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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
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第四話 ~第二の事件~

 木更津一樹は、わずらわしい気持ちで

目覚めた。

 今日もまた、取り調べは始めるの

だろう。

「一樹!! おはよう!!」

 能天気なほどに明るい声が部屋に

響いた。

 一樹の親友、北原大地の声である。

無理をしてそんな声を出しているのだ、と

一樹は分かっていたが、どうしてもわずらわ

しく想ってしまう自分に、彼は腹を立てて

いた。

 親友の気遣いを素直に受け取れない

自分に、苛立ちを感じる。

「おはようございます、一樹さん」

 八乙女瑠美奈も笑顔で言った。

斎藤千鶴も同じようにあいさつする。

 彼女達は、本当に心からの笑顔だった。

何がそんなに嬉しいのだろうか。

 一樹は慌てて苛立っては駄目だ、と癖の

ない短い黒い髪を持つ頭を振る。

 彼女達はちっとも悪くなんてないのに、

何故俺はこんなにも苛立ってしまうのだろう、

と一樹は思う。

「あんたにいい情報を教えるよ!!」

「今日はあの警官、いないそうなんですよ。

報告のために、警察署に行ってるん

ですって!!」

 一樹の顔がほっとしたように輝いた。

本当に、彼の尋問には困っていたのだ。

 久々に心からの笑顔が彼の口元に浮かぶ。

そのまま、彼らは上機嫌なままで朝食に

向かった。

「おはようございます」

 メイドの崎原葉月は笑顔で接客をしていた。

睦咲莉子も挨拶をして来たので、一樹達も

あいさつを返した。

「災難だったわね、あの刑事、訴えてやりたい

わよね」

 莉子は朝食の白い丸パンをちぎりながら言う。

一樹はあいまいに笑うと、葉月から差し出された

マグカップのココアに手をつけた。

 今日のメニューは、ココアと焼き立てのパン、

作りたての黄色いバターとイチゴジャムが添えて

あった。

 ジャムも手作りらしく、ルビーのような赤い色の

液体に少しだけ苺の粒が残っていて美味しかった。

 ジャムと同時にあつあつのパンにかけると、

バターはすぐにとろりと溶けていい匂いを周囲に

ばらまく。

 ココアは甘さ控えめなので、甘いジャムがついた

パンとの相性は最高だった。

 一樹達は笑顔でそれを平らげ、葉月に礼を言うと、

部屋に戻った。

 少し一人にして欲しいと言い残し、瑠美奈達と

別れ、一樹は一人になる。

 千鶴や大地は一樹が心配だから残ると言ってくれ

たが、一樹が二人の邪魔をしたくなかったのである。

 千鶴達は自分を心配してそばにいてくれるけれど、

恋人同士なので二人になりたいという気持ちだって

ない訳ではないだろう。

 その想いを隠してそばにいてくれる千鶴達に、

一樹はどこか心苦しい物を感じていた。

 桃香がいない今、自分は二人にとってお邪魔虫で

しかないとつい思ってしまう。

 一樹は木製のベッドに横になり、しばし目を

閉じた。

 悲鳴が聞こえてきたのは、すぐ後の事

だった――。



「きゃあああああっ!!」

 それは瑠美奈の声だった。

一樹は飛び起きると、声がした方へと向かって

走り出した。

 千鶴達も声を聞きつけてやってくる。

声が聞こえたのは、弥生和彦の部屋だった。

 戸をノックする前に、青ざめた顔の瑠美奈が

飛び出してくる。

 その服は前がはだけられており、彼女の青い瞳

には涙が浮かんでいた。

 亜麻色の髪は乱れてしまっている。

一樹は心配のあまり声を荒らげながら、瑠美奈に

聞いた。

 千鶴に落ち着きなさいよ、と肩を叩かれ少し冷静

さを取り戻す。

 大地も心配そうな色を茶の瞳に浮かばせていた。

「瑠美奈ちゃん、何があったんだ!!」

「あの人が、あの人が……」

 慌てたように出てきた和彦を指差し、瑠美奈は

