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「ん? どうしたの」
ほづみの声に我に返る。
しまった。思わず声に出て目立ってしまった。ほづみだけでなく、兵吾・綾莉先輩の視線も集まっている。
どうやって誤魔化す? いや、こうなってしまったからには、むしろ正々堂々と対応するべきだ。
僕は三人をじろりと見回して口を開いた。
「この箱に入っていたはずのお菓子がないんです」
口にしながら考えを巡らす。
部室の扉は、鍵をかけなかったけれど、ちゃんと閉めておいた。たまたま部室の前を通りかかった誰かが匂いか何かで察知して扉を開け、「てぃあら」のお菓子袋を見つけて、中のお菓子だけを食べる、もしくは持ち去るなんてことは普通に考えたらありえない。
買い食い持込は校則違反ではないので、教師による没収というのもない。
ならば導き出される犯人候補は……
「――誰が食べましたか?」
必然的に、ここにいる三人だ。
「食べていないのです」
まず綾莉先輩がはっきりと答えた。
兵吾とほづみも、状況がつかめていないよう(なフリかもしれない)に首を横に振る。面白い。あくまでシラを切るつもりか。
「……ふぅん。そう。誰も食べてないと。では皆さんにお尋ねします。この部屋を出て、いつ頃戻ってきました?」
いいだろう。僕が犯人を見つけ出してやる。
「お、もしかしてアリバイってやつ?」
「兵吾。言っておくけど君も犯人候補のうちの一人だからね。じゃあまず君から」
「いいぜ。俺は部室を出ると、ジュースを買うために普通に真ん中の階段を使って一階の自販機のところに向かったんだ。で、ジュースを買っていると、ほづみと箱入りティッシュペーパーを持った綾莉先輩と会って、一緒に部室に戻った。そんなところか? そしたら置き手紙があって佐以がいなかったから、オセロでもしながらのんびり待っていたんだけど」
兵吾が思い出しながら語った。
「えーと、三人一緒に戻ったの?」
「ああ。お菓子云々は知らなかったから、戻ってきたときあったか無かったかは分からない」
「なるほど……じゃあ次はほづみで」
「いいわよ。あたしと綾莉さんは、まずすぐそこのトイレに行ったわ。綾莉さんが個室から出てきたときトイレットペーパーを持ってきたから、どうせだったら保健室に行けばティッシュ箱をもらえるんじゃない? って言って保健室に二人して向かったの。そしたら兵吾がジュース買ってたんで、それを貰って一緒に帰った、以上よ」
兵吾が話しているときにある程度言うことをまとめていたのか、てきぱきと答えた。
「部室を出てから戻るまでの所要時間は?」
「時計を見ていないから分からないわ。まぁ十分くらいか、それ以下じゃない?」
「なるほど。綾莉先輩……はほづみと一緒にいたわけですが、今の話になにか相違点は?」
「特にないのです。ただ保健室に行く前にトイレットペーパーを置くため、私はいったん部室に戻りました。ほづみさんは外で待っていました。中に兵吾くんはいませんでした」
「その時点でのお菓子の有無は?」
「入った時点では気づかなかったのです」
まぁこれは兵吾と一緒か。
「匂いで気づきませんでしたか?」
「花粉症なのです」
ああそうか。
「トイレットペーパーを置いてすぐ出ましたか?」
綾莉先輩に尋ねると、ほづみが横から答えた。
「少し時間がかかったわよ。中でとっても大きなくしゃみを連発していたから」
正直な告白に、綾莉先輩が赤面した。
その表情を見て、ほづみが小さく「佐以の気持ちが分かるかも」とつぶやいた。うん。意外と先輩っていじり甲斐がって……話が脱線した。
「あれ? トイレ行って部室寄ってそれから一階の保健室って、ずいぶん時間がかかっていない? そこで兵吾と会うんだよね?」
