第七話 ~決意する心~
木更津一樹は一人で部屋に籠っていた。
仲間達扉をノックしてが訪ねてきたけれど、
無視して部屋に入れたりはしなかった。
もう放っておいて欲しい。
自分の事なんて、もう放っておけばいい
のだ。
なのに、何故構おうとするのだろう。
殺人の容疑をかけられた奴なんて、罪を
かぶせられた奴なんて放っておけば
いいのに。
お人よし過ぎる、と一樹は思った。
投げやりな気分で一杯だった。
悩んでよく眠れていなかったからか、
いつのまにか、一樹は眠りに
落ちていた――。
夢の中で、一樹は何もない空間にいた。
いるのは自分だけ。そして、家具さえもない
部屋に一人だった。
一樹はこれが夢であると、夢の中なのに
はっきりと認識していた。
何故なら、桃香がいたからだ。
死んだはずの彼の恋人、神無月桃香が。
彼女は悲しそうな顔で一樹を見つめて
いた。
一樹は彼女に触れようと手を伸ばす。
彼女の頬に触れてみたけれど、やはり
感触はなかった。
温かみさえも感じない。
やはりこれは夢なのだ、と一樹は思った。
赤みの強い髪のポニーテールを揺らし、
桃香は一樹を見つめて来た。
〝一樹、どうしてやってもいない事を
認めようとするの? 私は、嫌だよ。
一樹がやってもいない罪で裁かれるの
なんて嫌だよ〝
桃香が今にも泣きそうな声で語り
かけてくる。
一樹は何も言わず、黙ってそれを
聞いていた。
桃香は昔からそういう所があった。
嘘や偽りを誰よりも嫌い、誰よりも正義感が
強く、そんなに強くないというのに、よく
いじめっ子につっかかっていた。
もちろん勝てるわけはなく、いつも一樹が
やっつけてやっていたけれど。
一樹が格闘技をやり始めたのは、そんな
桃香を守るためだった。
〝一樹は、弥生さんも、私も殺してない。
辛いかもしれないけど、逃げるのは駄目だよ〝
桃香の赤みの強い目に涙がにじむ。
事実を突き付けられ、一樹はカッとなって
叫んだ。
「お前が死んだからいけないんだ!!
犯人に殺されたりしたから!!」
びくっ、と桃香が肩をすくめた。
一樹は自分を責めたい想いでいっぱいに
なる。
殺されたのは桃香のせいではない。
彼女は被害者だ。八つ当たりだと分かって
いるのに、どうしても口は止まらない。
「桃香に俺の気持ちが分かる訳ないだろ!!
残された俺は、どうしたらいいんだよ!!
なあ、教えてくれよ、桃香!!」
一樹は桃香の肩を掴んで揺さぶった。
胸の痛みをすべてぶつけるかのように、
彼女を責め立てた。
しかし、もう桃香は泣いてはいない。
一樹が好きな、凛とした瞳で彼を見据えて
いた。
〝ううん、一樹には、もうどうしたらいいか
分かってるはず。真犯人を、見つけて。復讐
なんていい。一樹のために、犯人を見つけて。
もう、私が夢に出るのはこれが最後だよ〝
「桃……香……」
ぐいっ、と桃香が一樹を引き寄せた。
力はこっちの方が勝っているはずだが、いとも
たやすく彼女に体を引き寄せられた。
彼女の桜色の唇が彼の唇に触れる。
夢のはずなのに、ここで初めて明確な感触が
感じられた。
温かい体が、唇が、一樹を癒していく。
〝さよなら、一樹。天国で待ってる。あなたは、
生きて〝
「桃香!! まだ行くな!! 俺のそばに……」
〝ずっと、あなたを見守ってるから〝
「桃香!!」
一樹は久々の温もりを手放したくなくなって
叫ぶ。
しかし、彼女は消えてしまい後には何も
残らなかった――。
目覚めた時、一樹はいつもの部屋にいた。
桃香はやはりいない。
だが、部屋にはふわりと桃の香りが満ち
ていた。
ちょうど、本当に桃香がいたかのように。
「桃香……」
一樹はぽつりと呟いた。桃香に呼びかけるが、
やはり彼女の返事は返らない。
それでも夢の余韻がまだ残っていた一樹は
悲しい気持ちにはならなかった。
桃香はもういないけれど、どこかで自分を
見守ってくれている。そんな気がした。
「一樹!! 開けて!! 食べないと、死ん
じゃうよ!!」
「おい!! いい加減にしないと桃ちゃんが
悲しむぞ!!」
「一樹さん!! 開けてください!!」
ドンドンと扉を叩く音が聞こえて来る。
一樹ははっとなった。
この声は斉藤千鶴と北原大地と八乙女瑠美奈の
声だ。あんなに酷い事を言ったのに、彼女達は
自分を見捨てなかったのだ。
一樹は泣きそうな気持になりながら部屋を
開けた。
何があっても、自分には、信じてくれる仲間が
いるのだ。
絶対に、桃香を殺した犯人をこの手で捕まえて
見せる。警察なんて、もうあてにはしない。
自分達だけで、犯人を見つけるのだ。
新たなる決意を胸に、一樹は今にも泣きそうな
顔をした三人を笑顔で見つめていた――。
諦めていた一樹が奮起するお話です。
夢の中で桃香を久々に登場させてみました。
これからもまだ殺人は繰り返される予定です。