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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
3/35

第二話 ~第一の事件~

 他に洋館に泊まっていたのは、政治家だという

お偉い先生の弥生和彦と、その秘書、渚竜也。

 そして、旅館のオーナーの娘でイタリア語が

堪能だという女性、睦咲莉子。休暇中の警察

関係者、大江川大五郎だった。

 それで客は以上である。オーナーも経営者も

洋館にはおらず、メイドだという崎原葉月に

一任されているらしかった。

「何かありましたら、私におっしゃって

ください」

 ニコリと笑う葉月に、サッと手を挙げたのは

莉子だった。ショートボブの栗色の髪を揺らし、

睨むように彼女を見る。

 どうやら、ここのオーナーは彼女の父親らしく

一樹達は目を見張ってしまっていた。

「お父様は? おとといも思ったけど、なんで

あなたがここの全権を握ってるのよ、葉月サン。

経営者もどこへ行ったのよ」

「そんな事言われましても、私に全権を任せると

言ったのは、オーナーですわ。莉子さま」

「ふん、上手くお父様に取り行ったのね」

「違います!! 莉子さま、それは、オーナーに

対しての侮辱ですわ!!」

 かなりの大声で葉月は莉子を怒鳴りつけた。

莉子は、メイドに怒鳴られたという怒りよりも、

大人しい女性に大声を出されたという驚きが

勝ったようで、口をつぐんでいた。

 それから目をそらし、黙ったまま部屋を出て

行ってしまう。バタン、と扉が閉まる音が響いた。

「莉子さま!!」

 葉月は追うか追わないか迷っていたようだったが、

追うのをやめたようで、一樹たちに目を移した。

「何か入用なものは、ございませんか?」

「あの~……」

 続いて手を挙げたのは、一樹達のつれの少女、

八乙女瑠美奈だった。少しはにかんだように口

ごもりながら、彼女は口に出した。

「ジュースとかってありますか? 私喉が

かわいてしまったんです」

「分かりました、ルミナさま。……他の方は、

どうします?」

「私もお願いします」

「あたしも~」

「俺はお茶でお願いします」

「俺もお茶」

 神無月桃香、斎藤千鶴、木更津一樹、北原大地の

順に返事が返った。他の客達は手を上げなかった。

「かしこまりました」

 葉月は部屋を出て行き、少ししてから、注文の物を

持って戻ってきた。二人にはペットボトルの麦茶、

三人には缶のジュースが配られる。

 ジュースは種類がバラバラだったので、それぞれで

選ぶ事になった。瑠美奈がカルピス、千鶴がソーダ、

桃香が、偶然にも自身の名前に入っている字と同じの

桃のジュースだった。

「……桃香」

「なあに、一樹?」

 ジュースやお茶を飲み終わってしばらくが経った頃、

ふいに一樹は桃香に声をかけた。

 ジュースの缶を集めていた桃香が首をかしげる。

「ホテルの裏庭、行かないか?」

「うん、行こう一樹!」

 一樹と桃香は裏庭を散策する事にした。

一樹の誘いを、桃香は満面の笑みで受ける。

 瑠美奈達も誘ったが、千鶴達は洋館の探検がしたい

からと断り、瑠美奈は邪魔したら悪いですから、と

一緒には来なかった――。



 一樹と桃香は、木が茂る森のような場所を

歩いていた。鳥の声が聞こえて来て、桃香の

口が可愛らしく綻ぶ。

 あまりに嬉しそうに笑うので一樹も釣られて

笑った。

「いいね、こういう所。涼しいし、鳥もいるし。

他の動物いないかな、栗鼠とか!!」

「そうだな、すごくいいな。誰も来ないし」

 一樹は彼女の細い肩に手を置くと、そのまま

桃香を抱き寄せた。彼女の頬が名前の通りの

桃色に染まる。

 だが、嫌がりはしなかったので、彼はさらに、

痛くないくらいまで力を込めた。

「好きだよ、桃香」

「私も、一樹が、好き……」

「これ、桃香にやるよ」

 一樹は彼女に香水の小瓶を手渡した。

それは、一樹が桃香のために香水が売っている

店を探し回って見つけた一品だった。

 そっ、と小瓶のコルクを抜いた桃香は、香水

から甘い桃の香りがするのに嬉しそうな顔に

なった。

「ありがとう、一樹……」

 二人の唇が近づき、桃香が目を閉じる。

一樹と桃香の唇が重なった。

 と――。

「きゃあっ!!」

 悲鳴が聞こえて来て、彼らはギョッとなって

離れた。誰だ!! と一樹が誰何の声を上げると、

ガサガサと草をかき分ける音の後、顔を真っ赤にした

瑠美奈が出てきた。

 ……全て見ていたようだ。桃香と一樹がキスした

事も、一樹が桃香を好きだと言った事も。

「ご、ごめんなさい、私、迷っちゃって!! 