僕が矛盾点を指摘すると、兵吾が言い忘れたと、付け加えた。
「あ、俺も一階に降りたとき、トイレに寄っていたからじゃないか。いつもうちらが使う一階の男子トイレ」
「なるほど……」
まぁ兵吾と僕が部室を出たのは、綾莉先輩たちが出て行ってから少し経っているので、おかしくはないか。
しかし上手くいかないものだ。もっと怪しげな行動とか、トリックになりそうなネタをさりげなくばらしてほしいところだけれど、現実の推理はこんなものか。
「ところで、無くなったお菓子って、何なのよ」
ほづみが逆に聞いてきた。
正直なところ、あまり言いたくなかったけど、ここまで大事にしてしまったら仕方ない。
「クッキーだよ。袋に入った」
「それを一人で、佐以を含む他の三人に気づかれないで、全部食べきって証拠隠滅する、なんてこと出来るわけ?」
うむ。なかなか鋭いツッコミだ。
「じゃあ、逆に三人ならすぐ食べられるというわけですよね?」
じろりと三人を見まわす。
言われてみれば、誰か一人が誰にも知られずに犯行を起こすより、三人が共犯する方がずっと簡単である。
「食べていないのです」
「俺も」
「もちろん私もよ」
結局、この流れである。
けれど誰かが嘘を言っている可能性も否定できない。
「アリバイが駄目なら、動機じゃねーの?」
兵吾が面白がって言ってきた。けれどこれは意外と真理を突いているような気がした。動機。なるほど。確かに重要だ。
僕は頭の中で考えを巡らし、動機候補を口にした。
「一、甘いものが食べたかったから」
自然な流れで綾莉先輩を見た。
「食べていないのです」
綾莉先輩が即答した。
「二、お腹がすいていたから」
ほづみと兵吾、どっちにしようか少し迷って兵吾を見た。なぜだろう。見ていないはずなんだけどほづみの視線が怖い。
「シュークリームは意外とボリュームあったし、さすがにその後全部クッキーを食うほどそこまで飢えてないぞ」
兵吾が答えた。
「三、いたずら目的。僕に対する嫌がらせ」
流れ的にほづみを見た。
「まぁ。女の敵ってことを考えると何とかしてやりたい気持ちはあるけど、それはシュークリームを買ってきたことでチャラになったわけだし。まぁその後、こっそり自分用だけにお菓子を買ってくるってのはアレだけど」
ほづみが逆に僕へジト目を向けた。
「えっと、それは……」
そのとき綾莉先輩が言った。
「私たちの中に犯人がいないのなら、他の方による犯行の可能性も考えるべきだと思うのです」
「え?」
「それって、通りすがりの誰か別のやつが食べたってことっすか?」
兵吾が聞き返す。
「綾莉先輩には悪いですが、それはないと思います」
この部室は四階の北館。文化部や資料室などが並んでいる。他に部活中の部室もあるし、一番端には先ほど話題に上がった男女のトイレがある。そのため部室の前の人通りは少なくない。
とはいえ部室の中に置いてあるお菓子を勝手に食べる、もしくは持って行くなんて普通では考えられない。まぁ百歩譲って、甘いもの好きの綾莉先輩ならやりかねないかもしれないけど。
「いえ。通りすがりではなく、犯人は、もともとこの部屋にいたのです」
「え?」
綾莉先輩が視線を向けたのは、部室の端にある掃除用具入れのロッカーだった。
「……まさか、あのロッカーの中に隠れていたってことですか?」
こくり、と綾莉先輩がうなずいた。
確かに、扉の空気穴(?)から部室の様子をうかがっていて、僕たちが出て行って誰もいなくなった後に、ロッカーから出てお菓子をゲットすることは可能だ。確かに筋は通る。通るけど……
「あのー」
申し訳なさそうに、ほづみが手をあげて言った。
