第十九話 ~ターゲットと依頼者~
「――標的の名前は、神無月桃香だ」
八乙女瑠美奈が告げた名前に、木更津
一樹、斉藤千鶴、北原大地は言葉も
なかった。
その事実が本当ならば、本当に殺される
べきだったのは彼女だけ。
他の人達は、ただ巻き込まれただけだった
という事だ。
「そ、それでは、莉子や先生は何の関係も
なかった、という事か……!? 何で、彼女
達が死ななければならなかったんだ!」
渚竜也が怒鳴るように叫ぶ。
しかし、瑠美奈の表情には同情など欠片も
見当たらない。
その青い瞳は氷のように冷たかった。
「半場分かってると思うけど、教えてやるよ」
「な、何だと……!?」
「――それってさ、ただ単に、不幸だったって
だけの事じゃねえのか?」
名前に旧暦の月が入ってて、残念だったな~と
嘲るように瑠美奈が告げる。
その言葉に、竜也はもはや声もなくその場に膝を
ついた。
先生、莉子、と悼むような声と、すすり泣く
ような声が聞こえてくる。
「瑠美奈! あ、あんたねえ!」
キッと千鶴が瑠美奈を睨みつけたが、瑠美奈は
どこ吹く風といった表情で口を開いた。
しかし、その視線は千鶴ではなくまだ竜也の
方を向いている。
「大体さ、その大事な先生を裏切ったのは、お前
だろうよ」
「……ぁ、……ぅ」
大江川大五郎と一樹達が怪訝そうな顔になった。
そこで、あ、と一樹が竜也の発言を思い出す。
以前、着衣の乱れた瑠美奈が、弥生和彦の部屋
から飛び出して来た事があった。
彼は瑠美奈の方から誘ったと言ったが、瑠美奈は
違うと泣きながら言い、竜也が瑠美奈を援護するかの
ような発言をしたのだ。
その時、弥生和彦は彼に向かって怒鳴っていた。
裏切るのか、と。その言葉が一樹の脳裏で蘇っていた。
千鶴達も思い出したのかもしれない、黙ったまま立ち
上がらない竜也に視線が向いている。
「あれも、あんたが仕組んだ事なの……?」
「そうだよ、誘いをかけたらあの野郎一発で乗り
やがった、お偉い先生が聞いて呆れるぜ」
一樹達の表情が強張った。誘ったのは瑠美奈の方で、
弥生和彦が完全に悪くないとは言えないだろうが彼の
言っている事は正しかったのだ。
罪悪感がちくり、と胸を差して三人は黙り込む。
と、ポケットから瑠美奈が紙切れを取り出し、放り
投げた。
竜也が目を見開き、震える手でそれを掴みあげようと
するが、手が震えているせいか上手く掴めない。
その代りのように、大五郎がさっさとそれを取って
しまった。
一樹、千鶴、大地が恐る恐る大五郎の手元を覗き
込む。
無論、投げた当人である瑠美奈は内容を知っている
のであろう、無表情でただ竜也を見つめていただけ
だった。
その紙には、ドラマなどで小道具として使われる、
広告の紙を切りぬいて貼り付けてあった。予告状だ。
『やヨいカズひコのショうげンに差ンドウするな。
さモないと、おマえのオンナをころす』、と書かれて
いるようだ。
つまり、彼が和彦の証言に賛同しなければ、莉子を
殺すという意味だったのであろう。
まあ、結局莉子も和彦もどちらも死んでしまった
のだが。
「何で、何で莉子と先生を殺したんだ! 約束に従えば、
莉子は殺さないんじゃなかったのか!? それに、先生を
殺すなんて聞いてない……!」
「誰が、そんな約束したよ?」
「なん、だと……?」
「殺さないと書いた覚えなんて全然ないぜ? 僕は」
目を見開いて竜也が黙り込んだ。今度は大地が睨むように
瑠美奈を見るが、瑠美奈はやはり一顧だにしない。
確かに、従わなければ殺すとは書かれていたものの、従った
ら殺さないとは書かれてはいなかった。
だが、普通そう書いてあったら、従ったら殺さないだろうと
誰もが思うだろう。
