第二十一話 ~依頼者の終局~
「き、木更津、君……!?」
何で、と本物の八乙女瑠美奈は、
青ざめた顔で口を開いた。
ファントムが、彼女の姿を借りて
いたというのは事実なのだろう、
淡い金の髪と青の瞳は、彼女の仮の
姿に似通っていた。
もっとも、年齢や身長までは調整
出来なかったのか、本来の八乙女
瑠美奈は一樹と同年代に思える
少女だったが。
小柄な方なのだろうけれど、
ファントムと比べると明らかに
本物の方が背が高い。
木更津一樹は険しい表情で彼女に
近づいた。
「……君が、本物の、八乙女瑠美奈、
なのか?」
「……」
瑠美奈は小さく震えており、一樹の
質問に答える様子がない。
唐突に好きな相手が、それも自分を
捕まえるために警察まで呼んで来たの
だから、それも無理はないのかもしれ
なかった。
しかし、一樹も斉藤千鶴も、北原
大地も彼女に同情する気にはなれ
そうにない。
元々、彼女の以来が原因だったのだ。
神無月桃香が、彼らの大切な女性が
死んだのは。
もちろん実際に殺したのは、彼女では
ない。
殺人組織『uranusu』のメンバーを名
乗った少女、ファントムだ。
でも、桃香を殺すようにと彼女が依頼を
しなかったら、桃香は今頃生きていた
だろう。
そう思うと、彼女に対して悪意のある
感情しか抱けない三人だった――。
そもそも、何故一樹達が彼女の家を
知る事が出来たのかというと、ファン
トムがこっそり落としていった一枚の
紙切れが発端だった。
わざと落としていったのか、それとも
間違って落としてしまったのかは一樹達
には分からない。
でも、その事だけは彼女に感謝するべき
だろうか。
紙切れに書いてあったのは、一樹達が
知りたかった依頼人の少女の住所。
そして、ご丁寧にも地図までもが書いて
あった。
子供にはにつかわしくない書き方なので、
ひょっとしたら本物の瑠美奈がだまされて
書いた物なのかもしれなかった。
あれから、一樹達は紙切れを頼りに依頼
人である瑠美奈を探し、彼女の家を見つけて
から警察に通報したのだった。
殺人サイト『uranusu』もしくは、殺人
集団『uranosu]』を使っての殺人は前も
あったのかもしれない、警察は一樹達の話を
信じてくれた。
正直、一樹達は警察官達がなかなか信じて
くれず、説得に時間がかかると思っていた
ので拍子抜けだった。
大江川大五郎と、渚竜也は、この場には
いない。
大五郎は事件が終わった後何故か姿をくら
ませていて、竜也は元いた孤児院の院長が
迎えに来て彼を連れて行ってしまったのだ。
白い髭を生やした優しげな老人である院
長は、悲しげな顔で彼は精神病院でリハビリを
受けるしかないかもしれない、と言っていた。
大事な人達を立て続けに無くし、しかもその
一人は自分が裏切ったと告げられた竜也は、
もはや殺してくれ、としか言わなくなって
しまったのだ。
そういえば、院長に連絡したのは誰だったの
だろうか、と大地はふとこんな時だというのに
思ってしまった。
「ち、違う……。木更津君、私、違うの。な、何を
聞いたか知らないけど、み、皆嘘なの! 嘘っぱち
なのよ!」
瑠美奈は目を泳がせながら、必死で言葉を言い募
ろうとするが、その様子は真実を告げている者の顔
ではなかった。
明らかに、嘘を誤魔化そうとする者の顔だ。
一樹は黙れと言わんばかりに彼女を睨みつけ、ひっ、
と瑠美奈が小さく息を呑んだ――。
「――何が、嘘だって言うんだよ」
「わ、私、私……っ」
一樹の黒い瞳が鋭さを増し、さらに怯えたように
瑠美奈が青い瞳を潤ませる。
今にも殴りかからんばかりの迫力を感じ、つい
大地は止めに入ってしまった。
「か、一樹! 気持ちは分かるけど、今この子を責め
たって仕方ないだろう!?」
自分だって腹は立っている。けれど、彼女を責めた
って桃香は帰っては来ないのだ。
「大地は黙っててくれ!」
そう、言いたかったのだけれど、いつもの優しい彼
とは思えない剣幕に、つい大地は口を閉ざしてしまった。
千鶴は、一樹の気持ちが分かるのかさっきから黙った
ままだ。
「……人殺し」
「だ、だって、それは……」
「それは? 何? 桃香が、悪かったとでも言う
つもり?」
「だ、だってあの子、木更津君にいつも馴れ馴れ
しくて……」
「桃香は、俺の幼馴染で恋人だ。親しくて当然だろ」
一方的に瑠美奈を責める一樹に、大地も千鶴も何を
言ったらいいのか分からなかった。
もし、彼らだって同じ理由で大事な人を亡くしたと
したら、きっとその依頼人を責めるに違いないからだ。
次第に、青ざめていた瑠美奈の目にじわりと涙の粒が
浮かんで来た。
いつもの一樹ならば、責めた相手にそんな反応をされ
たら許したかもしれないが、今日の一樹は簡単に彼女を
許す事なんて出来なかった。
大切な人はもう二度と帰って来ない。
その事が一樹の憎しみを強めてしまっていた。
「……っく……!?」
と、しゃくり上げそうになった瑠美奈は、ここで急に
苦しげな顔になって喉に手を当てた。
怪訝そうな顔になった一樹が、瑠美奈を責めるのを
止めて彼女を見つめる。
その目は悲しみではなく、恐怖に見開かれていた。
「……なに、これ……く、苦し……! ――あ、
さっきの、お茶……ひょっとして、毒、が……」
毒!?と三人の声がハモる。警察官がぎょっとなった
ように、瑠美奈に駆け寄った。
「……て、……すけて、助け、て、きさらず、くん」
「……」
警察官の一人が、瑠美奈の背を優しくさすったが、
彼女の表情は苦悶の表情のままだ。
目からぼろぼろ涙を零し、口元から血を吐きながら、
瑠美奈は一樹に助けを求めるように手を伸ばしたままの
態勢で、息を引き取った。
一樹は、死ぬ間際の彼女に優しくしてやれなかった自分
を、なんて愚かな男なんだろうと思った。
毒を飲まされたらしい彼女を、医者でも神様でもない
自分は助ける事は出来ない。
それは分かっていたけれど、もっと優しくする事は
出来た。
最後に、手を握るくらいの事は。
でも、自分は憎しみを捨てきれず、彼女に近づきさえも
しなかった。
これが、『uranusu』に依頼した人間の終局……。
なんという結末なのだろうか、と一樹は思った。
警察官も、千鶴も、大地も、衝撃のあまり誰も動け
ないまま凍り付いていた。
一樹は亡くなった瑠美奈の瞳を、優しい動作で閉じ
させると、『uranusu』を潰す決意を固めたの
だった――。
とりあえず「悲月殺人事件」は
これで終わりです。後、エピローグ
だけ書いたら次の事件に移ります。
気が向いたら、ファントム視点の
おまけもいつか投稿するかもしれ
ません。どうしても暗くなりがち
なので、ギャグ調で。




