第六話 ~屈する心~
木更津一樹部屋にこもっていた。
体が酷くだるい。目は泣き腫らして
真っ赤だった。
何かを食べたいとも思わなかった。
ただこのままずっとここにいて、死んで
しまいたいとさえ思っていた。
……飢えて死んだって構わない。
いや、むしろ死にたい。
こんな目に遭わされるくらいならこのまま
死んでしまいたい。
いつもの一樹ならば、残された友人達の事を
考えるのだろうが、今の一樹には友人達に対する
気持ちを考える余裕すらなかった。
と、ノックの音がその場に響いた。
一樹はのろのろと頭を上げ、暗い気持ちでベッド
から起き上がる。
ノックの相手が誰なのかという事は分かっていた。
出たくないけれど、出るしかないのだろう。
すっかり癖のついてしまった黒髪を、とりあえず
手櫛でとかす。
しかし、一樹が鍵を開けようとすると、扉は向こう
から開いた。
鍵をかけておいたはずだが、莉子か葉月にでも
マスターキーを借りたのだろう。
ここの鍵は基本的にはあの二人が共同で管理
している。
彼じゃなければいいのに、と思いながら一樹は
一縷の望みをかけて振り向くが、そこにいたのは
やっぱりあの警官、大江川大五郎だった――。
まるで囚人のようにうなだれた顔で連れて行かれる
一樹を、仲間達が痛ましげに見ていた。
止めたいけれど、止められないと分かっているので
何も出来ない。
ただの子供である事を、力がない事を彼らは心から
悔やんでいた。
「大丈夫かしら、一樹……」
斉藤千鶴が心配そうに栗色の瞳を曇らせる。
小さな拳が痛いほどの力を込めて握りしめられていた。
「一樹さん……」
八乙女瑠美奈にいたっては、青い瞳からぼろぼろと
涙を零してしまっていた。淡い金の髪の三つ編みを
くしゃくしゃにしたその姿は多分に痛ましい。
(ごめん、桃ちゃん。俺達じゃ、一樹に何も出来
ないよ。本当にごめん……)
大地は茶色の瞳を伏せて、すでに亡くなった
神無月桃香へと謝罪していた。
泣きそうになっているけれど泣かない。
自分が泣いたら、きっと彼女達も泣いてしまうと
思うと大地は泣く事が出来なかった。
どうしてこんな事になったんだろう、と千鶴は
思った。
ただ、皆で海で楽しく過ごしたかっただけなのに。
桃香は殺されてしまうし、一樹は罪を誰かになすり
つけられてしまうし、本当に最近不幸続きである。
どうにかしたいけれども、千鶴達だけでは大五郎を
言い負かす事も、一樹が犯人じゃないという証拠を
掴むのも難しそうだった――。
一樹は再び大五郎に詰問されていた。
一樹は一応はあそこにいた理由や、何故血まみれの
刃物を握っていたのかの理由も話したのだけれど、
彼は案の定話を聞いてはくれない。
「お前がやったんだろう」の一点張りだった。
一樹はすっかり落ち込んでいたので、つい彼の口車に
乗ってしまった。
もう疲れていた。やってもいない事をやったと
言われ、それを否定する事を。
「やったって言えば、俺の罪、本当に軽減してくれ
るんですか?」
やってもいない自分の罪を認めるのは辛い。
だけど、ずっと疑われ続けるのはもっと辛かった。
一瞬、脳裏に桃香の泣きそうな顔が浮かんだが、
一樹はそれを打ち消して彼を睨むように見つめた。
にやりと口元に笑みが浮かび、大五郎はいいだろうと
請け負う。
これでよかったんだよな、と一樹は思った。
どうしてこんな事になったのか本当に一樹は分からない。
ただ、千鶴や大地や桃香と一緒に楽しみたかっただけ
なのに……。
「俺がやりました。桃香も、弥生さんも俺が殺し
ました……」
あえて感情を消した顔で一樹は言った。
嘘をつくと口が曲がると言うが、真実を言っても聞き
いれてもらえないのなら仕方がない。
いくらでも曲がればいい、と一樹は思った。
「いい子だ」
大五郎がにやにやと小馬鹿にしたように笑う。
一樹は氷のような無表情で彼を睨むと、何も言わずに
部屋を退出した。
放っておいて欲しかったが、大五郎もついてくる。
「一樹!! もう終わったの!?」
千鶴が一樹に抱きつくように飛びついて来た。
しかし、一樹は彼女の顔を真っ直ぐに見る事が出来
ない。
黙って突き放され、千鶴は怪訝そうな顔になった。
「この子が認めたよ。桃香ちゃんも、弥生さんもこの子が
殺したらしい」
勝ち誇ったように大五郎が告げた。
瑠美奈、千鶴、大地の顔に明らかに驚愕の色が走る。
「そんな!! 嘘だよね、一樹!!」
千鶴が彼の胸元を掴んで揺さぶった。
一樹は黙って手を振り払うと、仲間達から逃げるかのように
そのまま歩き去った――。
ついに一樹が大五郎の取引に乗って
しまいます。自分でやった事でもない
罪を認めてしまう一樹。彼はどうなって
しまうのか!?
事件はまだまだ続きます。