大切な女性である莉子のために、親代わりともいえた大切な
人和彦を裏切った彼の心中を、一樹達は推し量る事は出来
なかった――。
一樹は努めて怒りを抑えなければならなかった。
そうでなければ、目の前の幼い少女に――桃香を殺した相手
である瑠美奈に殴りかかってしまいそうだった。
「……それで、依頼者というのは誰なんだ? 何故、桃香は
彼女に恨まれなければならなかったんだ?」
「原因は、あんたさ」
「俺!? 何で!?」
一樹が悲鳴のような声を上げた。
自分のせいで恋人が死んだなんて、冗談ではなかった。
瑠美奈は呆れたように肩をすくめている。
「あんたが朴念仁で優しいからさ。だから、勘違いする女が
出て来たって訳だ。神無月桃香を、邪魔な女だと思うくらい
の、さ」
今度、絶句したのは一樹だった。
自分の行動が原因で、桃香が死んだなんて、信じたくなかった。
しかし、瑠美奈の真っ直ぐな目はとても嘘をついている人の
目には見えない。
「依頼人の名前は、――『八乙女瑠美奈』。あんたが好きで
好きでたまらなくて、神無月桃香を邪魔だから殺して欲しい
って、うちのサイトにアクセスして来た女だよ」
「や、八乙女瑠美奈って、あんたじゃない!」
千鶴が声を荒らげた。からかっているのか、と栗色の
瞳は怒りに燃えている。
瑠美奈は噛みつかんばかりの彼女の視線にも動じる
事なく話を続けていた。
「違うよ、この姿も声も全部借り物さ。僕はファントム。
姿も名前も持たぬ者」
おかしそうに笑いながらも、何故か瑠美奈の目は笑って
いなかった。
もはや、その表情に子供のようなあどけなさは一片も存在
しない。
「そ、そんな事で、桃香を――人を殺したいと思うなんて、
そんな……。何で、何でそんな……」
「人間なんてそんなモンさ」
瑠美奈――いや『ファントム』と名乗った少女は、一樹が
膝をついて嘆くように言うと、興ざめだとばかりにふん、と
鼻を鳴らした。
「あんたの学校の女なはずだぜ? 知らないのかよ?」
「し、知らない……。俺は、八乙女瑠美奈なんて聞いた事が
ない……。大体、知っていたら、君の名前に反応したはず
だろう?」
「だろうな。一度も、あんたは僕の依頼人の名前に反応しな
かった。傑作だよなぁ、相手の女を殺してでも欲しかった奴が
さぁ、自分の事覚えてすらいないってさ!」
今度は、本当におかしそうにファントムは笑い出した。
さっきまでの狂ったような表情ではなく、目じりに涙をため
ながらパンパンと音を立てて自分の腕を叩いている。
「君は、本当に自分が好きでこんな事をしているのか?」
「……は!?」
何故だか、一樹にはおかしそうに笑うファントムが、本心
から殺す事を楽しんでいるようには見えなかった。
それを指摘すると、ファントムは笑みを消して目を大きく
見開いて固まっている。
「何か、殺しをしなくてはならない理由があるんじゃない
のか? だったら、俺は君を救いたい」
「ちょっ、一樹何言ってるの!? こいつは、桃を殺した
悪人なんだよ!?」
一樹が手を差し伸べながら口を開くと、ファントムはただ
うつむいて体を震わせていた。
大地が何を言っていいのか迷うように視線を泳がせ、
大五郎と竜也はただ黙り込み、千鶴が憎らしそうに
ファントムを睨みつけながら怒鳴る。
と、ギリリッ、とファントムが歯を噛みしめる音がその
場に響き渡った――。
よ、ようやく書けました~!
完全復活は難しいかもですが、
少しずつ執筆スピードを上げ
たいと思っています。
今回は、『uranusu』の
ターゲットと依頼人、そして
瑠美奈の本当の正体が明かされ
ました。次回か次々回で、とり
あえず『悲月殺人事件』は完結
させたいと思っています。
まだまだお話自体は続きますが。




