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 第一幕 秋海棠

 とある学園でのことです。


 今日もつんつんした髪の男の子が、中庭の真ん中に立つ大きな木の根元に熱い視線を送っていました。


 その瞳はまるで黄金色の琥珀をつめたようにキラキラと光り、ただでさえ暑い夏の午後をさらに暑くするのでした。


 少年の顔立ちは年齢相応に丸みを帯びてはいるものの凛々しく、外で運動などしたのなら校庭に出て汗を流す姿に女の子が少しドキッとしてしまうくらいに精悍なのです。


 しかしどうでしょう。男の子の顔は少し緊張にこわばっているようです。


 その中庭は学園の広い敷地の一区画、旧講義棟のなかに在りました。


 今使われている講義棟は、広く、大きく、新しく、白を基調とした前衛的な建築は無機質ながらもそこに「冷たい」と形容されるようなかっこよさがあります。


 旧校舎は三階建ての木造建築でした。いたるところに修繕の跡が見受けられ、つい最近まで使われていたことを物語ってはいるものの、老朽化の具合は激しく、実は先生たちに入ってはだめといわれているような場所なのでした。


 新しい講義棟のなかにも、広くて美しい無菌室の中に作られた公園みたいな中庭があります。しかし、彼女たちは好んでここに集まってくるのです。


 中庭の大きな木の下には五人の女の子たちがいました。


 おままごとをして、カードあそびをして、そうして疲れたころに木を座椅子代わりに寝転がる。


 時折、そよと風が吹くと、女の子たちの頬をなでた後、金の油に照りついた緑色の葉っぱが揺れて、優しい木漏れ日を少女たちに落とすのでした。


 それが彼女たちの日課。まるで、忘れ去られた楽園で戯れる妖精のように、女の子たちは昼休みを謳歌します。


 男の子は、その中のひとりの妖精に用事がありました。


 このときばかりは、彼女以外の妖精も男の子にとってはちょっとした邪魔者です。


 なぜなら男の子は彼女だけに用事があるのですから。


 男の子は中庭を囲む旧講義棟の柱の影に隠れていました。とりあえず一歩踏み出してみます。


 この一歩にどれだけの労力と勇気を振り絞ったかわかりません。


 しかし、柱からばねがくっついていたかのように、すぐに影に舞い戻ってしまいます。そのたび、女の子たちに自分の姿を見られていないかとドキドキし、そーっと木の影をのぞいて何事もなかったと確認すると、ほっと胸をなでおろすのでした。


 彼女たちの「楽園」を壊してしまうことを恐れた開拓者のような気持ち...ではありません。


 そんなのは言い訳です。


 男の子はわかっていました。


 すぐに隠れてしまうのはきっと自分が弱いからなのだと、そのくらいわかっていました。


 自分のけちな「体裁」や「評判」、「名声」のために動けないでいる自分を見つけるたびに男の子の心は悔しさでいっぱいになります。


 でも、男の子はそんな枷を断ち切って進むだけの「理想」がありました。もう自分の中だけで完結する「理想」なんかじゃありません。男の子は一歩踏み出し、二歩目を踏み出したのです。


「ん?」


 ひとりの女の子がこっちを見ました。


「どうしたの?ナズナちゃん? 」


「うん。なんかさっき人がいた気が…」 


「気のせいだよ! きっと」


「そうだね。えへへ。もう昼休み終わりだね。帰ろっか。あんまり遅くなると先生にしかられちゃう」


 そういって女の子たちは男の子の隠れる柱のすぐ横を去っていきました。


 男の子はとても情けなくなりました。彼女には気がついてもらえず、クラスでも目立つほうでない女の子の一瞥(?)によってひるんで引っ込んでしまったことを。


 男の子は大きな声で叫び…たくなりましたが、まだ近くに女の子たちがいそうなのでやめました。この思いをどこかにぶつけたくて、情けのない自分を叱咤したくて、白い壁を殴りつけました。すると、手にジンジンと響く鈍い衝撃…はなく、意に反してあっけなく手が壁を貫通して、勢いあまって老朽化した柱の中に半身を突っ込んでしまいました。


 あたりに静寂が訪れます。木の葉の揺れる音、小鳥のさえずり。柱の建材の木の隙間から漏れる陽光。お尻だけを柱の中から突き出した男の子は、涙が出るのをぐっとこらえました。


 こうして今日も、昼休みが終わります。


 新しく始まった物語は、第一章も少しだけ関係しています。第一章が少しくらい感じだったので、第二章は明るい感じのハッピーエンドになったらいいなと思って書きます。


 

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