第三話 ~他の部屋の住民達 その2~
バチン! バチン!と叩く音が三十回は
響いただろうか、一樹達が困ったような顔
になる中、ようやく少年は解放された。
叩かれたお尻が痛かったのだろう、ぐすっ
と鼻をすすりあげながら涙目で青年を睨むが、
青年は悪いのは坊ちゃんですからね、と涼
しい顔である。
「ほら、坊ちゃん、あの方達にきちんと
謝ってください」
「……な、何で俺が、謝らないと……!」
涙を袖で拭うようにしながら少年が反論
しようとするけれど、青年に睨むように見られ
ううっと呻く。
渋々斉藤千鶴、北原大地、木更津一樹の元
へとやって来るや、彼はごめんなさい、と小
声で謝った。
さすがに目を潤ませた子供に謝られてそれ
でも許さない、と言ってしまうほどには千鶴は
大人げなくないのでわ、私もごめんね、と言い
ながら本を渡してやった。
その後、青年に指示されるままに少年は渋々
一樹達に名乗った。青年も少年に続いて名を
名乗る。
「ノール・フェイトン……『人魚姫の間』に
滞在してる……」
「私は、美香山静と申します。
坊ちゃんの隣の部屋、『アラジンの間』に滞在
しております」
少年――ノールはすっかりすねたような顔に
なってしまっていた。
青年――静はそんな彼に苦笑しつつなだめる
ように頭を撫でている。
最終的にはノールも機嫌を直したようで、
一緒に『人魚姫の間』に入って行った――。
風のような人達だったな、と思いながら一樹
達は開いたソファに座った。
と、ロビー近くの客室の扉が開き、少女達が
きゃいきゃいと楽しそうに笑いながらこちらに
歩いてくるのが見えた。
双子なのだろうか、顔立ちがよく似通って
いる。
「あ、ここ開いてますか~?」
双子の片方、少しだけ藍色がかった黒い髪を
長く伸ばし、同色のぱっちりとした大きな目を
輝かせた少女が一樹達に聞いて来た。
双子のもう一人、短い少しだけ藍色がかった
髪に、やっぱり双子の片方と同じ瞳を持つ少女も、
一樹達を上目使いに見上げている。
「駄目、ですか?」
元々ソファはかなり大きい物だったので、一樹
達が三人座ってもスペースはまだまだ余っている。
それに、元々これは一樹達の所有物ではない。
一樹達に反対する理由などなかった。
「開いているから、大丈夫だよ」
「よかったら、俺達と少し話さないか? まだ朝
食の時間じゃないし、暇だった……うげっ!?」
「ナンパと勘違いされるようなセリフ吐くんじゃ
ないわよ、馬鹿! ……ごめんね、この馬鹿の事は
放って置いていいから仲良くしてね?」
一樹がにっこりと笑い、大地もにこやかに笑い
ながら暇だから会話をしないかと誘いをかけるも、
ムッとなった千鶴に脇腹にどすっと肘鉄を決められ
てしまった。
ナンパと勘違いされそうな事を言うな、と本人は
言っていたけれど、これ完全な嫉妬だな、と一樹は
思う。
双子の少女達は一瞬ためらいを見せたようだが、
悪い人達ではないと思ったのだろうにっこり笑うと
同じソファに腰下した――。
二人はそれぞれ、潮瀬汀と、潮瀬海、
だと名乗った。
どことなく水に関する名前なのは、藍色がかって
いる髪の色からの連想なのかもしれない。
長い黒髪の方が姉の汀、短い黒髪の方が妹の海、で
あるらしい。
「私は『千匹皮の間』、海は『がたがたの竹馬小僧の
間』に滞在しています。よかったら、皆さんで遊びに
来てくださいね」
「ロビーの近くなので、分かりやすいと思います」
そう言われた一樹達だったが、その部屋の元である
作品の事が分からなかったので首をかしげて
しまった。
すると、それに気づいた海が教えてくれる。
「千匹皮も、がたがたの竹馬小僧もグリム童話
ですよ。千匹皮は、亡くなった王妃様に瓜二つ
だったお姫様が、父親である王様に求婚される
お話です。もちろんお受けする訳にはいかなく
て、星のドレスや月のドレスや太陽のドレス、
そして千種類の獣の皮から作られたコートを
ねだるんです」
「でも、王様はそれを全部作られてしまって、
王女はその道具を持って逃げたのよね~。その時、
千匹の獣から作られたコートを着ていたから、
千匹皮なの~」
少女達はグリム童話に詳しいのか、すらすらと物語を
話してくれた。
海も汀も好きな話だったらしく目がきらきらして
いる。
「それで、続きはどうなるの?」
「王女はその後別の国の狩人に捕まって、その
国の王様が下働きの少女として雇い入れてその国で
働くんです。そして、何度かパーティーが行われるん
ですが、その時に王女はこっそりコートを脱いで星や
月や太陽のドレスを着るんです。翌日には王女は下働
きに戻っているんですが、パーティーの時にその国の
王様とダンスをして、王様に見初められるんです」
「そして、最後の日に王様が王女に指輪をはめ、それに
気づかなかった王女は下働きに戻るんだけど、王様に
正体がばれて結婚するのよね~」
海と汀はそう話をしめくくった。
話によってはろばの皮をねだってろばの皮と呼ばれたり、
名付け親である妖精が出て来たりするらしい。
ちなみに、彼女達は童話や民話などが大好きで、その
モチーフや名前が登場するこのホテルに来たのだという
事だった。
「じゃあ、がたがたの竹馬小僧はどんなお話?」
興味が出て来たのか、千鶴が海と汀に聞いた。
大地と一樹もその話は知らないので、少し興味がある。
「がたがたの竹馬小僧は、ルンペンシュティルツヘンとも
いうのよね~」
「主人公はまずしい粉ひきの娘さんなんですが、ある日王
様が家に立ち寄るんです。舞い上がった父親が、娘はわらを
紡いで金を作る事が出来るとでまかせを言った事から、お話が
始まります」
「そして~、娘は王様に連れていかれわらを紡がされるの
よね~」
「でも、それは嘘は訳だから娘にはわらを金にする事は出来
ません。そこに助けに来たのが、小人――ルンペンシュティ
ルツヘンでした。首飾りや指輪を代償に、何度もわらを紡いで
金にしてくれたんです」
「でも~最後の日、娘はあげる物がなくて王様との子供を
あげる約束をしたのよね~」
「娘は最後の日に、全部のわらを紡いだら結婚する、と王様と
約束を交わしていたんです。その約束は無事果たされ、王様と
娘は結婚するんですが、子供が生まれた時小人がそれをもらいに
来るんです。あまりに娘が泣いて連れて行かないでくれと頼む
ので、小人は自分の名前を当てられたら連れて行かない、と
約束しました」
「そして~娘は使いを出して名前を探り、ルンペンシュティ
ルツヘン(がたがたの竹馬小僧)の名前を当てるのよね~」
少し長くなってしまったが、海と汀の潮瀬姉妹によるグリム
童話講座が終わった。
分からないお話があったらいつでも教えると言ってくれた
姉妹と、これから仲良くなりたいと思いながら一樹達は
部屋に戻って行く彼女達に手を振った――。
はい、問題児坊ちゃんと教育係に
続き、別の部屋の住民も公開です。
双子ちゃんを出してみました。
姉がのんびり屋、妹がしっかり者
タイプです。グリム童話のお話
説明が入っているので、ちょっと
長めになっちゃいました。




