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日差しが暑いというより――熱い。
「うー。失敗したかな……」
頭上には、白まじりっけなしの青い絵の具をぶちまけたかのような青空が広がって、灼熱の太陽が容赦なく地上を照らしている。僕の黒い髪を狙い撃ちしているのか、頭に手をやると髪の毛が熱を帯びた鉄板のように熱かった。
夏休みのど真ん中。僕は炎天下の道を歩いていた。冷房の利いた部屋でぼけーと家にいたら母親に邪魔扱いされ、半ば追い出されるように家から出された結果である。
まぁせっかくだし、気分転換に図書館にでも行って宿題をやろうと、ついでに運動不足解消もかねて、ひとつ手前の駅から歩いてみるか、という試みに対して、早くも思いっきり後悔していた。
「あつい……」
思えば去年の夏は、新学期になってすぐに行われる秋の文化祭のために、ひたすら学校に来ていたんだっけ。他の生徒は夏休みを満喫しているというのに。人の役に立つためとはいえ、生徒会に入ってちょっぴり後悔した夏だった。
もちろん今年も生徒会の仕事はあるんだけど、力の抜き方を覚えたというか、ゆったりと過ごせるようになっていた。
「せんぱい。上原せんぱーい」
不意に聞き覚えのある声がして、僕は振り返った。
「……あれ? さとみちゃん」
僕の視線に写ったのは、セーラー服を着た華奢で小さな女の子、後輩の中島さとみちゃんだった。肩に掛けたひまわり柄のトートバックを抑えながら、彼女は丈の短いセーラー服を翻して僕の元に駆け寄ってきた。太陽の日差しと相成って、走るたびに露になる健康そうな白い太ももが眩しかった。
「せんぱい。おはようございますっ。んーじゃなくて、こんにちは、ですか? こんなところで奇遇ですねっ」
「うん。図書館行くところでね。さとみちゃんは学校? 文化祭の準備かな」
「はい。正解ですっ」
なんか一年前の僕を見ているようだ。元気があってよろしい……なんて老人じみた思いが浮かんで、内心苦笑した。
去年の自分は、ぼけーと何もしない夏休みを過ごすなんて思ってもいなかった。人のために地道に仕事をこなすのもいいけれど、こんな夏休みも悪くない。
不意に、去年の夏は出会う前だった先輩の顔が何気なく浮かんだ。
――どうやら僕は綾莉先輩に毒されてしまったのもしれない。
「ん? どうかしましたか?」
「い、いや別に。……それよりさとみちゃん、そのスカート、短くない?」
つい慌てて思っていたことをストレートに言ってしまった。
けれどさとみちゃんはむしろ、よくぞ聞いてくれました、とばかりに答えた。
「知ってますか。スカートってこう見えて実はむちゃくちゃ暑いんですよ。特に、べっとりと太ももにくっ付いたらサイアクなんですぅ」
「……へぇ」
「仮にパンツが見えちゃっても、えっちだと思うから、えっちなんです。知らなければ見られたって何でもないんですよぉ」
「さとみちゃん、それ小学生の理論だから……」
正直、この妹みたいな後輩が心配になってきた。
なんて話をしていたら、不意にさとみちゃんが眉間にしわを寄せて僕の後方を見た。つられて僕も振り返ると、見覚えのある女性がこっちに向けて歩いてきていた。
「綾莉先輩?」
「こんにちは。やはり佐以くんだったのです」
頭にかぶった麦わら帽子の下で、綾莉先輩がにっこりと微笑んだ。
思いがけない出会いに驚いていると、僕の服の裾をさとみちゃんが引っ張って、こっそりと聞いてきた。
「……もしかして、上原せんぱい、実はこれからデートだったんですか?」
「違うってっ」
慌てて否定した。変に勘違いされたら、綾莉先輩に失礼だ。
「そうですか……それじゃあたしは。失礼しますっ」
さとみちゃんはどこか僕たちを気にするそぶりを見せつつも、立ち話していた時間を取り戻すかのように駆け出して、路地を曲がって姿を消した。
その様子を僕と一緒に並んで眺めて、綾莉先輩が言った。
「もしかして、デートでしたか?」
「違いますってっ」
慌てて否定した。変に勘違いされたら、さとみちゃんに失礼だ。
僕は否定ついでに先輩の服装に目をやる。
