ってしまったような富樫の言い方に続きを待ったが、それ以上出てくることはなかった。

 それから終鈴が鳴るまで、富樫と阪井は軽口を叩き合い最後は柳瀬の回答を書き写して教室を出て行った。


「平岡さん」

 入れ違いのタイミングで教室の扉の前を通りかかった平岡さんを浜島が呼び止めて手招きした。

 気づいた彼女は、教室の前で軽く一礼すると小走りに近づいて来た。

 柳瀬が隣にずれて自分の席を譲り、彼女は浜島と柳瀬に向くように椅子を斜め後ろに向けて座った。僕とは正面に近い形になり、僕にも目を合わせニコッと笑って短く会釈をしてくれた。

「さっき自習だったんだけどさ、平岡さんが話題の中心人物だったよ」

「えっ?! どうして?」

 ニヤニヤと勿体つけた浜島の言い方に、彼女は大きな丸い目を一層大きく丸くして驚く。

「ケータイ持たない派って」

「なんかちょっと誤解が…。派とか、そんなんじゃないの。必要ないだけ」

 浜島と柳瀬の視線が一斉に僕に突き刺さり、決壊したように二人同時に笑い出した。

 彼女は状況が呑み込めずに放心していたけど、僕は言いようのない気恥ずかしさで息苦しかった。非モテ男はこんなことでシンパシーを感じてしまいそうだから、女子は気をつけた方が良い。この場合、気をつけようもないか。

「これ絶対に持たない派の組織があるよ。言うことマニュアル通りだし」

 ひとしきり笑った浜島は目尻を拭いながら息絶え絶えに言う。

「どういうこと?」

 本気で首を捻る彼女に柳瀬が説明する。

「畠中ちゃんもケータイ持ってなくて、すっかり同じこと言ったんだよ」

「そうなの? 畠中くんは、必要ないの?」

 なんで、()じゃなくて、()なんだろう。不思議な違和感に捕らわれて答えあぐねていると、穏やかなトーンで柳瀬が話し始めた。

「僕も必要ないって言えば必要ない。買ってからもお金かかるから結局は親に負担かけるし、自分の物っていうのと違う気がして」

「私もそう。自分で使用料を払えないうちは申し訳ないから」

「そもそも友達少ないから話しは学校で充分だし。ね、畠中ちゃん?」

 柳瀬はいつだってそうだ。普段は口数が少なくて飄々としてるのに、こんな風に場を繋いでくれたりフォローしてくれる。僕に対してなのか平岡さんに対してなのか──、きっと両方にだったんだろうけど。

 それにしても、彼女は僕なんかよりもずっと大人なんだな。僕は本当に携帯電話は必要ないだけで、それ以上のことは考えもしなかった。きっと彼女は必要ないわけじゃない。部活でも学年の責任者で連絡を回すだろうし、友達も多そうだし。彼氏もいるし、その彼氏も持って欲しいと思ってる。僕の必要なさとは次元が違う。彼女はストイックだ。

「なんだよ、俺だけ仲間外れか。まるで悪者みたいな展開だよな」

 不貞腐れる浜島に、僕も持ってるから一緒だよと柳瀬は笑った。


「やっぱり家が厳しいのかな」

 次は移動教室だからと平岡さんが去ると浜島が呟いた。

「どうだろ? 本人あんまりそういう話ししないし」

「柳瀬、小学生の時から道場一緒だったんだろ?」

「そうだけど、学校違ったし稽古は週一で女子と男子で時間帯も別だから、殆ど話したことなかったよ……」

 柳瀬は言葉を切った後、一瞬口元を何かの言葉の形にしかけたが、すぐに爪を噛むような仕草で口をつぐんでしまった。

 僕には柳瀬が彼女の背景をある程度知っているように思えた。

 それは柳瀬と彼女だけの見えない絆のようにも感じたし、さり気なく触れない柳瀬の優しさに、彼女の不可侵の領域のようにも感じた。

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