エピローグ ~最後の被害者~
ふぅ、と八乙女瑠美奈を名乗って
いた少女――ファントムは、息を
ついた。
すっかり濡れたと髪を、まるで大型
犬のような仕草で雫を払おうとしている。
窓から身を投げた彼女は、生きていた。
元々、ファントムは戦闘訓練のような物も
幼い頃から受けさせられていたので、怪我
一つする事なく着地出来たのだ。
下が、海だったというのも幸いだった
だろうが。
「……今頃、あの女どうなってっかな」
多分、毒が回ってもう死ぬ頃だろう。
『uranusu』が彼女に送った、ペットボトルの
お茶に入った毒は、即効性ではない。
じわじわと、少しずつ効いてくる最悪な
物だった。
惜しげもなく白い肌をさらしながら、
ファントムは濡れた服を絞る。
彼女は特殊な生活をしており、同年代の
少年達とも寝起きをしているのであまり
そういう事に頓着する性格ではなかった。
(誰か、いやがるな。――まあ、あのへっぽこ
探偵と、その仲間達はいないよな。あの女の
恋人も僕が連絡を入れた、院長が連れてった
から、復讐の線は多分、ない)
チッ、と舌打ちを打ち、ファントムは服の
内部にいつも隠し持っている、小型のナイフを
取り出した。
これは殺す用の武器ではなく、身を守る
護身用の武器だ。
殺すために持たされた武器は、すでにあの
場所で使い尽くしてしまった。
「――出て来いよ」
元々、ファントムは自分の命に価値など見出し
てはいない。
ただ、「彼」を殺すためには、まだ死ねない、
とは思っているが。
「そこにいるの、分かってるんだぜ?」
「……知って、いますよ」
木の陰から出て来たのは、大江川大五郎だった。
ファントムとしては、彼にあまり好感は持って
いない。
「あんたかよ。僕を、捕まえに来た、って訳?」
「捕まえる気なんてありませんよ。寧ろ、私は
あなた方に協力しに来たんですから」
そういえば、あいつは変な行動ばかりしていたな、
とファントムは思う。
まあファントムとしてはあまり彼が不都合を生じ
させる事もしていなかったので、基本的には放って
おいていたが。
「あんたが、僕らに協力?」
「そうです! 私は、あなた達の秘密を全部知って
います! それに、好きなんですよ、こういう殺人
事件がね!」
「僕は別に、好きでもなんでもないけどね」
「これからも、協力させていただいて、殺人事件を
そばで見させていただきたいんですよ。――私が警察
関係者だって事、忘れないでいただきたい。いつでも、
あなた達の組織を壊滅させられるんですよ」
くっ、とファントムは笑った。組織を壊滅だって?
出来るものならやればいい。出来る、ものならば。
でも、こいつはいらない、とファントムは思った。
こいつでは、自分の目的を果たす事など出来ない。
「――あんた、もう用済みだぜ?」
「……ぐ、あ……」
音もなく大五郎に近づいたファントムは、ためらう
事なく彼の胸にナイフを突き刺した。
そして、それを音もなく抜き放つ。
「じゃあな――大江川大五郎」
ひらひらと子供っぽく手を振ると、ファントムはもう
一度も彼を振り返る事はなかった――。
はい、今回で、悲月殺人事件
完結です。次のお話からは、新たな
殺人事件になります。
といっても、次はもうちょっと
ほのぼのしたシーンも入れてから、
殺人事件発生という流れにしたいと
思います。