さりげなく透明なレースのフリルがあしらわれている白いワンピース姿で、その上にライトブルーのカーディガンを羽織って肩から胸元を覆っている。夏の日差しを一心に集めそうなさらさらとした長い黒髪の上には、大きな麦わら帽子をかぶっていた。
あまり学校の外で会うことがないから、私服姿はなかなか新鮮だった。
「どうですか? 似合っていますか」
僕の視線に気づいた先輩が、帽子を片手で抑えた状態で、にわかモデルのようにくるりと一回転した。
「……まぁ似合っていますけど」
回ってバランスを崩しかけているところとか。
「それはよかったのです。白色は気合の表れなのです」
「そうなのですか?」
いけない。先輩の口調がうつってしまった。
「はいなのです。白のワンピースという一見ありがちな衣装ですが、実は小さな汚れも許されないという勝負服なのです」
力説する先輩を見て、なぜか胸がざわめいた。
「ところで、先輩はどうしたんですか?」
勝負服を着ているということは、むしろ先輩の方がデートなのでは。
「買い物なのです」
「ああ、ショッピングですか……」
ショッピングもデートのようなものだよなぁ。
見たところ先輩一人のようだけれど、現地で待ち合わせしているのだろうか。
相手は女友達か、それとも……
「よろしかったら、佐以くん、ご一緒していただけませんか?」
「え、でも他に誰かいるんじゃないですか?」
「いえ。私一人なのです。御迷惑でなければ」
「そんな迷惑なんて……僕でよかったら喜んでお付き合いしますよ」
図書館で宿題する予定だったけれど、夏休みはまだ中旬。宿題はいつでもできる。先輩のお願いを断る理由もないしね。
「それは良かったのです。助かります」
にっこり微笑む先輩を見ながら、助かります、という言葉の意味を考えた。
やっぱり荷物持ちという意味だろうか。それとも、似合う水着を見繕ってほしいとか? それはないかな。そういう類は夏到来前に買うものだし。
ま、綾莉先輩のことだから、別に盆栽を見て回っても不思議ではないけどね。
と、そう思っていたんだけど。
「……ここですか」
「はいなのです」
綾莉先輩がこくりとうなずいて、麦わら帽子を取った。
僕はもう一度目の前の建物に目をやった。
軒先には色取り取りの青果物が並んでいて、がたいの良いお兄さんが夏の暑さに負けず元気に呼び込みをしている。その周りを取り囲むように主婦の方々がたくさんいる。自動ドアの向こうの建物の中には、様々な食料品が並んでいるのが見えた。
「……スーパーですよね。普通の」
「はい。普通なのに超なのです。超不思議なのです」
「そうですね……」
真剣そうに悩む先輩はとりあえずさておき、もう一度建物に目を移す。一階建てで、敷地面積は大きめだけれど、ごく普通の食品スーパーだ。
「まるで夕食の買い物にきたみたいですね」
「はい。お夕飯の買い物に来ました」
――そっちかいっ。
僕は心の中で突っ込んだ。って僕が勝手に勘違いしただけだけど。
「綾莉先輩って一人暮しなんですか?」
そんなこと絶対ないだろうなと思いつつ聞いてしまった。そういえば、先輩と知り合ってからだいぶ経つのに、家庭状況とか知らない自分に気づく。
「いいえ。父と母と三人暮らしなのです。ただ両親は今、共通のお友達の結婚式に出席するため東京に出ておりまして、今日と明日は私一人なのです」
「ああ、なるほど……。綾莉先輩は東京に行かなかったんですか?」
「はい。クーラーのきいた部屋で一人ぼんやり過ごすのが至福のひと時なのです。父の仕事の関係で、卒業式の後は、私も東京に行く予定ですが」
「はぁ」
僕の脳裏には、クーラーというか、扇風機に顔を近づけて宇宙人になりきっている綾莉先輩の姿が、はっきりと浮かんでいた。
「ところで、綾莉先輩って、このスーパーによく来ているとか、そういうわけではないんですね?」
「はい。ビギナーなのです」
まぁ近所のスーパーに買い物に行くには明らかに浮いている先輩の服装を見れば、そんな気はしたけれど。
「ですので佐以くんがご一緒してくれて助かりました」
「えっと。僕もあまり詳しくないんですけど」
「まぁ! それは大事なのです」
