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パティシエはお嬢様に恋をする。

作者: R系

「エミリー様!僕と結婚してください!!」



「はぁ?」




 目の前で惚けた顔をしているのは、僕の仕えているレイヴァート公爵家のお嬢様である。

 レイヴァート公爵家は、遥か昔から存在する貴族の家系であり、かなり権力のある家である。彼女はそのレイヴァート公爵家の正式な跡取り、エミリー・レイヴァートである。吊り目で真っ白な肌、真っ赤な唇がチャームポイントのお嬢様だ。


 僕はそんなエミリー様の専属パティシエであり、デザート職人である。


 現在、エミリー様は毎日恒例のスウィーツタイム中である。スウィーツタイムというのはエミリー様の設けた時間であり、毎日3時に専属パティシエの僕にデザートを作らせているのだ。


 今日は旬の栗を使った、モンブランを作った。お嬢様がパクパクと美味しそうに食し終わった後に、告白をしたのだ。



「……身の程を弁えなさい」


「……すみません」


「と、言うか何で今なのよ?」




 美味しいものを食べると、幸せな気持ちになると聞く。幸せな気持ちならばほんの少しでも可能性はあるのかと思ったのだ。



「馬鹿じゃないの?」


「……すみません」


「ムードとかそういうの考えないの?そんなんだから恋人が出来ないのよ?」


「…………すみません」



 さらっと色々馬鹿にされている気がする。



「イケメンならまだしも、私がアンタみたいな「普通・オブ・ザ・普通」な顔の男と結婚すると思ってるの?」


「…………思ってません」


「じゃあ何で告白したの?」



 そう、それなのだ。エミリー様も疑問に思っているかも知れないが、一番疑問に思っているのは僕だ。



「わかりません」


「はぁ?…………もういいわ、下がりなさい」



 エミリー様は呆れた顔でそう言った。



 僕は黙って、厨房に帰ったのだった。









 その翌日。



「エミリー様、僕と結婚して頂けませんか?」


「はぁ!?」



 現在、エミリー様はイチゴのババロアを食べている最中だった。



「昨日ダメって言ったでしょ!?」


「え?言われてませんよ」



 僕がそういうと、エミリー様は頭を抱えて唸った。



「……………そうね。言わなかったかも知れないわね」


「では、」


「ダメよ」



 僕は項垂れた。



「今日は何で食べてる途中なの?」



 美味しいものを食べていると幸せ理論。食べ終わった後では意味がないかと思って今言いに来たのだ。ダメだったか。



「……とんだ、馬鹿ね」



 エミリー様が、苦虫を潰したような顔をしている。



「すみませんでした」


「はー……もういいわ。下がりなさい」



 僕はまた厨房へ戻った。









 その翌日。


「僕と結婚してください」


「ダメ」



 エミリー様は、チーズケーキを食べていた。









 その翌日。


「僕と結婚してください」


「馬鹿」



 エミリー様はエクレアを食べていた。









 その翌日。


「僕と結婚し」


「黙りなさい」



 エミリー様はマカロンを食べていた。









 その翌日。



「僕と結」


「ああああああああああ!もう!!いい加減にしなさい!!!」



 エミリー様が机をドンと叩いた。まずい、相当お怒りのようだ。顔がまるでイチゴのように赤い。



「あんたバカなの!?アレだけ無理だってのに何で告白してくるの!?」


「わかりません」


「ッ…………!!!!」



 お嬢様が震えている。

 多分怒りのあまり震えているのだろう。

 お嬢様は少しそのまま顔を真っ赤にした後、ため息を吐きながら僕に視線を戻した。



「……分かったわ。チャンスを上げるわ」


「本当ですか!?」



 エミリー様が眉間に手を当て、答える。



「今年の末に開かれる、スウィーツコンテストで一位を取ったら考えてあげるわ」


「ありがとうございます!」



 スウィーツコンテストは一年に一度、王国で開かれるスウィーツの完成度を競うコンテストの事だ。これに優勝した者は、実質王国一のパティシエとなる。



「その代わり、もし一位を取れなかったら一生私に口を効かない事。奴隷の様にデザートを作り続ける事。いいわね?」


