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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
11/35

第十話 ~釈然としない思い~

「私じゃありません!!」

 悲しげな悲鳴は、木更津一樹の中で

痛みとなって残っていた。

 莉子が死んでいた時、そばにいたのは

彼女だけ、そして、床に書かれていた

『ハチノツキ』という文字にあてはまる

のは葉月だけだったのだった。

 彼女が疑われるのは無理もないと思う。

その事だけではない。葉月は、初日に莉子と

言い争いをしていたのをかなりの数の人が

見ていたし。

 しかし、どうしてだか、一樹には何か違う

ような気がしていた。

 この事件の犯人は、葉月ではないような気が

してならない。

 根拠のない勘なので、何故そう思ったかの

理由は分からないのだけれど。

 島原葉月はただひたすらに走り続けている。

一体どこへ逃げようというのか、息を切らせ

ながらも止まる気配は全くなかった。

 いつの間にか、葉月と八乙女瑠美奈と一樹は

外へとやって来ていた。

「葉月さん!! 待って!! そっちは危

ないよ!!」

 瑠美奈の叫ぶ声が一樹の背後から聞こえて

来る。しかし、葉月は決して足を止めなかった。

 結局、彼女が足を止めたのは古い橋の手前だ。

拒絶するような、恐怖に満ちた声が響き渡る。

「来ないで!!」

「葉月さん!!」

 瑠美奈が制止を振り切るように前へ出ると、

葉月は橋の方へ震える足で一歩踏み出した。

 古びた橋がぎしりと音を立て、瑠美奈と一樹の

顔から血の気が引いて思わず立ち止まる。

「そっちに行っちゃ駄目!」

 この吊り橋では、たとえ女性一人であっても

支えきれるか分からない。

 瑠美奈が焦りながらさらに一歩近づこうとした。

小さな手を差し伸べるものの、葉月は怯えたように

逆に前を向いたまま交代していく。

 眼鏡をかけた黒い瞳は完全に潤んでいた。

「葉月さん、落ち着いてくれ。俺達は、あなたが犯人

だなんて疑ってない」

「そ、そうです!! 疑っているなら、あなたを追い

かけてなんて来ませんでした!!」

 二人の必死な呼びかけにさえ、葉月は答えなかった。

さらに後ずさろうとする。

 吊り橋が大きくかしいだのは次の瞬間だった。

「あっ!?」

「「葉月さん!!」」

 ブツッと言う音がやけにうるさく響く。

次々とかけ橋の糸が分断され、ぐらぐらと葉月がいる

足場、吊り橋が激しく揺れている。

「葉月さん、手を伸ばして!!」

「瑠美奈ちゃんやめるんだ!! 君まで落ちる!!」

「離して!! 葉月さん!!」

 瑠美奈が彼女を助けようと身を乗り出した。

慌てて一樹が瑠美奈を後ろから羽交い絞めにする。

 瑠美奈は暴れたが一樹の力にはかなわなかった。

ついに足場が崩落する。落ちて行く寸前、眼鏡がはずれ、

彼女の素顔が見えた。

 子供のように頼りない黒の瞳が一樹を見た。

一樹にはどうする事も出来ず、ただ落ちて行く彼女を見つ

める事しか出来なかった。

 瑠美奈のすすり泣くような声が聞こえ、一樹は自分達の

行動が葉月をさらに追い詰めた事を遅くも理解した――。


 とぼとぼと斉藤千鶴達の元に帰った一樹達が知らされた

のは、葉月の遺書が見つかったという事実だった。

 大江川大五郎が、彼女の遺書を見つけた、と誇らしげに

言ったのだ。

 しかも、見せびらかすようにひらひらと一樹達の目の

前で振っていたので、千鶴も北原大地も一樹も思わず

鼻白んで彼を睨みつけていた。

 瑠美奈も泣き腫らした目で、睨むように大五郎を睨み

つけて反論している。

「葉月さんが自殺だったって言うの!? 私と一樹さんは、

彼女の言葉を聞いたのよ!!」

「私に言われてもね。文句があるなら、この遺書を見れば

