第一話 ~ようこそお伽ホテルへ~
木更津一樹、斉藤千鶴、北原大地の
三人は、生前一樹の恋人であり、千鶴と
大地の幼馴染である神無月桃香が買って
いたという、チケットを桃香の母親から
受け取り、旅行に出発する事になった。
旅行に行って、大事な人を亡くした
ばかりだったのだ。
本来ならば、もう少し日をおいてからに
したかったのだが、チケットの期限がそん
なに長くなかったのと、桃香の想いを
無駄にしたくない一心だった。
「……これで、よかったんだよね、桃……」
一樹も、大地も、悲しそうに呟く千鶴に
何も言えなかった。
栗色の瞳を潤ませ、同色の髪のツイン
テールを持つ頭を震えさせる千鶴には。
大地があえて明るく言い出したのは、
かなり後になっての事だった。
さすがに、いつもムードメーカーの彼
であっても、ここまでしょげている恋人
にはなかなかふざけにくかったのかも
しれない。
「まあまあ、ラッキーだったじゃん!
桃ちゃんはいないけど、俺達だけ
でも来れてさ!」
「……」
しかし、千鶴の返事は無言だった。
大地はちづ、何だよぅ!と叫んで場を
盛り上げようとしている。
一樹は、二人で行って来いよ、と何度
言いかけたかしれなかった。
一樹のそばにいると、千鶴も大地も必要
以上に仲良くする事が出来ない。
恋人なのだから、本当は二人で過ごしたい
だろうに、自分は邪魔なのではないだろうか、
と何度も思った。
でも、桃香にもらったチケットだと思うと、
一樹は行かない訳には行かなかった――。
バスと電車を乗り継ぎ、さらに船に長時間
揺られてようやく一樹達は目的地へとついた。
かなり、長い距離だったので疲れつつも三
人は今宵の宿――ホテルへと向かう。
「いらっしゃいませ! お伽話ホテルに
ようこそ!」
出迎えた女将は、かなり若い女性だった。
いや少女といってもいいかもしれない。
さすがに一樹達よりは年上だが、まだ二十
歳にはなっていないだろう女将だった。
ウェーブした長い黒髪に、ぱっちりした
漆黒の瞳は可愛らしい印象だ。
「お伽話ホテル?」
「はい、ここでは、お伽話にまつわる部屋や
モチーフがあるんですよ。かなり昔の宿泊
施設なんですが、初代のオーナーの趣味
だったらしくて……」
一樹達はお伽話にあまり詳しくなかった。
有名な作品ならば知っているが、小さい頃に
見たきりなのでそこまで多くの作品を知って
いる訳でもない。
桃香だったら、喜んだかもしれないけれど。
「お部屋にご案内しますね」
女将がにっこりと笑ってそう言ったので、
一樹達ははい、と頷いた――。
ホテル内部はかなり広かった。
華美ではないけれど、こざっぱりとしていて
綺麗なので一樹達はすっかりこのホテルが
気に入ってしまっていた。
確かに、お伽話モチーフなのだろう、扉の
前にそれぞれのお話がモチーフになったよう
な飾りがついていた。
まず、案内されたのは千鶴の部屋だ。
「斉藤様のお部屋は、『いばら姫』の間に
なります」
「いばら姫? って何だっけ……?」
「眠り姫とも呼ばれますね、王子様が助けに
来られるまで、ずっと眠っておられたお姫様
ですわ」
いばら姫と聞いても一樹達はぴんとこなかっ
たが、女将に眠り姫とも呼ばれると言われああ、
と思った。
大地がいつもの調子をだんだん取り戻して
来たらしく、にやにやしながら言った。
その頃には、一樹も千鶴も桃香が亡くなった
事に対する悲しみが癒えた訳ではないけれど、
多少楽しむ気持ちになっていた。
「いばら姫だってよ、ちづにぴったりだな」
「あたしが美人って事?」
「違うよ、とげとげしてるから、いばら姫ぴっ
たりって事」
「大地!」
次の瞬間、千鶴の平手が大地の頬を捕えて
いた。バッシーンとかなりいい音が響く。
あーあ、と一樹は思った。
「ほ、ほんとの事だろ!?」
「何よ、どうせ態度がとげとげしてるわよ、
馬鹿大地!」
ぎゃんぎゃんと言い合う二人は放置する事に
して、一樹はお話先に進めて大丈夫です、と
ぽかんとしている女将に言った。
女将はハッとなったようで、次の一樹の部屋
へと案内してくれた。
千鶴の部屋にはとげのついた蔓草のモチーフ
だったが、一樹の部屋は灰色のカードのような
物がついている地味な物だった。
「木更津様のお部屋は、『灰かぶり姫』の間
です」
今度は、聞かなくても一樹達は分かった。
シンデレラの部屋、という意味だろう。
「へぇ~一樹ってどっちかっていうと家庭的だし、
ぴったりじゃないシンデレラ」
「な、何か複雑だな男なのにシンデレラって……」
千鶴にそう言われても一樹としては、あまり
嬉しくはなかった。女性だったら嬉しいだろうが、
一樹にとっては家庭的でシンデレラぴったりと
言われてもいい気分にはなれない。
女将はやり取りに苦笑しつつ、最後に大地の
部屋へと案内してくれた。
大地の部屋のモチーフは、縦笛のようなマークが
ついていた。
「北原様のお部屋は、『ハーメルン』の間でござい
ます」
ハーメルンで縦笛モチーフという事は、十中八九
ハーメルンの笛吹きだろう、と一樹達にはすぐ
分かった。
「確か、ハーメルンの笛吹きって、口が上手い奴
だったわよね、お調子者の大地ぴったり!」
「ち、ちづ~っ。さっきのは悪かったってばあ!」
情けない声で恋人に謝る大地に、女将も一樹もつい
つい笑ってしまった。
女将は慌てて笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を手の甲で
拭いながら、「私は『雪の女王』の間にいるので、何か
あったらお呼びください」と言い残して去って行った。
夕食まではまだ間があるので、三人は自動販売機で
一樹はアイスコーヒー、千鶴はオレンジジュース、
大地はアイスココアの缶を購入し、これからの事を話し
合うために一樹の部屋へと集まる事にした――。
ついに旅行スタートしました。
事件の舞台となる、お伽話ホテルに
到着です。まだ人数少ないですが、
そのうち増える予定です。




