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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
10/35

第九話 ~疑われるメイド~

 室内は血で溢れかえっていた。

しかし、睦咲莉子はまるで眠るかの

ように安らかな顔をしている。

 目を見開いて固まっているのは、

木更津一樹、斉藤千鶴、八乙女瑠美奈、

北原大地、島原葉月、渚竜也の六人だけ

だった。

 大江川大五郎は、何も言わず部屋に

侵入して頼まれてもいないのに彼女の脈を

取ると、死んでいる事を告げた。

 そんな事、全員がもう知っていた。

こんなに血を流して倒れていたのだ、生きて

いる事の方が不思議であろう。

 と、か細い声が一樹達の耳に届いた。

「莉子……」

 呆然としたような、小さなその声は多分に

痛々しさを感じさせる。

「えっ?」

 一瞬、一樹達には誰が彼女の名を呼んだのか

分からなかった。聞き間違いだとも思った

くらいだ。

「――莉子!!」

 今度ははっきりと聞こえる声が叫ぶように

言う。聞き間違えだと疑う余地もない。

 莉子、と彼女の名を呼んだのは、渚竜也だった。

自身の服が血で染まるのを構わず、彼は睦咲莉子の

遺体を抱きしめてただ涙を流していた。

 ちょうど、一樹が死んだ恋人の桃香の死を泣き

ながら悼んだように……。

 その様子を見て、彼らは二人がただならぬ関係で

ある事を悟っていた。

 なんとも思っていない相手に、ここまで悲しむ

事は出来ない。泣き叫んだ一樹同様、竜也にとって

莉子はとても大切な存在だったのだろう。

 彼らは一樹達が見ている前ではよそよそしい空気を

よそおっていたが、実際には親密な仲らしかった。

 そういえば、と一樹は思う。竜也は莉子にイタリア語を

教えてもらっているという名目で、よく彼女の部屋に出

入りしていたはずだった。

 本当の事は分からないが、それは半場口実だったのかも

しれない。二人きりで会うという事に対する。

 弥生和彦や島原葉月は、二人が親しくする事にあまり

良い顔をしていないみたいだったから、そういう口実でも

ない限り会いにくかったのかも、と一樹はさらに思う。

 誰もが痛々しげに目を伏せていた。抱きしめた恋人を

離そうとしないまま、泣き叫ぶ竜也はとても見ていられる

物ではなかった。

「嘘、だろう……!? 何で、莉子、誰か嘘だって言って

くれよ……莉子……莉子ッ!!」

 彼は葉月が涙を流しながら止めに入るまで、亡くなった

恋人を抱きしめてただ泣き続けていた――。


「莉子様……」

 葉月は一度竜也と莉子を引き離すと、血にまみれた

白い肢体や血で固まった栗色のショートボブの髪、

そして高級そうなシルク生地のブラウスとタイト

スカートを濡らした布で拭って行った。

 眼鏡が曇るのも厭わずに彼女はぼろぼろと涙を

零し、莉子の死を悼んでいる。

 恋人ではないものの、大切な人を想って涙する

彼女の姿も見ていられないほど痛ましかった。

 睦咲莉子の遺体はそのままでは気の毒という事で

大五郎が遺族の元へ送り届ける事になっていた。

 その前に、遺体や服を綺麗にさせてください、と

葉月が申し出たのだ。

 同じ同性として汚れたままで彼女を家へと返す事が

気の毒だったのか、それとも遺族への配慮か、大切な

人をこのままでいさせたくなかったのか。

 はっきりとした考えは一樹達には分からない。

でも、ひょっとしたらどれも当たっていたのかも

しれなかった。

 竜也はもはや立ち尽くしたままで、大五郎と葉月が

話し合う様子をただ眺めていた。

 その顔にはなんの表情も浮かんではいない。

あの、と唐突に瑠美奈が声を上げた。

 青い瞳が訝しげに細められている。

「どうしたんだ、瑠美奈ちゃん?」

 大地が首をかしげながら瑠美奈の元へと駆け寄った。

瑠美奈が示しているのは、床に書かれた文字だ。

 血で書かれたのだろうか、赤ぐろい固まりかけた

液体がおどろおどろしい。

 ハチノツキ、とカタカナで書いてあるのだろうか。

竜也以外の全員が目を見開いてそれを見ていた。

「これ、何でしょうか? ハチノツキ?」

 瑠美奈が怯えたように、千鶴の服の裾を掴んでいた。

何だよこれ、と大地が声を上げる。

 千鶴も意味が分からないのか首をひねっていた。

一樹もよく意味は分からなかったので、とりあえず今

までに被害にあった人達の事を考えてみた。

 神無月桃香、弥生和彦、そして、睦咲莉子……。