いいだろう」

 しかし、大五郎は表情も変えずに瑠美奈にそれを差し

出した。一樹、千鶴、大地、竜也も思わず覗き込む。

 そこには女性の筆跡で遺書が書かれていた。

鉛筆やシャープペンシル、ペンの類ではなく筆で書かれて

いた。慌てて書いたからか、黒い墨が落ちた後が見える。

 その内容は、こうだった。

『私は莉子様をずっと憎んでいました。彼女が、私と旦那様の

関係を疑ったからではありません。今はきつい態度を取る事も

ありましたが、幼い頃はそれはそれは私を自分の姉のように

慕ってくれたものです。ですが、睦咲の旦那様が私にした事は、

たとえ娘である莉子様に優しくされた事があってさえも許せる

事ではなかったのです。睦咲のだんなさまは、私の両親を殺し

ました。事故だった、と言えばそうなのかも知れません。

 でも、彼はその事実をもみ消すために逃げたのです。

彼が出頭すれば両親は助かったかもしれません。出頭しなく

ても、救急車を呼んでくださったら両親は生きていたはずです。

ただ、自分の立場を守りたいがだけに彼は私の両親を殺したの

です。彼はその両親に娘がいる事を突き止めると、私を引き

取ってメイドにし、多額のお金を渡しました』

 そこまで読んだ所で、竜也が顔をしかめて立ち上がった。

葉月を憎んでいる彼としては、言い訳のように聞こえてそんな

遺書は見たくなかったのかもしれない。

 しかし、一樹達はそれを最後まで見る事にした。

『それは、口止め料のつもりだったのでしょう。ですが、私の

怒りが、恨みがそれで消える訳はありません。私は表面上は

にこやかに彼に接しましたが、内面では怒りが燃え上がって

いました。そして、私は復讐を実行に移したのです。

 彼を殺さず、彼の一人娘を殺す事が私の最大の復讐でした。

弥生和彦と神無月桃香を殺したのは、カムフラージュのため

です。私に弥生和彦と神無月桃香との接点は一つもない。

彼女達を殺す事で、私は莉子様に自分が殺されるという

警戒心を取りはらったのです』

 うっ、と一樹が声を上げた。出て行った竜也同様、この

遺書を放り捨ててこの場から出て行きたい欲求にかられた。

 そんな理由で、あんな優しい桃香や、竜也の大切な存在

だった和彦は殺されたのだろうか。

 千鶴と大地と瑠美奈もうつむいていたけれど、最後まで

遺書を見る事にしたようだった――。


 結局、一樹も遺書を最後まで見るという決断をした。

正直、葉月の遺書を見る事は悲しかったし、怒りを覚えて

辛かった。

 けれど、彼女を救えなかった自分達にはそれを見る義務が

ある、そう感じたのだった。

 大五郎は一樹達の反応を想定していたのか、なんだか妙に

嬉しそうでなんだか腹が立つ。

『一樹さんに罪をなすりつけたのは、幸せそうだった彼が憎

らしかったからです。最後に、瑠美奈や彼も道連れにしてやり

たかったのですが、失敗しました。私は、私の死をもってこの

事件を終わらせます。 葉月』

 瑠美奈は青い瞳からに涙を零しながらそれを読み終えた。

千鶴達も何とも言えない顔で立ち尽くしている。

 だが、一樹だけは違った。

彼は、釈然としない思いが胸に渦巻くのを感じていた。

 演技で、あんな必死な顔ができるのだろうか。

本当に、犯人は彼女なのか?

 一樹には彼女の必死な表情と、この遺書の内容に違和感を

感じていた。本当に彼女が書いた物か疑問が残る。

 まだ、真犯人はどこかにいて、彼女は真犯人に殺された

のではないのか?

 想いはさらに大きくなるばかりで、一樹はどうしてもこの

事件が終わったとは感じられずにその場で考え込んで

いた――。

 遺書が見つかり、犯人が死んだ葉月だと

知った一樹達。しかし、一樹は何故かそれが

違うように感じ――!?


 無事十話も終わりました。

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