真剣な面持ちの先輩。いや、そこまで試練はないと思うけど。妙なことに詳しい一方で世間知らずというか、ご両親もよく先輩を一人で残したよなぁと感心する。
「とりあえず中に入りましょうか。ここに立っていても迷惑ですし」
「はい。あぁ涼しくてとても気持ちよいのです」
店内に足を踏み入れたとたん冷気が肌を覆った。食材を扱っているせいか、強めの冷房が汗に濡れた身体に心地よい。
スーパーなんて小学生のころ母親に連れられて来たきりかもしれない。自分で行くとしたらコンビニだし。だから少し懐かしい。様々な食材が並び、様々な人がそれを購入する。どこかワクワクしている自分がいた。
綾莉先輩は大きな麦わら帽子を両手で身体の前に持っている。なので僕が代わりにカートを押す。カゴでも良かったんだけど、先輩がこっちがいいと言ったからだ。
売り場に入るなり、綾莉先輩がやや興奮気味に店内を見回した。
「すごいです。たくさんの食べ物があるのです。とても一人では全部食べきれないのですっ」
「そうですねぇ」
当たり前の言葉を聞き流しながら、先輩が食品に注目しているので、僕は客層を観察してみることにした。
やっぱり女性が多い。カートを杖代わりに押しているご年配の方から、短いスカートを穿いた若い女性もいる。さっき、さとみちゃんが持っていたものと似たようなトートバックを持つ彼女の傍らには、幼稚園児くらいの女の子がくっ付いていた。彼女に限らず子連れの人も多く見られ、子供たちが綾莉先輩と同じようにはしゃいでいる。
女性に比べれば少ないけれど、若い男性もいる。主婦ならぬ主夫だろうか。それとも僕のように夏休みの学生とか。休日に働いている人にとっては、平日の今日が休日なのかもしれないし、平日の昼間にいるからって、安易にニートとは断言できない。
若い男女のカップルもいた。若夫婦かそれとも同棲中か。周りから見れば、僕と綾莉先輩もそういう関係に見えるのだろうか――って僕は何を考えているんだ。
軽く首を振って長々とした観察を終了する。思ったより長く見てしまっていたけれど、綾莉先輩はおとなしくしているだろうか。
先輩を探すと、その先輩は少し離れたところからこっちに向かってきているところだった。両手に惣菜のカボチャ煮のヨーグルト和えと杏仁豆腐を持っていた。ふとカートの中のかごに目を移すと、これまた惣菜の照り焼き用のブリと鶏の甘酢がけともずくが入っていた。
「えっと……今日の夕食はこれですか?」
「いえ、今晩はカレーを作ろうかと思っているのです」
「はい。じゃあ、これもそれも全部必要ないから戻してくださいねー」
「そ、そんな。せっかく出会えましたのに、お別れなのですかっ?」
ショックを受ける先輩を放っておいて、僕はカートを動かして、商品を一つ一つ元ある場所に戻した。
「いろいろと商品があって目移りしてしまって、どれもこれも買いたくなってしまうのです」
まだぶつくさ言っている。
「まぁ気持ちは分かりますが、食べられないものを買っても意味ないですよ。それよりカレーですが、チョイスとしては、まぁ妥当なところだと思います。夏の食欲のないときにも食べられますし、料理で失敗することもないでしょうし。ただ一人分では余ってしまいそうですけど」
と言って、まるで催促しているみたいだなと気付いたけど、先輩は気にした様子はないようだ。
「はい。そこで、お夕飯はカレーライス。翌朝は朝カレー。お昼はカレーうどんとドライカレーにするつもりなのです」
それはそれは黄色な生活ですね。ていうか、お昼に二食は食べ過ぎですよ。
「というわけですので、まずは、ターメリックとウコンを探しましょう」
「ちょっと待ったーっ」
「はぁ。なんでしょう?」
綾莉先輩がこくりと小首をかしげた。
「そんなことしなくても、カレー粉がありますから」
「インドにはカレー粉はないのです」
先輩は自信満々に言った。
「はいはい。でもここは日本なのでカレー粉を買いましょうねー」
それとターメリックとウコンは同じ意味ですよ。先輩。
僕はカートを押して、惣菜売り場・生鮮売り場を通り抜けて、ルー関係の棚に目指す。といっても初めてのスーパーなので場所が分からず、くるくる売り場を回ってしまう。
