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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
2/35

第一話 ~海へ行こう!~

「――海、行かないか?」

 一人の少年がはにかみながら言った。

癖のない短い黒い髪に黒い目をした、少し頼りなさそうだが、

優しい顔立ちの少年だった。

 彼の名前は、木更津一樹きさらづかずき

普通より、やや上の高校に通う高校一年生だ。

「うん……」

 言われた少女は、少し赤くなって頷いた。

彼女は彼の一つ下の恋人で、中学三年生になったばかりだ。

 名前は神無月桃香かんなづきももか

少し赤味の強い茶色の髪を腰まで伸ばした少女だ。

 それを緩いポニーテールに結っていて、とても可愛らしい。

その名の通りの、桃の香りのするポプリをいつもつけていた。

 桃香は桃の名前のつく商品がとても大好きなのである。

桃のお菓子やお茶も好きだ。

「ちづたちも、誘っていいかな? 一樹?」

「ああ、そのつもりだぜ、桃香!!」

 ちづとは、彼らの友人、斎藤千鶴さいとうちづるの事だった。

もう一人いる友人は、名を北原大地きたはらだいちという。

 情報を付け足すと、彼は千鶴と付き合っていた。

四人は幼馴染で、小さい頃から仲がいい。

 くしくも、今日は夏休みになってからまだ少ししか経っていない。

一樹は友人達に連絡を取ると、彼らと共に海に出発した――。



「うわあ~、海だあ」

 にこにことしている桃香は、いつものように可愛らしかった。

今日は赤みの強い茶の髪を二つ結び、いわゆるツインテールヘア

という奴にしていて、千鶴とお揃いのタンクトップ型のビキニを

着ている。

 ちなみに、桃香が白で、千鶴がピンク色だった。

千鶴は男勝りな少女だが、顔は天使のように可愛いらしい童顔で、

とてもその性格とは思えないほどだった。

 さらさらとした栗色の髪のツインテールを風になびかせながら、

千鶴は大地に声をかけた。

「早く早く、荷物持ち!! ここにパラソル立ててよ」

「ちょっとは、手伝えよ、ちづっ!!」

 癖の強い茶の髪を揺らし、大地が眉をしかめながら怒鳴る。

やだよ~、と千鶴が笑いながら言い、大地が言い返して喧嘩けんかになる。

 いつもの事なので、一樹は放っておいているが、大人しく優しい

性格の桃香はそうはいかない。

 同じやり取りを何度も彼らはしているというのに、おろおろと髪

と同色の瞳をうるませているのだ。

 そういう所も、桃香は可愛いよな、と一樹は思った。

「だ、大地くん、私も手伝うよ」

「いいよ、桃ちゃん。オレがやるから」

「ちょっとお、桃にはそう言ってるくせに、私には手伝えっての

!?」

「当たり前だろ、桃ちゃんより、ちづの方が力が強いんだからな」

 千鶴がぷぅっと頬を膨らませ、大地に砂をかけた。

危うく目に入りそうになった大地が、カッとなってつかみかかって

一緒に海の中にダイブする。

 水の掛け合いをし出した二人を、桃香が再びオロオロと見て

いた。

 ぽんっ、と一樹が細い肩を優しくたたく。

「俺達も、泳ごう、桃香」

「でも、大丈夫かな、ちづたち……」

「大丈夫。じゃれあってるだけだよ」

 安心したように桃香が笑う。

桃の花のような色の唇が開かれると、まるで花が綻んだようで、

一樹はさらに彼女が愛しくなるのだった。

 一樹が彼女に手を差し伸べた、その時――。

「離してくださいっ!!」

 幼い少女の悲鳴が海に響いた。

二人は小さく頷き合うと、声のした方に走り出す。

今にも泣きそうな顔をした女の子が、三人もの少年達に絡まれ

ていた。

 少年とはいっても一樹達よりは大分年上のようだが。

声の主は淡い金の髪を三つ編みにした、とても可愛らしい子だ

った。

 ぱっちりとした、若草のような緑色の目が印象的である。

体型はかなり小柄で、お人形さんのようでもあった。

「一樹、助けてあげよう?」

 自分が同じ目に遭わされたかのように、桃香は目を潤ま

せた。一樹はその目にとても弱い。

 それに、彼女をこのまま放っておくのもなんだか可哀想かわいそう

だったので、すぐに彼らの方に向かって行った。

「あの、嫌がってるから、離して上げた方が、いいんじゃ

