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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
4/35

第三話 ~容疑者は恋人~

 大江川大五郎はすぐさま全員を

リビングに集めた。

 死んだ桃香の様子を改めた彼は、

十時から十一時までが死亡時刻だろうと

考え全員の当時のアリバイを聞き出した。

 まずは桃香の一番近くにいた、八乙女

瑠美奈。

「わ、私はずっと桃香さんの隣にいました。

十時四十五分に一度だけお手洗いに行き

ましたが、その時は桃香さんは生きてました。

帰って来て、また一緒に寝ようとした時には

もう……」

 わっ、と顔を手で覆って瑠美奈は泣き

出した。

 瑠美奈と桃香の部屋からトイレに行くのに

十分。用を足すのに五分程度として、これでは

桃香を殺すのには時間は足りなそうだ。

「次、斉藤千鶴と北原大地だな。君達の話を

聞かせてもらおう」

「俺達は、その時二人だけでした。リビングで

いつの間にか眠ってしまっていたので……」

「大地はあたしと一緒だったわよ。お互いが

証人よ」

 栗色のツインテールを揺らしながら、千鶴は

大地をかばうように前へ出ていた。

 大地はそんな勇ましい恋人の姿に、少し

苦笑したような様子である。

「ふむ、リビングからは桃香さん達の部屋から

遠いな」

 よしんばこっそりとどっちかが抜け出した所で、

時間内に桃香を殺して後始末をして戻るのは不可

能だろうと大五郎は判断した。

 続いて呼ばれた睦咲莉子はブスッとした機嫌の悪

そうな顔だった。ショートボブの栗色の髪を手櫛で

とかしながら睨むように大五郎を見ている。

「こんなのプライバシーの侵害だわ……」

「すみませんねえ、これも必要な事ですから」

「いいわ、話してあげる。私はその時は渚さんと

一緒だったわ」

「俺イタリア語を勉強中なので、睦咲さんにご教授

願っていたんですよ」

 黒曜石のような黒い瞳を迷わせながら、渚竜也が

目を見開く島原葉月と弥生和彦に弁解するように

付け足した。

 二人がホッとしたように息をつき、何故か莉子が

つんと視線をそらす。

 何故かすねたような色が混じっていたのは気の

せいだろうか。

「葉月さんはその時食堂で明日の食事の仕込みを

してましたよね?」

「は、はい……。大五郎様は十時五十分頃水を飲みに

いらっしゃいましたよね」

 大五郎が葉月へと目をむけると、葉月はおどおど

した様子だったがしっかりと頷いた。

 これで和彦と一樹以外の全員にアリバイがある事が

分かった。

 和彦は憮然とした顔で「俺は部屋で寝ていた」と告げ、

竜也が「睦咲さんの部屋は先生の部屋とは近いですから

すぐに分かります」と補足した。

 ただ一人、一樹だけは青ざめたまま何も言え

なかった。

 彼には昨日すぐに部屋で寝てしまったのだが、その

後の事が大地に起こさせるまで何も覚えていなかったの

だった――。


 木更津一樹は、大五郎の尋問を受けていた。

質問ではない。尋問だ。

 明らかに、お前が犯人だろ、っていう顔だった。

ギロリと凄みのある顔で冷たく睨んできて、正直

一樹は怖かった。

「オレ、殺してません!!」

 一樹は思わず叫んだ。本当に犯人ではないのだから、

叫ばずにはいられなかった。

 一樹がやったという証拠は一つもない。

ただアリバイがなかっただけで、疑われるのは彼としても

不本意だった。

 それに何より、容疑をかけられているのが、愛しい恋人、

神無月桃香の殺人事件なのだから、不本意というしかない。

「桃香はオレの恋人です!! 恋人を殺す訳がない

でしょう!?」

 一樹は一応説明はした。眠くなってしまって、すぐに

眠った。

 大地に起こされるまでずっと部屋にいた、と。

 しかし、一樹と大地の同室の部屋は防音になっていて

部屋から音が漏れない作りになっていた。

 他の部屋は違うのだが、一樹達の部屋だけがそう

なっていたのである。

 これならばそっと抜け出したとしても誰にも気づかれ

ない。大五郎は一樹の証言を一切受け付けず、一樹を犯人

として全く疑っていなかった――。



 その頃、他の人達は。

