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 第四幕 留紅草

教室に戻ってきてからの僕は、つい数時間前と確実に何かが違った。まるでそれは、胸の中で春の虫たちが蠢動するようにどこか具合が悪く、しかし悪い気分ではなかった。

 なぜそんな気分になってしまっているのかと考えるたび、浮かんでくるのは彼女のこと。

「なあ、リュウノスケくん。彼女…何してるのかなあ、いま」

「…授業中にでかい声で話しかけてくんなっ! 」

 ほうけていたようで授業など一切頭に入ってこなかったが、今は授業中らしい。休み時間に話すみたいに話してしまっていた自分に、今さらになって驚いてしまう。前の席のリュウノスケくんは「授業受けてるにきまってんだろ」と、小声で僕に言ってくれた。

 そうか、僕と彼女はいま、同じことをしているのか。

「はぁ」

 胸にたまったどきどきが、口からため息となって漏れ出した。

 じゃあ、僕も授業を頑張んないとな!

「はぁ」

 …っだめだ。どきどきで授業を受けるって場合じゃない!

 この感情をなんというのだろう。ひどく胸をしめつける、なんというか….形容できない…アレ。

 語彙は人一倍だと思ってた。でも、どうしても口にできないんだ。口にしてしまったら、うすっぺらい感情のひとつになってしまいそうで怖い。


 彼女がなにをしているのか知りたい。

 彼女が何を考えてるのか知りたい。

 彼女と話してみたい。

 そんな気持ち。


 この気持ちに名前をつけるというなら、これは探究心というヤツだろう!そう、これは算数の問題の答えがどうしても出ないときとか、野球でホームランを打つコツがつかめないときの感情に似ている。「その」先を知りたいっていう感情だ。きっとそうなのだ。  

 彼女のことをもっと知りたい。

 うーん。でもどうやって。

「ねえねえ、リュウノスケくん」

 こんどは周りに気をつけて、声を小さめにリュウノスケくんに話しかけた。

「なんだよ」

 リュウノスケくんは黒板を書き写す手をとめて、僕のほうに顔を少し傾ける。

「彼女のことをもっと知りたいんだ。でも、このまま彼女を観察するだけじゃ限界があるし…その、なんか後ろめたい。どうしたらいいのかな?」

 リュウノスケくんは眉にしわを寄せて宙を眺めながらひとしきり考えた後、僕に答えをくれた。

「まず自分を知ってもらったらどうだ?知りたいなら直接話すのが一番だろ?でも、ライタとその娘の接点は、今のところない。まず、友達になったりしたらいいんじゃないか? 」

「えっ?!女子と?! 」

「だからお前はでかい声でっ! 」

 そうこうしているうちに授業は終わり、休み時間が来る。



 リュウノスケくんに言われたとおり、僕を知ってもらうことにしようと思う。でも、どうやって。いきなり話しかけるのはなぜか気が引ける。女子にだってたくさんと知り合いはいる。でも、友達かといわれると、きっとそうではなくて、ほとんどいない。

最終的には別のクラスの女子と友達になるなんて、はずかしい。

「なら、順序を追って小さいところから仲良くなればいいよ。そうしていくうちにライタもだんだん慣れてくるんじゃないか? 」

「具体的には? 」

 リュウノスケくんはひとしきり唸ったあと、僕にまた答えをくれた。

「軽いジャブ的なプランで、そうだな、その娘と仲のよさそうな女の子と仲良くなって、さりげなくライタを紹介してもらうって言うのはどうだ? 」

「わかったよ。それでいってみる」

 よいアイディアが浮かぶわけでもないので、リュウノスケくんの言うとおりにしてみようと思う。

 でも、彼女といつも遊んでいる友達たちはみんなクラスでも目立つほうじゃない人たちばかりだ。とりあえず全員の顔を思い浮かべてみたが、話したことのある女子なんて一人もいなかった。

 でも、こんなことじゃ僕はくじけないっ!友達がだめなら、友達の友達、つまり僕と割りと親しい女子に頼めばいいことじゃないか!結構遠回りになってしまうけど、これもいたしかたなしである。この考えをリュウノスケくんに言うと、いったん苦笑いしたあとに肩をポンとたたかれ「頑張れよ」といわれた。実際僕もまどろっこしいとは思う。でも、しないよりはずっとましに思えた。

 


 そいつは運動が恐ろしいほど得意なくせに、いつも友達と一緒に室内で遊んでいた。たまに外に出て、花や綺麗な石ころなんかを教室に持って、きておとなしく遊ぶ。彼女の力を求めるドッヂボール男子たちはたくさんいるというのに、人のはけた教室内でふたり遊び。

 体育が得意な人間は必然的にクラスの人気者になれる。などというのは、部活のコーチがいっていた。そんなこんなで、運動の得意だったコーチは小学生のときクラスの人気者だったらしい。はじめは信じていなかったけど、どうやらほんとらしい。現に、今目の前にいる女子、レンちゃんはクラスの人気者である。その、裏表のない性格と誰にでもせいいっぱいの笑顔を振りまく人柄もその要因といえるだろうが、小学三年間の経験則上体育の得意なヤツはクラスの中心であることが多いことも確かであった。その人気者と、何よりも人脈を重んじる僕が親しくないはずもないので、レンちゃんに頼むことにしよう。たしか、レンちゃんは彼女の友達の一人、4組のナズナって娘と仲がよかった気がする。