「はい!ありがとうございます!!では早速新作を研究して参ります!」



 と、僕は走って厨房へ戻った。









 翌日、僕は新作のスウィーツをお嬢様にお出しした。


 すると、厨房にいた僕にお呼びがかかり、エミリー様のスウィーツタイムにお邪魔した。



「で、これは何かしら」


 お嬢様が指差したのは食べかけのスウィーツ。新作スウィーツだ。



「コンテストで一位を取る為の新作です」


「……ふーん」



 エミリー様がフォークを手に取り、一口食べる。



「ダメね。これでは一位は取れないわよ」


「……はい」



 エミリー様が目を細めた。



「もっと甘くない方が万人受けするわよ。コンテストで入賞するには様々な人の審査が入るから、こんなんじゃダメよ。……私は好きだけど」


「は……」



 最後の発言が聞き取れなかったが、これはアドバイスをしてくれたのだろうか。



「それに、旬の果物を使った方が評価は高いわよ。年末だし、冬の果物……リンゴとか」


「は、はい!ありがとうございます!」



 そうか。リンゴ……リンゴ……いいスウィーツが思いついた。僕は急いで厨房に戻った。翌日のスウィーツを考える為に。









 そのまま、毎日アドバイスを貰いながらスウィーツを作り続け、ついにコンテスト前日となった。


 僕は渾身の一作をエミリー様にお出しした。エミリー様は手元のフォークを取り、一口食べた。





「…………まぁ、美味しいわね」


「ありがとうございます」


「文句はないわ」



 エミリー様は僕と目を合わせてくれない。



「……頑張りなさい」


「はい!」









 翌日、スウィーツコンテストで一位を取る事ができた。これもエミリー様のお陰だ。



 僕は意気揚々と、エミリー様のいるレイヴァート家に戻った。



「エミリー様!無事、一位を取る事ができました!」


「そ、そう……良かったわね」



 エミリー様が目を逸らしている。心なしか、少し不機嫌そうな顔をしている。



「……えっと、エミリー様?」


「まだ私、今日はデザートを食べてないの。早く準備なさい」


「は、はい」




 僕は急いで厨房に戻り、スウィーツを作った。エミリー様がアドバイスしてくれた通りに作ろう……と思ったが、コンテストで作ったものと違う分量にした。

 砂糖は多め、カラメルはよく焦げ付かせて、ホイップクリームに少しチョコを混ぜて。



 僕はエミリー様の前にスウィーツを出した。




「……何これ」


「お嬢様の好みになるようにと思いまして」


「そう」



 不機嫌そうな顔で、僕の作ったスウィーツを食べる。口にいれてから更に不機嫌そうな顔をした。


 何かダメだったのだろうか。



「……美味しいわ。凄く」



 パクパクとすぐに一皿平らげてしまった。そして、エミリー様が僕の顔を見た。心なしか顔が赤い。



「何か、言うことは」


「えっ?」


「ほら、私に散々言ったでしょ?忘れたの?」




 思い返す。僕がエミリー様に言ったこと。何か、何か。



 あぁ。



「エミリー様」


「呼び捨てでいいわ」



 僕は深呼吸をした。

 そして。



「……エミリー。僕と結婚してください」



 膝をつく。



「僕は、スウィーツを作る事ぐらいしか能のないパティシエですが、絶対に幸せにしてみせます。ですから」


「わかったわ」



 エミリーがそっと僕の頬に手をかける。スッと引き寄せ、僕の唇と彼女の唇が重なった。


 少し間が空いて、離れて、僕は驚愕と歓喜に頬を引きつらせた。



「え……エミリー様……!?」


「エミリー……夫なんでしょ?妻は呼び捨てにしなさいよ」



 エミリー様が顔を真っ赤にしている。


 あぁ、あれは不機嫌そうな顔じゃなかったんだ。ただちょっと照れていただけなんだ。



「あ、でも一つだけ!一つだけ条件があるわ!」


「え……?」


「王国一のパティシエでいなさい!そうじゃなかったら離婚するから!!」


「は、はひ」




 喜びより先にプレッシャーが強くのし掛かって来た。












 そして、3年間。結婚してから3年間の間、僕はスウィーツコンテストで一位を取り続けた。


 その頃には、エミリーは正式なレイヴァート家の当主となっており、公務をするようになっていた。僕はスウィーツを作りながら、大型スウィーツ店の経営などに手を出していた。