ないんですか?」

「あ? 関係ない奴は引っ込んでろよ!!」

 女の子は少年の手が緩んだ隙に、その手を振り払った。

助けてくれた正義の味方――つまり一樹の背に隠れる。

「助けて……」

「うん、助けるよ。落ち着いて」

 震える体で必死にしがみつく少女に、一樹は力強く頷いて

その髪を撫でてやった。

「余計な事してんじゃねえよっ!!」

 しかし、ナンパしていた女の子に逃げられた少年達は激昂げっこう

した。

 隠し持っていたナイフを取り出し、桃香と女の子が悲鳴ひめいを上げる。

「何なんだよ、お前、なめた真似しやがって」

「痛い目に遭わされたくなければ、その子をこっちによこしな」

「殺すぞ!!」

 抜く度胸が彼らにないことに、一樹は気づいていた。

ナイフを握る彼らの手は、かすかにふるえている。

 女の子の手に力がこもった。

さらに目がにじみ、涙の雫が零れ落ちそうになる

「……桃香、この子連れて下がってろ」

「う、うん……ねえ、あなた、こっちに!!」

 桃香は大人しいが、結構すばしっこい子だった。

女の子の腕を引っ張り、素早く千鶴達がいる位置に移動する。

 その間に、勝敗はついていた。

一見か弱そうだが、一樹は護身術をやっているのである。

 理由は、もちろん桃香を守るためだった。

結果的に、それが吉と出たようである。

 リーダー各の少年は、大人しそうだと思っていた一樹にあっ

さり放り投げられて呆然ぼうぜんとしているようだった。

「どこかに行ってくれないかな? 気が変わったら、俺はあな

た達を殺してしまうかもしれない……」

 低い声で凄まれた少年達は悲鳴を上げ、まさに脱兎だっとの如く走

り去って行った。

 もちろんはったりなのだけれど彼らには恐怖だったようだ。

少女が安心したように目を潤ませながら一樹の所に駆け寄って

来る。

「あの、ありがとうございます。私、八乙女瑠美奈やおとめるみな

と申します……」

 助けられた少女は、にっこりと笑いながら挨拶あいさつした――。



 瑠美奈は十二歳の女の子だった。

親が仕事で出掛けていて、一人で知り合いのいる旅館へと向か

う所だったらしい。

「本当に助かりました、お名前、聞かせてください。お礼が

したいので……」

「お礼なんていいよ」

「だめです!! お父さんたちに、お礼はちゃんとするべきだ

って、言われてるんです!!」

 しだいに目に雫が光り出したので、とりあえず一樹は名乗った。

礼を言われるために助けた訳ではないが、このまま瑠美奈を泣か

せたくもない。

「オレは木更津一樹だよ」

「神無月桃香です」

「斎藤千鶴。またさっきのような奴らにナンパされたら大変だか

らさ、あたしらと一緒に行動しない?」

「お、ちづ、たまにはいい事言うじゃん」

「たまにはって何よ、たまにはって!!」

「いてててて、怒るなってちづ!! あ、ルミナちゃん、俺は北

原大地だよ」

 瑠美奈は笑顔で了承し、彼らはもう一人の同行者を手に入れた

のだった。

 予約を入れていた旅館は、洋館のような建物で、二人の少女達

は思わず歓声を上げていた。

 すぐに黒いワンピースに、白いフリルつきのエプロンをつけた

女性がやって来て、彼らを案内してくれる。

 彼女は、ここで働くメイドだった。

崎原葉月しまばらはづきです。ここのメイドですわ」

 彼女は黒縁の眼鏡をかけた、可愛いけれど美人ではない女性だ

った。

 一言で表すのならば、〝地味〝という表現が妥当なのかもしれ

ない。

 しかし、とても優しそうな女性だった。

話し合いの結果、一樹と大地が同室、桃香と千鶴が同室、瑠美奈

は桃香達の隣室を一人で使う事になった。

 桃香は瑠美奈と同室になりたかったようなのだが、彼女は曖昧あいまい

に言葉を濁し、悪いからと了承しなかった。

 女性陣と大地は別段気にしてもいなかったけれど、そこで一樹

はそれを疑問に感じた。

 何故かは分からなかったけれど。

一面水に覆われた世界に一滴の血が落ちたかのような、変な疑問

が一樹の中に芽生えたのだった――。

 まだ殺人が起こる前のお話です。

新キャラの女の子が登場しました。


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