「神無月、弥生、むつさき……睦月? って事

は……」

 莉子の遺体を車まで運ぶためにいなくなった、大五郎

以外の者の視線が、葉月を向いたのはいたく当然の事

だったかもしれない。

 死んでいった者達の共通点は、苗字に旧暦の月の

名前が入っている事だ。

 そして、その条件に当てはまる人はここには一人しか

いない。葉月だ……。

 犯人と思われる人物が判明した事で、憎しみの表情に

なった竜也は正気に返ったようだった。

 さっきまでの呆然としていた顔から一転、鋭く葉月を

睨みつけている。

 自分でもその事に気がついた葉月は、蒼白になって

首を振った。

「違います!! 私じゃありません!! 私は、莉子

様を殺してなんていません!!」

 竜也の葉月を睨む視線が次第に厳しくなっていく。

一樹達は困ったような顔で彼女を見つめていた。

 殺していないと叫んだ彼女の目は、とても嘘を言って

いるようには見えない。

 だが、ダイイングメッセージの条件に当てはまるのは

彼女しかいないし、どうしても彼女を疑うしかないの

だった。

 ハチノツキ――つまり旧暦の葉月を意味する言葉は、

彼女の名前にしか存在しない。

「お前、莉子と初日に言い争いをしていただろう!!

 いざこざがあって莉子を殺したんじゃないのか!?」

 竜也は今にも殴りかからんばかりの勢いで葉月へと

詰め寄った。葉月は泣きそうになりながら首を振る。

「違います!! 私には、莉子様を殺す動機も理由も

ありません!! 信じてください!!」

 葉月の目が竜也、瑠美奈、千鶴、大地、そして一樹

へと彷徨った。救いを求めるかのような必死な表情だ。

 一樹は何を言ったらいいのか迷った。

と、テーブルを叩いて立ち上がったのは千鶴だった。

 栗色の瞳が怒りを秘めてぎらつく。

「あんたがそれを一樹に言う訳!? 一樹の事信じ

なかったくせに!!」

「それは……」

 千鶴はずっと最初は一樹を擁護していた葉月が、

途中から手のひらを返したように一樹に対して

怯えたりしたのを根に持っていた。

 罰が悪そうに葉月が千鶴から目をそらす。

「皆、ちょっと落ち着けよ、莉子さんの事はとも

かく、桃ちゃんやあの政治家先生を殺す動機が彼女

にはないだろう?」

 さすがに葉月が気の毒になったのか、大地がおず

おずと口を開いた。竜也はぎろりと彼に目を移す。

「お前もこのメイドとグルなのか!?」

「違う!! ちょっと落ち着けって言ってるだけ

だろ!! それに、まだこの人が犯人だって決まった

訳じゃ……」

「じゃあこのダイイングメッセージは誰の事を指して

いると言うんだ!?」

 竜也に怒鳴られた大地は、二の句を告げられなくなり

うっ、と呻いた。

 今ここにいるのは、島崎葉月、北原大地、木更津一樹、

渚竜也、八乙女瑠美奈、斎藤千鶴の六名だけ。

 そして、条件が示すのは葉月だけなのだ。

「犯人が、葉月さんをはめるために残したって事は考え

られないのかな?」

 ぽつりと言ったのは一樹だった。竜也が今度は彼を

睨む。犯人への憎しみと、莉子を失った悲しみのあまり

彼は冷静でいられないようだった。

「誰が何のためにそんな事をしたと言うつもりだ!」

「そんなの俺が知る訳ないですよ!! 可能性として、

俺は言っただけで……」

 誰かが何か言うたびに、葉月の顔は徐々に青ざめて

行っていた。

 白いエプロンを握りしめ、唇をかみしめた彼女は本当に

哀れだ。何より、竜也は葉月しか疑っていない。

「私じゃ、あり、ません……私が行った時、莉子様は、

すでに……」

 ぼそぼそと呟く声はまるで蚊が鳴くかのように小さ

かった。その様子も一層一樹達の間で憐れみを誘う。

 舌打ちした竜也が、彼女を逃がさないように肩を掴もう

とした時、たえかねたように葉月が叫んだ

「私じゃありません!!」

「おい、お前!!」

 葉月は竜也にぶつかるようにして走り抜けると、扉を

開けて部屋の外に飛び出していく。

 茫然として誰も動かない中、弾かれたように走り出した

のは瑠美奈だった。

「葉月さん、待って!!」

「待って瑠美奈ちゃん、俺も行く!!」

 懸命に走る彼女に、一樹が声をかけてついて行った。

他の者達は、ただそれを見ているだけだった――。

 『ハチノツキ』。残されたメッセージから、

メイドの葉月が疑われてしまいます。

 自分ではないと首を振る彼女ですが、条件に

当てはまるのは彼女しかおらず――!?

 次回はとんでもない事実が明かされます。

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