 エミリーとの結婚生活はとても幸せだった。美味しそうに僕の作ったデザートを食べながらエミリーは公務をこなしていた。僕はそれを見るのが幸せだった。











 が、4年目。

 僕はスウィーツコンテストで一位を取る事が出来なかった。


 あまりのショックに目を白黒させ、コンテスト会場から帰ることができないでいた。


 エミリーが言っていた事を思い出す。

「王国一のパティシエでなければ離婚する」そう彼女は言っていた。


 嫌だ。こんな幸せな生活を手放すのは嫌だった。



 コンテスト会場でウロウロしてると、エミリーが表れた。



「あ……エミリー」



 エミリーは無言で僕の手を引っ張り、無理やり馬車に詰め込んだ。



「ちょっ」


「帰るわよ」



 無言のまま馬車に乗り込み、発車させた。

 家に帰るまでの間、終始無言で僕と顔を合わせる事はなかった。




 そして、家に着くなり、エミリーはいつもの机に座った。



「今日はまだ何もデザート食べてないの。作って」


「……はい」



 僕は厨房に行き、スウィーツを作り始めた。


 気分は落ち込んでいても、スウィーツ作りには手を抜けない。今日のコンテストで作ったもの……それをエミリーが好みそうな味付けにしてエミリーに渡した。



 エミリーは出されるやいなや、フォークを手に取り一口食べた。


 そのまま無言のまま、全て食べ尽くした。空になったお皿をジーッと見ながらエミリーはため息を吐いた。



「ふん、やっぱり貴方の一番美味しいわね。審査員は見る目がないわね」


「は……はぁ」


「来年、見返してやるわよ」



 エミリーがニヤリと笑った。結婚する前はあまり見せなかった少し意地悪そうな顔だ。



「でも離婚……」


「貴方は王国一のパティシエなんでしょ。大会の結果なんて関係ないわよ」



 エミリーが笑った。



「そ、れ、に。コンテストで一位を取れなくなったら離婚するなんて言ってないわよ」


「え、言いませんでしたっけ?」


「ふふふ、私。自分が言った事は全部覚えているのよ。4年前のも勿論ね」



 エミリーが僕の頬を撫でた。


 僕はドキリとして、顔を真っ赤にする。


 あぁ、そうか。何故、何度も何度も告白したのか分かった。僕は彼女とこうなりたいから告白していたのか。どうしても、どうしても。こうなる為に告白していたんだ。諦める事なんて出来ない訳だ。


 エミリーとの生活はどんなスウィーツよりも甘く甘美な生活だったんだ。



「……惚れ直した」


「今更?」


「元から大好きだったけど、もっと好きになった」


「もっと私の魅力に気づきなさい…………ちょっと照れるわね」



 エミリーも顔を赤くする。可愛い。この4年間、どんな時の彼女より可愛かった。






 僕とエミリーは口づけをして、その日は一緒の部屋で寝た。

































「お婆ちゃん、お婆ちゃん」



 小さな子供が老婆に抱きついた。老婆は、とても美しい老婆だった。



「なぁに?」


「お爺ちゃんの話をして!私、お爺ちゃんの話大好き!」


「そう、じゃあお話してあげるわ」



 小さな子供の祖父は既に亡くなっていた。その子供が産まれる数年前に亡くなったらしい。



「お爺ちゃんはね。少しお馬鹿で、ちょっと考え知らずだったけど、とても優しかったのよ」


「私、お爺ちゃんが告白した時の話を聞きたい!」


「あらあら……」



 老婆が子供を近くに抱き寄せた。



「彼はね。パティシエっていうお菓子を作る人だったの。私の為に毎日お菓子を作っていたのだけれど、ある日、私にこう言ったの」



 老婆が目を細めた。何かを思い出してるような顔だった。



「彼はね「結婚してください!」って言ったの。急によ?お婆ちゃんすっごくビックリしてね、「ダメ」って言ったの」


「へぇ……それでそれで?」


「その日はね、お爺ちゃん帰っちゃったの」


「えー!?じゃあ結婚しなかったの?」



 老婆がはにかんだ。



「あらあら、そうならお母さんは産まれてないでしょ?」


「あっ、そうだね!じゃあどうしたの?」


「その明日も明後日も、何度も何度も「結婚してください!」ってお願いしてきたの」


「……すごいね、お爺ちゃん」


「何度も言われる内にね。私もお爺ちゃんの事ちょっとだけ好きになったの。お爺ちゃん以外にね、お婆ちゃんに好きって言ってくれる人は居なかったの」


「私はお婆ちゃんの事好きだよ!」


「あらあら……それでね、お爺ちゃんにデザートを作るコンテストで優勝したら結婚してあげるって言ったのよ」



 子供が驚いた。



「それって、スウィーツコンテストでしょ!知ってる!」


「あら?物知りね」


「お爺ちゃんの写真がポスターに貼ってあったもん!」


「ふふ……お爺ちゃんはね。その大会でちゃんと一位を取ってきたの。だからね、半分はもう決めてたけど結婚したのよ」


「凄いね、お爺ちゃん」


「ええ、凄く凄く凄いのよ。なんたって王国一のパティシエなんだから」



 そう言うと老婆は目を細めた。



お読み頂き有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] プロポーズし続けたから好かれるようになったのか、それともパティシエである事も関係するのか、前者でなければ凡人に救いは無い。
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