一樹に抱きついて泣きじゃくるばかりである。

 だが、彼女の状況を見れば何をされそうに

なっていたか分かった。

 全員が睨むように彼を見ている。

「この子に何したのよ!!」

 千鶴は大人が相手だというのに、一歩も引かずに

彼を睨みつけた。

 しかし、和彦は冷汗を流しながら、切れ長の黒い

瞳を彷徨わせ瑠美奈を指でさして弁明を始める。

 その言葉に瑠美奈以外の全員が憤った。

一樹はきっと眉を吊り上げ、千鶴は栗色の瞳できつく

和彦を睨み、大地でさえも不快なのを隠そうとも

しない態度を取っている。

「この娘が誘ってきたんだ!! なのに、急に悲鳴を

上げて逃げ出して……」

「嘘です、私、そんなことしてません……」

 瑠美奈はすすり泣きの声を上げると、さらに強く

一樹に抱きついた。

 相当に怖い想いをしたのだろう、その小柄な体は

小さく震えている。

 一樹達は和彦の言葉を信じてはいなかった。

こんな幼い少女が、何故和彦のような大人の男性を

誘惑しなければならないのだろう。

「貴様……!!」

 瑠美奈の行動にカッとなったのか、和彦は瑠美奈を

守るように立ちはだかっていた千鶴を突き飛ばした。

 さすがに千鶴がきゃっと小さく悲鳴を上げて

バランスを崩し、大地が慌てて彼女を抱きしめる。

 だが、彼は瑠美奈を殴る事は出来なかった。

一樹が和彦が瑠美奈の元へ走って来たのに気付くや、

彼の腕を掴んで投げ飛ばしたのだ。

 腰を壁に強く打ち付け、和彦は悔しげに舌打ちした。

「往生際が悪いですよ、弥生さん」

 一樹は瑠美奈を守るように抱き寄せて冷たい声で

発言する。

 和彦は助けを求めるように視線を泳がせた。

その目が、ゆっくりと部屋から出てきた渚竜也を捕える。

「竜也……お前なら、分かってくれるな? 私の言って

いる事が間違っていないと……」

 安堵の表情になると、和彦は竜也に優しく呼びかける。

しかし、竜也は目をそらして冷たい声で言った。

「先生、嘘はいけませんよ。ちゃんと罪を認めてつぐ

なってください」

 和彦の目が大きく見開かれた。

一瞬何を言われたのか理解が出来なくて、信じられないと

でも言いたげな顔になる。

 実は、渚竜也と弥生和彦の関係は仕事仲間としてだけ

ではなかった。

 竜也は和彦に孤児院から引き取られた孤児である。

その日から、二人は親子のような関係になったのだ。

 その彼が自分を裏切るなんて、と和彦は愕然として

いた。

「裏切るのか、竜也!!」

 怒鳴られても、竜也は何も言わなかった。

ただ、気遣わしげに瑠美奈を見やるだけだった。

 諦めたように座り込む彼に、「すみません、先生」と

蚊の鳴くような声で竜也が言った言葉は、彼には届か

なかった――。


 そのまま彼らは部屋に戻る事になった。

瑠美奈が心配な千鶴は一緒に部屋に招き入れ、瑠美奈も

それを拒まなかった。

 心細かったのかもしれない。

一緒にいてくれた神無月桃香はもうおらず、瑠美奈は

千鶴がいないとずっと一人なのだ。

 心配だったので、大地と一樹はトランプなどの

すぐ出来るゲームを持って二人を訪ねた。

「お、気が利くじゃない二人とも! 何やる?」

「といっても俺、スピードとババ抜きしか出来ないん

だけどな……」

「あ、俺も~。瑠美奈ちゃんはその二つ出来る?」

「はい、トランプは好きなので出来ます」

 そのまま一樹、千鶴、大地、瑠美奈のトランプ

ゲーム大会が幕を開けた。

 まず、行われたのはスピードである。

ちなみに、スピードとは順番に手札の出せるカードを

なるべく早く出していくというゲームだ。

 たとえば、場に出ているのがAなら2、2なら

3という具合に。

「よ――し、スピードやろスピード、瑠美奈、あたしと

勝負ね!」

「はい、千鶴さん!」

 少しだけ瑠美奈の表情が明るくなった。

出来る限りの早さで二人はどんどんカードを出して

行く。千鶴の方が少し早いようだった。

「はい、あたしの勝ち~」

「も、もう一回やりましょう!」