そしたら、一樹さん達の声が聞こえた

から……」

「俺も、ごめん。大声出しちゃって……。一緒に

戻ろうか」

 申し訳なさそうな顔をしながらも、瑠美奈が頷いた

ので、彼らはとりあえず洋館に戻る事になった。

「お邪魔、しちゃったみたいでごめんなさい……」

「じゃ、じゃ、邪魔なんてしてないよ~」

「こ、子供はそういう事を気にしなくていいんだよ、

俺達はちっとも邪魔とは思ってないからさ」

 瑠美奈が再度謝って来るので、少し赤くなりな

がら一樹達が怒っていない事を示す。

 瑠美奈が安堵の表情になったので、一樹と

桃香は微笑ましい思いで笑った。

 悲劇が起ったのは、その翌日の事だった――。



 その夜、全員は洋館の広間に集まり、コーヒーを

飲んでいた。葉月が全員に淹れてくれたのだ。

「一樹さん、どうぞ」

「ありがとう、瑠美奈ちゃん」

 葉月を手伝っていた、瑠美奈からコーヒーを受け

取り、砂糖とクリームを入れてから一樹はそれを

すすった。

 他の人達には、葉月が配っている。

桃香は角砂糖を二つ落としてクリームはなし、大地は何も

入れないブラック、千鶴はクリームだけ、瑠美奈は角砂糖

三つ、葉月と莉子は角砂糖二つにクリームを入れて

飲んでいた。

 他の客達はブラックコーヒーのようだ。

コーヒーを飲んだ後、ほとんどがそこに残ったが、莉子は

自室に戻り、一樹・瑠美奈・桃香も部屋に戻った。

 部屋割りは桃香と瑠美奈が一部屋、一樹が一部屋、大地と

千鶴が一部屋、大五郎が一部屋、莉子が一部屋、竜也と

和彦が一部屋、葉月が使用人部屋を一部屋使っていた。

 最初の部屋割りでは悪いからと断っていた瑠美奈だったが、

やっぱり不安もあったのだろう桃香に一緒の部屋に入れて

くれるようにお願いしていた。

 妹のように思っている少女のお願いに、くすくす笑い

ながら桃香が了承したのは言うまでもない。

 千鶴達は葉月達と一緒にトランプでカードゲームをする

ようだ。一樹は何故かまだ眠るにはまだ早い時間だという

のに眠気を覚え、すぐに部屋に戻るとベッドにダイブして

眠ってしまった。

 それが、彼の不幸の始まりだった――。



「きゃあああああああっ!!」

 夜の十一時頃の事だった。

瑠美奈の悲痛な声がホテル内に響き渡り、ぎょっと

なった客達が起きた。

 あの後、千鶴達は広間でそのまま眠ってしまったの

だが、驚いて桃香の部屋に急いだ。

 扉が次々と開き、莉子達も慌てて桃香と瑠美奈の

同室へと飛び込んで来た。瑠美奈は小さく震えて

青ざめている。

 桃の花のきつい匂いが部屋に立ち込めていた。

そして、部屋のもう一人の住民である桃香は、

胸をナイフで差されて死んでいた。

 ピンクの水玉模様のパジャマの胸元を鮮やかな

血で染め、愛しい人の抱擁を求めるような恰好で。

「桃!! どうして、なんで桃が死んでるのよ!!」

「わ、私、昨日桃香さんと一緒に寝てたんです!!

 でも、トイレに行って、帰って来てそれからもう

一度寝て、寝苦しくて起きたら、し、死んでて……」

 瑠美奈はボロボロと涙を流し始めていた。

千鶴と大地は青ざめたまま泣く事も出来ずに、彼女の

死体を見つめていた。訳が分からなかった。

 信じたくなかった。……だって、彼女はつい四時間

前まで元気で、明るく笑っていたのだ。

「桃ちゃん……」

 大地が震える声で語りかけるが、桃香はぴくりとも

動かなかった。その事が桃香が死んでいる、という

事実を肯定する。

「桃……っ、何で……っ!」

 栗色の長い髪を持つ微かに震える恋人の頭を、無言で

大地は抱えるように抱きしめた。

「……あれ? 一樹さん、いませんね」

 今の今まで、桃香の死の衝撃で頭が混乱しており、

二人は駆けつけた人達の中に一樹がいない事に気づいて

いなかった。幼馴染であり、桃香の恋人であるはずの

彼が。鼻をすすり上げながら言った瑠美奈の言葉で、

ようやく彼女達は気づいたのだった。

 悲しそうな顔をしていた莉子、竜也、和彦、大五郎、

葉月もハッとなったように目を見開いていた。

「……お、俺一樹呼んでくる!」


 大地はすぐに一樹の部屋へと向かい、どんどんと強く

戸を叩いたけれど、彼の反応はなかなかなかった。

 大声で呼んでも返事がない。

仕方なく部屋に入ってベッドから蹴り落とすと、やっと

一樹は目を覚ました。

 彼は元々寝起きが悪い方ではない。

大地は首をかしげたが、そんな場合ではないと我に

返った。

「なんだよ、大地……。いきなり……」

「大変なんだ、一樹!!」

「は?」

「桃ちゃんが、桃ちゃんが、死んでるんだ!!」

「なんだって!?」

 一樹はそれを聞いて覚醒し、慌てて桃香の部屋に飛び

込んだ。彼女の死体を目にすると、さっきの大地や千鶴

同様に信じられないと言わんばかりに目を見開きいて

固まる。

 震える手をそっ、と伸ばすと、もう動く事もしゃべる

事もない冷たい体を抱きしめ、大声で泣いた。

「なんでだよ、桃香。昨日はあんなに元気で……桃香

あああああああっ!!」

 誰も何も言わずに、悲しそうに目を伏せていた。

警察関係者の、大五郎以外は……。

 主人公のヒロインである桃香が死んでしまう

第一の事件を執筆しました。

 コーヒーの飲み方や部屋割りなどの設定を

以前執筆した奴に追加してあります。

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