「あたしがロッカーから出てきてた後、誰かが隠れ入る時間はなかったと思うんですけど……」
「……すみません。ほづみさんが入っていたのをすっかり失念しておりました」
綾莉先輩が消え入りそうな声で呟いた。てっきり冗談だと思っていたんだけれど、マジボケだったのかな。
「花粉症で少し頭がぼーっとしているのです……」
「ま、まぁ、さとみちゃんが僕を呼びに来て誰もいなくなった後なら、ロッカーに入れますけど、それならわざわざ入らなくてもお菓子は持って行けますからね」
フォローになっているのかよく分からないことを僕が言ったときだった。
「――ってちょっと待ったっ」
突然、ほづみが口をはさんだ。
「いま何て言った?」
「え、えっと、わざわざ入らなくてもお菓子を持って行けるって……」
「その前っ」
「つまり私たち以外にお菓子の袋を見ることができた方がいらっしゃったということなのです」
途惑う僕に向けて、いつもの調子に戻った綾莉先輩が補足した。
「あっ。それって、まさか……さとみちゃんが?」
確かに彼女は僕の不自然な視線に気づいていた可能性はある。廊下から空箱が見えたとしたら、僕の挙動から綾莉先輩・兵吾・ほづみより中身に興味はあったかもしれない。さとみちゃんは生徒会室からいったん出ているし、部室に戻ることも可能だ。
「けど彼女の性格を考えると、動機の面から難しいと思います」
生徒会執行委員として生徒会室に出入りするようになってまだ数日だけれど、すっかりなじんで会長にも気に入られている。
純粋でまっすぐで、万引きもできなさそうな子がいたずらするとは考えにくい。――まぁそう考えると、純粋馬鹿な兵吾と、真っ直ぐ(猪突)なほづみも同じかもしれない。
「……となると消去法でやっぱり綾莉先輩」
「ですから食べてないのです」
思わず口に出てしまった僕の推理を、あきれたように遮って、綾莉先輩が続けた。
「動機ですが、『四、誰かに言われたから』を加えたらどうなりますか?」
「あっ――」
一瞬にして、その「誰か」が思い浮かんだ。僕に意地悪して楽しみそうな人物――橋本会長だ。純粋なさとみちゃんも、上司に当たる会長命令なら断ることができない。ていうか、仕事云々言っていたのは、これのことだったのか。
「ん? 誰か心当たりあるわけ?」
「……えーと」
僕が説明すると、ほづみと兵吾は白い目をして言った。
「ふぅん。あからさまに怪しい後輩ちゃんはスルーで、あたしたちが疑われたのねぇ~」
「ていうか、普通真っ先に気づきそうなものだけどなぁ」
「ううっ、ごめん」
さすがに言い訳のしようがない。僕は素直に頭を下げた。
「残念ながら、橋本会長に問いつめても、きっと面白がるだけで白状しないでしょう。さとみさんも立場的に言えないでしょうから、確認のしようはありませんが」
「そうですね……」
さとみちゃんを問い詰めるのは可哀そうだし、クッキーはあきらめるか。生徒会室の人たちに食べてもらえたのなら、クッキーも本望だろう。
「私もそうでしたが、佐以くんは花粉症なようで、頭が回らなかったのでしょう」
「は、はい……」
もしかして綾莉先輩は、僕をかばうために、わざとロッカーの中に隠れているなんて言ったのだろうか。……考え過ぎかな。
「まぁ、いいわよ。別に」
ほづみは思いの外あっさりと許してくれた。けれどその顔は、にたぁと笑って僕を見ていた。
「――ただし。明日は部活で来れないけど、罰として来週、もう一度おごってもらうわよ。今度はもっと高いやつね」
「あ、もちろん今度は俺の分もおごりだよな」
「ううっ」
僕は泣きたくなった。
予定外の出費で出そうになった涙は花粉症のせいと言うことにしておこう。
ちょっと中途半端ですが、今後につながる話になっています。