綾莉先輩はカートを押す僕をなぜか羨ましげに見つつ、時たま棚に手を伸ばしては、カレーには関係ないような商品をぽいぽいとかごに入れる。
「面白そうなので入れてみました」
機制を制して先輩が言った。僕はあきらめた。
「……まったく、子供じゃないんですから」
「買うのは私なのです」
「はいはい。無駄遣いはだめですよ」
そうこうしているうちに、ようやくそれっぽい棚を見つけた。
おお。すごい。棚いっぱいにカレー・シチューなどルー粉関係ばかりだ。色とりどりでかなり壮観だった。
「どれにしますか?」
「いっぱいあって、迷ってしまうのです」
綾莉先輩が首を上下に左右と大きく回しながら、商品を見比べている。
なんとなく先輩には、お子様用の甘口カレーが似合いそうだなぁ、と思う。それともいっそのことレトルトにするのも手だ。それなら失敗しないだろうし。
「……佐以くん。なにか失礼なこと考えていないですか?」
綾莉先輩はぼけらぴーとしているのに鋭い。
僕は慌ててごまかそうと視線をさまよわせて、奇妙な光景を目にした。
「……あれ?」
「どうしました?」
「えっと……あの人なんですけど」
三十代と思われる女性だった。空っぽのかごの中に、カレー粉を五箱も入れていた。そして野菜や肉などほかの商品に目もくれず、適当なお菓子をかごに入れただけでレジに向かった。
「なんか買い方が偏っていませんか?」
そのカレーは、値札を見る限り特に安いわけでも高級ブランドでもない。むしろお菓子で有名なメーカーで、カレーを出していることなんて初めて知ったくらいだ。
「お野菜やお肉はおうちにあるのかもしれないのです」
「そうかもしれないですけど、大家族だとしても五箱は多いですよ?」
細かいことかもしれないけれど、妙に気になる。
「ご近所でカレーを作るイベントがあるのかもしれません」
「なるほど」
「まぁ、色々推測はできますが、本人にお尋ねしない限り、確かな答えは分からないですけど」
「まぁそうですね」
綾莉先輩ならひょっとしたら分かるんじゃないかな、って思ったけれど、まぁこんなものか。
しみじみと納得している僕をよそに、綾莉先輩は「せっかくですからこれにしましょう」と、話題に上がったカレーをかごに入れた。大丈夫かなぁ。あまり有名なメーカーのじゃないし、やっぱりレトルトの方が失敗しなくていいような気がする。
「佐以くん」
「は、はい」
やばい。考えが読まれた?
「私もカートを押したいのです」
「ああ。いいですよ」
綾莉先輩は両手に持つ麦わら帽子をかごに入れて、カートの取っ手を取った。おもちゃを手にした子供のようで、どこか嬉しそうだ。
「さてルーも買えたことですし。次は飲み物なのです。佐以くんはカレーには、オレンジジュース派ですか、牛乳派ですか?」
「え、その二択?」
それってどうなんだろう。ちなみに僕はウーロン茶だけれど。
ていうか順番的には、次は野菜か肉じゃないかな思う。さっき生鮮売り場を通ったけれど魚だけで肉と野菜はなかった。なのでこの先にあるのだろう。
「……あれ、綾莉先輩……」
ちょっと考え事して目を離していたら、いつの間にか綾莉先輩がカートごといなくなってしまった。
「……まったく、どこに行ったんだか」
先輩とはぐれてしまった。
あの格好だから目立つだろうと気楽に歩きながら探してみたけれど、なかなか見つからない。もしかすると、すれ違いになっているのかもしれない。
さてどうしよう。はぐれた場所に戻るか、それとも先輩の言っていた飲料売り場に行くか。けどもう買った後かもしれないし。
「迷子の放送をかけたら、先輩怒るかなぁ?」
むしろ僕が綾莉先輩に店内放送で探されないか。……ありそうで怖い。
そんなことを考える僕の目の前を、とことことちっちゃな女の子が横切った。まぁこれくらいの子でも親から離れて自由に店内を駆け巡っているくらいだから大丈夫だろう
「……ん?」
先輩を探していると、僕と同い年ぐらいの女の子の姿が目に入った。体格が近いので、一瞬綾莉先輩かと思ったけれど違った。着ている服装が違う。学校の制服のようだ。とても見覚えのあるセーラー服で……
(あれ……さとみちゃん?)