「いいよ~」

 再び千鶴と瑠美奈のスピードの勝負が始まる。

しかし、今度も千鶴の方が一枚上手で瑠美奈が手札を

出し切る前に千鶴が最後のカードを場に置いてしまった。

「手加減してくださいよぉ!」

 瑠美奈がむくれたように頬を膨らませる。

最初は沈んだ表情だったが遊んでいるうちに、悔しそう

ではあるが笑顔を浮かべるようになっているようだ。

「じゃあ、次ババ抜きやろうか」

「はい!」

「あ、俺も入れろよ!」

 今度は一樹と大地も交えてのババ抜き戦になる。

今度は千鶴も楽々勝利、という具合にはいか

なかった。

「あ、私もうすぐ上がりです!」

「ちょっ、な、何でよお!」

「俺ももう少しで上がるな」

「俺もだぜ!」

 千鶴は、ポーカーフェイスが苦手だったのだ。

ジョーカーに手がかかると嬉しそうな顔をしたり、

ジョーカー以外の手札を抜かそうになると悔しそう

な顔をするのだから勝てる訳がない。

 キ――ッ!と千鶴はまだたくさん残っている手札を

床に叩きつけ、地団駄を踏んだ。

 一樹、瑠美奈、大地はすでに上がってしまったので、

彼女だけが上がれなかったである。

「もう一回やるわよ、もう一回!」

「千鶴もこりないな……」

「ふふふ、今度も負けませんよ千鶴さん」

「次も返り討ちにしてやるぜ、ちづ!」

 勝負はどんどん白熱していく。

結局千鶴はババ抜きでは勝てなかったが、結構楽し

かったようだった。

 窓から外を見ると日が沈んでいて暗くなりかけて

いるのに気付く。

 そのまま千鶴と瑠美奈はもちろん部屋に残り、

一樹と大地は自分達の部屋へと引き上げる。

 たわいのない馬鹿話でしばらく二人は盛り上がっ

たものの、眠くなったのでそれぞれのベッドにもぐり

込んだのだった――。


 しかし、一樹は突然の電話で眠りから覚めた。

部屋に置いてある、アナログな黒い電話が鳴ったのだ。

 こんな時間に誰だよ、と舌打ちしながら手を伸ばして

受話器を取り、耳に当てる。

「木更津一樹だな」

「誰だ……?」

 聞こえた声はボイスチェンジャーなどで変えてあるの

だろう、聞いたことのある声ではなかった。

 まだ寝ぼけた声で言うと、一樹は慌てて身を起こした。

「お前に面白いものを見せてやろう。これから弥生和彦の

部屋に行け」

「何で、そんな事お前に言われなくてはならないんだ?」

「神無月桃香と関係のある事だ。行かないのなら話はこれ

までだな」

「桃香だと!? 何か知ってるのか、おい!! 

おい!!」

 電話は一方的に切られた。

 一樹はむっとなりながらも、気持ちよさそうに眠って

いる大地は起こさずにそうっと部屋から抜け出した。

 すでに消灯されているのに気付き、一度部屋に戻って

懐中電灯を取ってから和彦の部屋へと向かう。

 鍵は空いていた。同質なはずの竜也は、出かけている

のか、どこにもいない。

 木製ベッドの前まで来ると、そこでは何故か和彦が

寝ていた。

 何故ベッドで寝ていないのだろうかと思い、一樹は

近寄ると、思わず悲鳴をあげそうになった。

 彼は眠っていたのではない。……死んでいたのだ。

彼の顔はひどくぐちゃぐちゃにつぶされ、胸にも何度か

包丁をさした後があった。

 よっぽど彼の事を憎んでいる相手が殺したのだろうか、

なんとも酷い有様だ。

「な、なんで……」

 そう呟いた瞬間だった。がつん、という音と共に

一樹は体をふらつかせる。

「うっ……」

 後ろから頭を鈍器のようなもので殴られたらしい。

一樹は頭がくらくらとしてこらえきれずにその場に

倒れ込んだ。

 弾け行く視界の中で見えたのは、男かも女かも

分からない、犯人らしき者の、フードをかぶった

姿だった――。


 ついに第二の事件が発生しました。

お偉いさんである弥生和彦が今回で

死亡します。一樹が昼間っから寝て

ますが、昨日よく眠れなかったって

事で……。

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