表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美崎綾莉先輩のぼけらぴー  作者: 水守中也
6、バレンタインとホワイトデー
15/16

2

 卒業式は三月十三日。ホワイトデーは三月十四日。卒業式の日、先輩は東京に行ってしまい、ホワイトデーのお返しどころの話ではない。けれど卒業式の前にお返しを渡しては、ホワイトデーにならない。

 つまりベストは当日東京で渡すことだ。

 ただ東京での綾莉先輩の詳しい居場所は知らない。聞けば教えてくれるだろうけど、遠く離れた場所で携帯を持っていない綾莉先輩とうまく会えるかどうか分からない。

「はぁ……」

 とまぁ色々考えて、結局なにもせずに先延ばししているうちに、早くも三月に入って一週間が過ぎてしまった。

 このところ卒業式を間近に控えて、生徒会の仕事は忙しくなった。なかなか部活に出る余裕がない。

 綾莉先輩も忙しいのか、たまに部室に顔を見せても、先輩の姿はなかった。今日もそうである。もともと僕たちの接点は哲学部だけである。部活外で会ったのは数えるほど、それもすべて偶然だ。部活だって、なにもやっていないようなものだから、お互いに休むときに連絡することもない。一週間ぐらい顔を合わせないことも普通にあった。

 そんなことを考えながら生徒会室でぼんやりしていると、珍しい人が入ってきた。

「お、上原君がぼけらぴーとしているのは珍しいね」

「橋本会長……いえ、橋本『先輩』……お久しぶりです。卒業式も間近だというのに、お暇そうで羨ましい限りです」

 綾莉先輩ほどじゃないけれど、こちらも久しぶりに顔を合わせた気がする。

「はっはっは。相変わらず妙に棘があるね。それより、何か気になることでもあるのかな? 仕事に集中できていないようだが」

「大きなお世話です」

 僕はつっけんどんに答えたけれど、内心を見透かされているようでドキッとした。

「お邪魔のようだから失礼するよ。まぁどうしても手が回らないようだったら力を貸すが、君の問題を解決する方が先かな?」

 そう言い残して何をしにきたのか、橋本会――じゃなくて、橋本先輩は帰っていった。


 翌日。別にあの人に言われたからってわけじゃないけれど、放課後ではなくお昼休みに綾莉先輩の教室を訪ねることにした。

 部活で会えないのなら、直接綾莉先輩の教室に行けばいい。同じ部活に所属する後輩が先輩の教室に訪れることに変なことはない。綾莉先輩に迷惑がかかることもないはず。サプライズとして黙っておきたかったけれど、背に腹は代えられない。直接ホワイトデーのことを相談しようと思った。細かいことを気にする僕としては、前日に渡すのは気が引けるが、それも一つの案になるかもしれない。

 ところが教室に綾莉先輩の姿はなかった。

「えっ……インフルエンザ、ですか……?」

「うん。昨日から休んでいるよ」

 綾莉先輩を訪ねにきた僕に対して、扉から一番近い席で友達と談笑していた女の先輩の一人が心配げに告げた。

 インフルエンザ。

 去年の記憶がよみがえる。正確には一年と一ヶ月前、僕はインフルエンザにかかって、入院の一歩手前までいった。熱は下がらず、終始だるくて動けなくて、大変な思いをした。ある程度よくなっても、咳は続くし、ウイルスのせいでしばらく学校にも行けなかった。

 あの綾莉先輩が病気で寝込んでいる姿は想像できないけど、大丈夫だろうか。

「まぁそんなにヒドいみたいじゃないようだけど、病気が病気だけに、休みは長引くんじゃないかなぁ」

 ねぇ、と談笑していた他の女子生徒と顔を見合わせる。

「……すみません。ありがとうございました」

 僕はインフルエンザの話題を話している先輩たちに礼を言って、教室を離れた。

 しばらくして、お見舞いに行くからと先輩の住所や連絡先を聞いとけば良かった、と後悔した。けど今戻るのも変だし、不自然に思われるだろうか。

「あれ? 佐以。どうしたの、こんなところで」

 ぼんやり考えながら歩いていると、ほづみに声をかけられた。上級生の教室の前で会うとは思わなかった。

「どうしたのって、ほづみこそどうしてここに?」

「私はテニス部のことで部長と話があってね」

 僕と似たようなものか。そんなことを話していると、ほづみが言った。

「そうそう、綾莉さん、インフルエンザなんだってね? 去年の佐以と同じだよねぇ」

「え、なんで知ってるの?」

「何でって、同じクラスだったし」

「いや、僕の去年のことじゃなくて、綾莉先輩のこと」

「昨日の夜、綾莉さんの携帯に電話したら、風邪で寝込んでいるのですって、言われて、びっくりしちゃったわ」

 ――え?