ちらりと見えた横顔は確かに、さっき会った後輩の中島さとみちゃんに間違いなかった。けれど学校に行ったはずの彼女がなぜここにいるのだろう。
僕は何となく声をかけられずに、そっと様子をうかがった。
今は手に提げているひまわり柄のトートバックも、さっき外で会ったときに肩に掛けていたやつと同じものだ。彼女は僕に背を向けた状態のまま、きょろきょろとあたりを見回している。何を探しているのだろうか。
僕は身を隠している柱の張り紙には、「万引きは犯罪です。金額にかかわらず警察に通報します」と書かれている。
(まさか、ね)
「佐以くん、ようやく見つけたのです」
後ろから綾莉先輩の声がして飛び上がった。
「どうしたのですか?」
「……いや、ちょっと。それより綾莉先輩こそ、どうしていたんですか?」
僕が尋ねると、先輩は、はじめてのおつかいを終えた子供のように誇らしげに胸を張った。
「ちゃんといろいろ買ってきたのです」
かごを見ると、にんじん・じゃがいも・たまねぎとオーソドックスな野菜と牛肉、そして牛乳(低温殺菌)1Lが入っていた。その他に、ゼリー・プリン・アイスクリームなど甘いものがたくさん、新たに放り込まれている。
「その野菜、全部使うんですか?」
どれも袋入りで、かなりの量になる。
「はい。一つ買うより、たくさん入っている方がお買い得なのです」
「その肉、焼肉用の味付け肉みたいですけど……」
「はい。美味しそうだったのです」
カレーに合うかは分からないけど。
「甘いもの、全部カレーに入れたりしないですよね?」
「内緒なのです」
牛乳に関しては突っ込まなかった。
「それより、佐以くんどうされたのですか?」
えーと……なんて言えば。
と僕が言い淀んでいるうちに先輩が気づいてしまった。
「あら? あの方は確か……」
先輩の声が届いたわけではないだろうけど、そのとき不意にさとみちゃんが振り返って、僕と一瞬目が合った。
けどそれも一瞬。さとみちゃんはすぐにぷいっと身体をそむけると、近くにある商品を手に取ってレジに向かっていった。
……あれ? 気づかなかったのかな。
さとみちゃんと思われる女の子は、普通にレジを通る。ちっちゃなスナック菓子一袋だけなので、店のビニール袋ではなく、そのまま手にしているトートバックの中に入れ、店を出て行った。
うーん。さとみちゃんっぽかったんだけどなぁ。
「あの、佐以くん……?」
「あ、すみません」
いけない。先輩のことを忘れていた。
振り返って先輩の元に戻ろうとしたときだった。急に店の入り口が騒がしくなったのだ。
再びそっちに顔を向けると、さとみちゃんが、買い物客っぽくないおばさんと何やら揉めていた。
「あ、佐以くん」
綾莉先輩の声を背後に聞きながら、僕はとっさにレジの近くまで駆け寄った。
取った、取っていないという、やり取りが耳に入る。
――えっ、もしかして、マジで万引きっ?
おばさんが乱暴にさとみちゃんのバックに手を入れた。
そこから出てきたのは、レジで買ったのとは別のスナック菓子の袋だった。