それを外で待っているしか出来なかった。

 一樹を擁護する犯人でないという証拠も、彼らは

持っていないのだ。

「一樹さんが、桃香さんを殺す訳ありません。

あの人、ひどいです……」

 泣きじゃくる瑠美奈を千鶴と大地が慰めていた。

瑠美奈は千鶴達とは違い、桃香や一樹との付き合いは

長くない。

 この旅行で出会って助けられたのが出会いだ。

しかし、それでも桃香と一樹がとても仲がいいのは知って

いたし、一樹が桃香を殺したと疑う気持ちは一切なかった。

 莉子は何も言わないが、一樹に同情を感じているらしい

のは、しかめた眉でわかった。

 葉月は食事の支度のために席を外し、竜也はそれを手伝いに

行ったので二人はこの場にはいないが、和彦も一樹が犯人だと

疑ってはいないのだろう苦い顔をしていた。

 尋問は一樹の部屋――つまり防音設備のついた場所で

行われている。

 一樹の声も大五郎の声も全く分からない状態だった。

それでも、さっきの大五郎の表情から察するに一樹が犯人だと

疑われているのは明らかだ。

 この場にいる全員の意見は一樹が犯人ではないと一貫して

いるがどうやら大五郎だけは違うようだ――。



 大五郎の尋問はまだまだ終わりそうもなかった。

一樹は苛立った様子でただ大五郎の言葉を聞いている。

「恋人と仲たがいしたのかもしれないだろう? 仮定だが、

君は彼女に一方的に別れを告げられた。それで腹を立て、

君は彼女を殺した」

 あくまで大五郎は彼を疑っていた。

違うっ! と一樹が吼える。だが、それでも彼は考えを

曲げなかった。

 俺は、ただ桃香達と遊びに行っただけなのに。

ただ、楽しく過ごしたかっただけなのに。

 何故こうなってしまったのだろう。

ようやく解放された一樹は、さっきまで尋問に使われていた

部屋のベッドに倒れ込んだ。また明日も取り調べはある

らしい。

 地獄のようだった。殺してなんていないのに、

殺した殺したと言われると、本当に殺したと思い込みそう

だった。

 そのくらい辛かった。もう、嘘でも殺しました、と

言ってしまいそうなくらい辛い。

「一樹さん……」

 気がつくと、瑠美奈がそこに立っていた。

水の入ったグラスを持っている。

 青い瞳が今にも泣きそうに潤んでいた。

隣には、大地と千鶴もいる。

「ありがとう、瑠美奈ちゃん……」

 一樹は困ったように笑いながら、起き上がって水を

受け取った。一口飲んで、はあっ、と息をつく。

「大変でしたね、一樹さん。あの人はどうでも、私は

信じてますから!! 一樹さんの事、信じて

います!!」

「俺も信じてるぜ!! 一樹が桃ちゃんを殺す訳ない

からな!」

「あたしもだよっ!! 許せないよ、あの警官!!」

 一樹は心が和らいだ。信じてくれる人がいる。

こんなに心強いことはなかった。

「ありがとう……皆……ありがとう……」

 一樹は嬉しくなり、安心して涙を零した――。



 それでも、次の日も、尋問は開始された。

さすがに瑠美奈たちも怒ってしまい、文句を言いに

行ったけれど、見事に言い負かされてしまった。

 さすがは警察関係者である。

三人は文句を言いながらその部屋を離れた。

 尋問はもう五時間にわたっていた。

一樹は水も食料も取ることは許されていない。

 メイドの葉月がやってきたが、今はいらないからと

追い出されてしまい、何も出す事は出来なかった。

 六時間を切った頃だった。

「いい加減白状したらどうだね」

「やってもいないことを、白状なんてできません」

「今白状すれば、罪が軽減できるようにしてやっても

いい。もう質問もしないぞ」

 一樹は黙り込んだ。この男は、取引を持ちかけている。

一樹は考えさせてほしい、と言った。

 もう精神は極限状態だった。いつもの彼なら即座に断った

だろうが、何度も尋問を繰り返されるうちに、このまま罪を

認めた方が楽になるかもしれない、そう思い始めていた――。

 以前の作品にはアリバイ調査とか死亡推定

時刻の確認とかがなかったので追加しました。

 警察官にやってもいない事件の犯人に仕立て

上げられそうになった一樹は必至で抵抗しますが、

取引を持ちかけられ悩んでしまいます。

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