寸劇 翁草-2-
___キョウカさん。あなたはまるで天使の微笑で悪魔のごとく僕のハートを電撃にも勝る衝撃で奪っていきいました。それは、かの王、イスカンダルが西の大地を蹂躙するがごとく破滅的で、しかしたくましい絶望的なまでの生命の奔流がこのライタを…。…。…。
この調子で、原稿用紙4枚がきっちりと埋まっていた。
僕はライタの書いた台本をすべて読み終えて、それから言われたとおりにゴミ箱に放り投げた。破いて捨てなくても、誰もあれが告白のために用意されたものであるとは気が付かないだろう。あれでは思いも何も伝わらない。思いどころか…ちょっと怖い。
そんなことをしていると、KTDのアラームがなった。
『こちら、writer。フェーズ1成功。直ちに所定の位置に付く』
writerか。普通だな…でも、なんでボクのコードネームだけこんなにかっこ悪いんだ? そう、決まってしまった自分のコードネームに悪態をつく。
ボクはいま、音楽室で人を待っていた。その人をここで十分足止めしなければならない。少しこもった熱気と、急に人のはけた寂しさはいつだったかのことを思い出させる。
つい昨日のことだったが、振られた前の彼女になんていったのかを思い出した。
「 」
無意識の夢の中でさえボクが思い出せなかったその言葉。
「嫌いなんじゃなくて、興味ない」
って、いったんだ。
そういえば、それはボクの本心だった。
好きにしろ嫌いにしろ、ボクらはその「ひと」に興味を持っている。
「数直線」って知っているだろうか?
その名のとおり数値が書き記された直線で、一種のパラメータだ。習ったばかりの知識をひけらかすのは好きじゃないが、好きと嫌いはそれに似ていると思う。
0から100までの数値が在ったとして、はじめは0でないどこかにとまってる。
好きになればプラスに傾いて、嫌いになればマイナスに傾く。
数値の軸は「興味」を表しているって考えると、好きになればなるほど興味があって、嫌いであればあるほど、興味はマイナスに傾いていく。
で、0は興味がないだ。つまり、傾きがプラスかマイナスかというのが「好き」「嫌い」なのだ。
だってそうじゃないか?嫌いで嫌いでしょうがない人のことを人は遠ざけて、もし遠ざけることができたら、最後には忘れようとしない?
でも、ボクは振られたあの娘が嫌いじゃなかった。
「わたしのこと、嫌いになっちゃたんでしょ」
嫌いじゃなかった。好きでもなかった。興味が0だったんだ。
はじめからボクは彼女自身には興味なんてなかったんだ。「恋」って言うものが何なのかを知りたくて始まったことだったんだ。
そう、ボクこそ「恋」の理由は探究心だったのだ。女の子と付き合うということを経験したいって思ったから、その彼女の告白に応じたし、ずっと付き合っていた。
自分自身のことなのに、こんなことに気がつくのにずいぶん時間がかかってしまった。
ボクがライタと行動をともにして、分かったことなんだ。
そう、ボクはライタが恋をしているって気が付いていた。ずっと、あこがれていた、自分では手の届かなかったソレを無意識のうちに求めていたのかもしれない。
しばしの邂逅。
ボクがここに来て5分。彼女は訪れた。三組のショートヘアの女子だ。
「やあ、来てくれたんだ」
彼女は無言のまま、ボクをにらむ。
ボクはかまわず話を続ける。
「キミに大好きというのは割りと簡単だった。キミの話に付き合うのは割りと窮屈じゃなかった。キミのわがままを聞くとき、ボクの心はたやすく撫で付けられた。キミの笑顔に満足して、キミがおこると必死で謝って仲直りしようとがんばった」
「…。…」
「そういえば、キミにボクの話をしたことはあまりない。だってさ、自分の話ばかりするやつって嫌なやつだろ?ああ、そうそうボクはキミに頼みごとなんて一度もしなかったよね。だって、ほらウザがられそうで」
「…。…」
「聞きたかったんだけど、ボクはキミといるとき笑ってたっけ?ボクはキミのこと本気で怒ったときなんてあった?…思い出せなくて」
「…。…」
「キミのことなら大概のことは知ってるよ。目が合うと無条件で笑ってしまうこと。綺麗な背中にはポツンとひとつだけ小さな黒子があること。昔の親がひどい人だったってこと。あ、そういえば、『大好き』なんて大切な言葉をボクは何百回言ってしまったんだっけ? 」
「そんなことを言うために私をここに呼んだの? 」
彼女の顔は青ざめて、怒っているのか悲しいのか分からない表情だった。
ボクは、首を横に振る。
「あのさ、ボクはキミと一緒にいたとき、『恋』っていう型を壊さないように頑張っていただけなんだ。ずっとね」
彼女をよく見ると目の端が小刻みに震え、涙を流さないようにと必死に我慢しているようだ。
「…。…だから? 」
しかし、声は落ち着いていた。ボクは少し驚く。
ボクは話を続ける。ここからが、今のボクの本当の気持ち。
「ひとってさ、その人のことを知りたいって思うから、好きな人には自分のことを知ってもらおうとするんだって」
彼女はいきなりなんだといったようにきょとんとした顔をする。
「ボクの母親はね、ボクが小さいころに出て行ったんだ。大好きだったなー母さんのこと。でも、ボクに何も言わずにいなくなっちゃって。話は変わるけど、ボクら今三年生だろ?『恋』だって興味の出てくる年頃だ。ボクは『恋』を知りたくて我慢できなくなった。そして、キミと付き合って。」
「…。…」
「でもね、最後までキミのことを好きになろうとは思えなかった。いつか裏切られてしまうんじゃないかって思うと『女性』に『恋』をするのがとても怖くなった」
「…。…」
彼女はきょとんとした顔のまま動かない。
「でもさ、ボクの親友を見てたらそれじゃいけないって思った。信じられるか?ボクが恋を指南してやったんだよ、そいつに。…そいつはさ、何があってもくじけないし、ちょっと抜けてるけどまっすぐだし、すごく頑張りやでさ。ボクはあいつにたくさん教えてもらった」
「…。…」
「だから、教えてもらったことを生かそうと思うんだ」
ボクはライタに頑張ることを教えてもらった。他にもたくさん、教えてもらった。
「…。…」
ライタ、ボクも頑張るよ。
「小菊、キミの気持ちを考えずにあんなひどいこと言ってごめん。キミのことをもっとしりたい。こんどはボクのことだってたくさん知ってもらいたい」
小菊は泣きそうな顔を一瞬した後、あさっての方向を向いて一度涙をぬぐった。
そして、
「ぜっっっったい、いや! 」
そういった。ボクはそんな風にしゃべる小菊をはじめてみたから、数秒前の彼女同様きょとんとした顔をする。
わかってたけどね。
自分なりにここまで頑張って断られると、やっぱり少しつらい。
これも因果応報かと、少しへこんでしまう。
「でも、話しかけられても無視しないから」
「え? 」
小菊の話は続いていたようだった。
「たまには、一緒に帰ってあげてもいいから」
「……あははっ! 」
ボクは図らずも吹き出してしまう。
そのあとすぐに、彼女は音楽室を出て行ってしまった。
怒らせてしまった?それとも、なかなおりできた?いいや、どっちでもいいや。
やっぱり女っていうのはわからない。
…ちがうな。
「やっぱりキミはわからない」
そう、もうボクしかいない音楽室でつぶやく。
はじめは誰でもよかったんだ。
はじめは。