「今、電話って……」

「べ、別に兵吾のことについて、綾莉さんに相談したかったからとか、そんなんじゃないからねっ」

「いや、そんなことより」

「そんなことってなによ。乙女の重要な問題で」

「じゃなくて、携帯に電話って……それって、綾莉先輩の?」

「うん。ていうか他になにがあるのよ」

 ようやく落ち着いたほづみがきょとんとして答えた。

「でも、だって。綾莉先輩に聞いたら、持っていないって言われて」

「えー。綾莉さんとアドレス交換したのずいぶん前よ」

 ほづみの様子からして、昨日や今日のことではなさそうだ。

「うーん。なんで佐以には、持ってないって、言ったのかしらね……」

 と口にしたほづみが、急に気まずそうな表情を作った。

 彼女も気づいたのだろう。――僕が綾莉先輩に拒絶されたということに。

 携帯電話の番号というのはプライベートなものだ。あくまで部活でたまに会うだけの存在である僕に教える必要はない。だから綾莉先輩はうまくはぐらかしたのだろう。それだけの話だ。

「えっと……一応これが綾莉さんの番号だから。お見舞いの電話した方がいいかもしれないわよ」

 ほづみは僕に綾莉先輩の携帯番号を書いたメモを渡してくれた。

 けれど僕はそのメモを財布にしまっただけで、自分の携帯に登録することはなかった。



 その日を境に、僕は気持ちを切り替えて生徒会の仕事に没頭した。というより没頭せざるを得なかった。副会長として、先輩方を無事送りださなくてはいけないからである。

 そして迎えた卒業式当日。生徒会のみんなの協力もあって、無事式を終わらせることができた。予想はしていたけれど、式場の中に綾莉先輩の姿は見られなかった。

 これから打ち上げ&先輩方の送別会である。笑顔と別れの涙が交錯するにぎやかな校内の中、僕は誰もいない哲学部の部室に寄った。鍵のしまった扉の窓から見える部室は、どこか世界から取り残されたかのようにひっそりしていた。

 僕は中に入ることもなく、生徒会のみんなが待っている生徒会室に向かった。


  ☆☆☆


「……理不尽だ」

 寒空の下、僕は誰ともなく呟いた。

 卒業式の翌日。学校は休みである。

 働きづめと打ち上げ会の反動から家でぼんやり過ごしていたら、母親に邪魔だからと家を追い出されてしまった。

「なに死んだ魚のような目をしてるの。気分転換に外に出た方がいいんじゃない? 子供は風の子って言うしね」

 とのこと。

 もうそんな年齢じゃないと思うんだけど。

 それにしても、うじうじしているって、そんなふうに見えたのだろうか。

 友達の家やどこかに遊びに行く気分でもなかったので、僕は図書館で時間をつぶそうと電車に乗った。

 ふと携帯見る。今日の日時が表示される。三月十四日。いわゆるホワイトデーだ。まぁ分かっていたんだけどね。

 ――そう言えば、夏のあのときも母親に家を追い出されたんだっけ。

 僕は図書館に直接向かわず、一つ手前の駅で降りていた。

「……何やってるんだか」

 滅多に歩かないうろ覚えの道を行く。綾莉先輩と二人並んで歩いた道だ。

 きっとこの辺りに先輩の家があるのだろう。けど仮に見つけたところで、先輩は東京のどこかに行ってしまったのに。

 特に何かを買うつもりはなかったけれど、僕はあの懐かしいスーパーに立ち寄った。入り口すぐのところに、質素なホワイトデーコーナーがあった。せっかくなので、定番のホワイトマシュマロを一袋買った。綾莉先輩じゃないけれど、自分用かな。

 スーパーを出た僕は、あの日と同じように図書館行きのバスが出ているバス停に向かった。時刻表を見ると、バスが来るのはまだ先のようだ。バスを待っている人は誰もいなかった。

