第二十話 ~亡霊の名を持つ少女は絶叫す~
「僕の事なんか何も知らない
癖に、勝手な事ばっか
言うな!!」
八乙女瑠美奈を名乗っていた
少女――ファントムは怒鳴る
ように喚いた。
ようやく、彼女の本来の性格と
表情が見えた、と木更津一樹は思う。
ファントムは大人びた表情も、
あざけるような演技も全てかなぐり
捨てたように叫んでいた。
絶叫するかのような声だった。
青い瞳がぎらつき、淡い金の髪が怒
りを含んだかのように激しく揺れる。
北原大地、斉藤千鶴、大江川大五郎は
そんな彼女の豹変ぶりに目を見張っている
が、一樹は不思議と驚くような気持ちには
ならなかった。
渚竜也は、黙ったままうつむいてただ座り
込んで動かない。
ファントムは子供が癇癪を起したような、
強がりつつも今にも泣きそうな目で一樹を睨
んでいたが、やがて竜也以外の視線に気づき
ハッとなった。
誤魔化すように咳払いをする。
「あんたじゃ僕を救えない。馬鹿じゃ
ないの? 調子に乗らないでよ」
先ほど竜也を小馬鹿にしていたような、
子供らしからぬ視線に戻っていた。
しかし、さっきの様子を見た今では、
こちらの方が演技なのだと言う事が一樹
達にはよく分かっていた。
分からないのは、こちらの声が聞こえて
いるのかも定かではない竜也だけであった
だろう。
こんな年端もいかないような少女に、
どんな事情があるんだろう、と一樹は思う。
何故、こんな女の子が人を殺さなければ
ならないのだろうか。
心から憎んだ相手でもない、しかも会った
事すらない初対面の相手を――。
ファントムはううん、と伸びをしてから
いきなり歩き出した。
あまりにも自然に行われた行動なので、
一瞬一樹達はファントムを止めるのを忘れた
ほどだった。
話は終わったとばかりにファントムは
振り向きもせずに歩いて行く。
「ま、待て!」
大五郎がようやく警察関係者らしい言葉を
上げた。
すると、ファントムはにやりと笑いながら一瞬
だけ立ち止まった。
「――捕まるもんかよ。僕は、名前も姿も持た
ないファントム――亡霊」
くくくっ、と楽しげにファントムは笑う。
嘲笑ではなく、挑発するような視線を一樹と、
大五郎に向けていた。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみな」
一樹はかっ、となった。
押し殺そうとしていた、彼女への憎しみが一気に
湧き上がって来て頭が真っ白になる。
「……捕まえてやる! 俺が、絶対に! どんな
手を使っても、お前の――お前達の悪事を暴いて
やる!」
その時の一樹は、ファントムに乗せられている
事も、ファントムの事情や生い立ちも、何もかも
知らずに怒り狂っていた。
「そうこなくっちゃな」
捕まえてみろよ。ファントムの挑戦するような
目は、確かにそう言っているように一樹には
思えた。
もはや彼女は大五郎の事など見てすらいない。
真っ直ぐに、自分が「へっぽこ探偵」だと称した
はずの一樹だけを見つめていた。
「……ってくれ」
か細い声がやけに大きく響いたのは、その直後。
ん? と面倒そうにファントムが声の主へと視線を
移す。声を発したのは竜也だった。
「なんだよ、渚竜也」
「……待ってくれ!」
「だから、なんだよ」
「……殺して、くれ。俺を、殺してくれ……。
先生も、莉子もいない世界に、意味なんて
ない……だから、俺を殺してくれ!」
熱にうかされたように竜也は叫び、自分よりも
かなり背が低いはずの少女にすがりついていた。
大五郎が憐れむような視線を彼に向け、大地と
千鶴も一樹も彼を悲しそうに見るが、彼は一切
気が付いていない。
しかし、ファントムの目は氷のようだった。
「……悪いが、僕はあんたは殺せない」
「何故だ! お前は、先生も莉子もあのメイドも、
神無月桃香も殺したじゃないか!」
「……自分から死にたがる奴に、殺す価値なんて
全くない」
「そん、な……」
がくり、と竜也が膝をついた。情け容赦もなく、
ファントムはそんな彼を突き放すようにしながら
窓へと歩いて行く。
そして、止める間もなく窓へと突っ込んだ。
がしゃん、と轟音が響き渡り、ファントムの
小柄な体が窓の外へと投げ出される。
慌てて一樹、千鶴、大地、大五郎が覗き込んだ
が、そこには彼女の姿は見受けられなかった。
ファントムと名乗った少女は、本当に夢幻
であるかのように、消えてしまった。
後には、殺してくれと叫び続ける竜也、目を
見開いたまま固まっている一樹達だけが残された
のだった――。
ノートパソコンに向き直っていた少女――本当の
八乙女瑠美奈は、約束通り金を振り込むために殺人
サイト『uranusu』へとアクセスしていた。
殺人集団『uranusu』のメンバーからだろうか、
連絡が入り、神無月桃香が殺された事が告げられた。
ようやく死んだのね、と瑠美奈は思う。
図々しく『私の木更津君』に言い寄っていた最悪な
女。
『私の木更津君』をあろう事か「一樹」などと
呼び、彼が心中では嫌がっている事など知らず、べた
べたしていた恥知らずな女。
あの女さえいなければ、自分が『木更津君』と結ば
れたはずだった。
自分は、彼女より可愛くて頭もよく、よっぽど
『木更津君』を愛しているのだから。
彼女を殺すためならいくらでもお金を使ってもいい。
両親が大金持ちな瑠美奈にとって、お金なんて有り余る
ほどあって邪魔な程だったし、自分が手を汚さず相手を
殺せるなら安い物である。
待っていてね、木更津君。
彼の事を想いながら、瑠美奈は口座番号と金額を入力
して手を止める。
連絡が来た時手紙と共にサービスだと言って送られて
来た、ペッドボトルのお茶をコップに注ぎ一気に
飲み干した。
これで、ようやく自分は『木更津君』に会いに
行ける。
『ピー、ガガガ! ザ――ッ』
「……え?」
パソコンから妙なノイズが聞こえ、画面が古く
なったテレビのような砂嵐が現れたのはその直後
だった。
「何で……!? 一体、何なのよ……!?」
青ざめ、震える手で瑠美奈はキーボードを操作
する。
すると、画面は元に戻ったものの、殺人サイト
『uranusu』にアクセス出来ないようになっていた。
さっきまでアクセスしていたサイトのはずなのに、
画面に表示されるのは『このサイトにはアクセス出来
ません』の文字。
もう用は済んだのだからいいか、と瑠美奈が思い
ながら椅子を離れようとすると、瑠美奈が住む
マンションの一室のドアが勢いよく叩かれたかと思うや、
返事をしていないのに外から開けられる。
抗議しようとした彼女の声は、自分がこれから会いに
行こうとしていた木更津一樹の冷たい目と、その友達と
思われれる二人の鋭い視線、警察と思わしき男達の登場に
よって喉の奥にかき消されてしまった――。
今回はちょっと暗めの話に
なってしまったかもです。
ファントムはいろいろ事情が
あって人殺ししている、という
感じのキャラです。
そして、今回本物のあの方が
登場です。嫌な感じの、というか
ある意味痛い感じの子になって
しまいましたが。