 不意に思った。

 バスが来て乗ったら、もうここに来ることはないかもしれない、と。

 僕は自然と財布を漁って一枚の紙切れを取り出していた。ほづみの書いた、意外と几帳面で小さな十一桁の数字。

 僕は意を決してその番号に電話をかけた。何を話すかも決めずに。

 数コール後。やっぱり電話を切ろうと思ったとき、電話がつながった。

「はい。もしもし?」

 女性の声だ。電話越しの声はほとんど聞いたことがないので、綾莉先輩かどうか、いちまち判断が付きかねた。

「あのすみません。こちらは美崎綾莉さんの番号でよろしかったでしょうか」

 しばらく間が空いた。声が微妙に違う気がする。

「私、メリーさん」

「……え?」

 電話が切れた。

 やはり間違い電話だったのだろう。大変失礼なことをしてしまった。

 僕はほづみにもらったメモ書きと、携帯の発信履歴の数字を確認する。

 ……あれ、間違っていないよな。てことはほづみが書き間違えたのかな。

 ほづみに電話してもう一度聞きなおそうかどうか迷っていたら、突然手に持った携帯が鳴り出した。

 十一桁の番号が表示される。ほづみのメモ書きと一緒の番号。

「……あの、もしもし?」

「私、メリーさん」

 もう一度同じ台詞が繰り返された。間違い電話だったことをわざわざ正すために電話してくれたのだろうか。

 いや、待てよ。

 メリーさんの電話。こんな怪談を耳にした覚えはある。

「――今あなたの後ろにいるの」

 はっとして、後ろを振り返った。

 バス停前を大型トラックが通って地面が揺れる中、そこに懐かしい綾莉先輩がいた。

「すみません。散歩中に佐以くんの姿を見かけたと思ったら、その佐以くんから電話がかかってきたので、つい遊んでしまったのです」

 そう言って、白いコートにマフラー、厚手のロングスカート姿の綾莉先輩がにっこりと笑った。

 僕は混乱していた。何がなんだか分からない。

「あの佐以くん……その、驚かせてしまったでしょうか」

「いえ……それより、インフルエンザのほうは大丈夫なんですか?」

「はい。おかげさまで体調は戻りました。ただウイルスがまだ残っているから、お医者さんに学校に行くのは止められていたのです。――あっ」

 急に綾莉先輩は口を押さえて、僕から後ずさった。

「あ、大丈夫ですよ。去年インフルで寝込んだのに懲りて、予防注射を受けていますから」

「それは良かったのです」

 すすす、とまた戻ってきた。

「ところで、何で電話が僕だと分かったんですか?」

「携帯電話に表示されていたからなのです」

 そう言って、小さな折りたたみ式携帯をあまり慣れていなさそうな手でいじって着信履歴を出す。『佐以くん。』と表示されていた。

「え、なんで僕の番号を知っているんですか?」

「ほづみさんに聞きましたので。そういえば、佐以くんから電話がかかってくるのは初めてだったかもしれないのです」

 そうなのです。

「だって番号知らなかったですし。そもそも綾莉先輩はずっと携帯電話を持っていないと思っていましたから。以前、聞いたときだって」

「それはもしかすると、『学校には持ってきていない』という意味かもしれません。ぼけらぴーするには邪魔なので、ほとんど不携帯電話になっておりますので」

 綾莉先輩が過去の記憶をたどるように言った言葉を聞いて、僕は脱力してしまった。

 なるほど。その流れで言ったら「買う予定もない」も真実だ。だって今、手にしている携帯があるわけだから。

 番号を教えてくれなかったのは、ほづみから番号を聞いていてすっかり交換したと思っていたからか、もともと携帯をあまり使わないからか。

 僕も素直に、携帯の番号を教えてください、って聞けばよかった。

「忙しい佐以くんにご迷惑にならないようインフルエンザのことは内緒にしておいたのですが、ご存知だったのですね」

「あ、ほづみから聞いていたので……」

 綾莉先輩が気を遣ってくれたのに、僕ときたら携帯電話のことを勝手に勘違いして馬鹿みたいにすねていて、お見舞いの電話もしなくて……

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、先輩がにっこりと微笑んで言った。

「それにしても、ずいぶん久しぶりに佐以くんに会えた気がするのです」

「あ、はい。で、でも先輩。東京に行ったんじゃ……」

「私の病気のせいで、一日遅らせて今日の夜出発予定になりました。ところで、こちらまでいらしてお電話までいただいて、何かご用だったのでしょうか?」

 先輩が軽く小首を傾げて聞いてくる。

 うっ。

 実のところ、自分でもよく分からない。何となく駅を降りて何となく電話をしてしまったんだけど、それじゃ理由にならないし……と考えて、僕は鞄の中に入っている買ったばかりのお菓子を思い出した。

「それはもちろん、ホワイトデーのお返しのためです」

 言い切った。

「まぁ、わざわざすみません。別に週明けでもよろしかったのに」

 そう言いつつも先輩は嬉しそうである。良かった。

「でもホワイトデーは今日だけですから」

「佐以くんは相変わらず細かいのです」

 どこかツボだったのか、先輩がなぜかくすくすと笑った。

「いや、僕はいいんですけど、先輩が……」

「私が?」

「……もらえなくてそわそわしているんじゃないかなって……」

 何を言っているんだろう。ついさっきまで、渡すことを諦めていたのに。顔が赤くなった。

 けど僕だけじゃなく、心なしか先輩の顔も赤くなったような気がする。それはたぶん、まだ熱が下がっていないから、ってわけじゃないはず。

 軽く咳払いして、綾莉先輩が話題を変えるように言った。

「それで、甘いものはどちらにあるのでしょう」

「はい。えっと、この中に……」

 あっ。

 僕は自分がミスを犯したことに気づいた。けれどももう手遅れだった。

 今更引くことはできず、僕は鞄の中からさっきスーパーで買ったマシュマロを手渡した。包装されていないので、なんかアレだけど。

「……あの、これだけなのですか?」

 先輩の顔が不満げだ。

 そう。渡すことばっかり考えて、三倍返しのことをすっかり忘れていたのだ。

「えっと……あはは」

 うろたえつつも、とりあえずお返しができた満足感で僕は笑ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