「やあ、レンちゃん」

「ん? なんだいっ? ライタくんっ」

 レンちゃんは今日も友達のひなちゃんと遊んでいた。ひなちゃんはいつも本を読んでいて体が弱いのだけど、僕よりも頭がいい。かくゆう、ひなちゃんには成績でいちども勝ったことがない。ひなちゃんは大きな目を眠そうに半開きにしているあたり、リュウノスケくんと似ている表情をしているけど、さすが頭がいいだけあって(?)その瞳には底知れない奥が秘められているように感じた。ひなちゃんもいきなり話しかけてきた僕に胡乱うろんにまなざしを傾ける。

「じつはさ、キミの友達のナズナちゃんって娘と友達になりたいんだ。何でかというとだね? その友達のキョウカちゃんって娘とも話がしたいからなんだ。しらないみんなとも友達になりたいんだよ。おねがいだ。キミから接触をしてくれないか? 」

 リュウノスケくんは何故だかあきれた顔で「お前、ばかだろ」とつぶやいていた。あとでちゃんと事情を聞こう。

「わかったよっ! 」

 そういって、レンちゃんは急ぎ足でかけていった。

 取り残された僕とリュウノスケくん、ひなちゃんの間には小さな沈黙が生まれた。ひなちゃんは僕が勝手にライバル視しているだけで、あまり話したことがないし、結構無口なタイプだ。レンちゃんが戻ってくる間、少しばかり教室に静寂が訪れるだろう。

「ねえ」

 そうつぶやいたのは以外にもひなちゃんであった。ひなちゃんは僕に向かって話しかけていた。

「ねえ、キョウカちゃんって娘のこと好き? 」

「ほぉぅえっ? 」

 あまりにいきなりだったものだから、驚いて変な声を出してしまった。というか、意図してばらしたわけでもないのに何故ばれる?しかし、真の目的というのはつまりこれなのだ!僕が恋のために頑張る僕をクラスのみんなに見せ付けなければならない!

「っうん。そうだよ。そうなんだよねー。でもさ、直接告白とかできなくてさ。どうしようかなーっておもってて…あ、ゼッタイニ、ミンナニハ、ナイジョダカラナー。ウワサトカニサレタラコマッチャウシナアー」

 ふ….相変わらずの迫真の演技っ。みたか!でも、話しちゃうんだろー?ここまでいうと逆に誰かに話したくなっちゃうんだろー?いいぜ?話せよ!僕の思惑通りに…

「話さないよ」

「え? 」

 ひなちゃんのめはとても真剣だった。席に座ったまま僕の目を見すえて、僕に大事な言葉を言うようにひとこと。

「話さないよ。あなたにとって、とても大事な気持ちなのだろうから。おうえんしてる」

「え? あ…うん。ありがとう」

 僕は物怖じしてしまう。何かまずいことをいってしまったんじゃないかとやはりドキッとした。

 そんなやり取りが在ったとも知らず、レンちゃんがものすごい勢いで廊下を爆走してきた。

「らーいーたーくんっ!つれてきたよっ! 」

 よし!よくやった!レンちゃん!ありがとう!!

 …。…。つれてきた?

 まてよ。そういうことじゃなくてねっ?さりげなく僕の話をしてくれるだけでよかったんだよ?

 はっ!

 リュウノスケくんまさか、「おまえそれじゃ、伝わってネエヨ」っていいたかったんじゃ。

「接触したいんでしょっ?あれ?違った?でも友達になりたいっていってたよね?じゃーいっしょか!ま、どっちもつれてきたから、手間が省けてよかったね! 」

 辺りを見回す。レンちゃんの走るスピードに追いついて来れないせいか彼女はまだ顔を見せていなかった。

 そして、リュウノスケくんはいつのまにかいなくなっていた。ひなちゃんは私は関係ないといったふうに本に目を落とし、全くこっちを意識していない。

「…ごめんっ! 」

 僕はいちもくさんに逃げた。彼女の友達ならともかく、いきなり話すなんて僕には荷が重すぎるっ。



 昨日は大変な目にあった。レンちゃんとうまく意思が通じ合えなくて、彼女を呼ばれてしまうわ、そのあとレンちゃんの家まで謝りに行かなきゃならないわ。

 しかし、あきらめるわけにはいかないのだ。

 どれもこれも、僕がさらなる高みへ上りつめるためだ。

「昨日は逃げちゃったけど、今度は勇気を出して接点を作ろうと思うんだ! 」

 教室の中、朝のホームルームが始まる前の小さな喧騒の中、ボクはリュウノスケくんに話しかけた。

 リュウノスケくんはこちらを向き、「ふ~ん」といって意味ありげな目でこちらをみた。

「なんだい?」

「そう、何度も失敗できるわけじゃないんだぞ? 」

「わかっているよ」

「ほんとうか? 」

 僕はリュウノスケくんの言っていることの意味がわからなかった。その意をくんでくれたのか、リュウノスケくんは小さな声で僕に説明してくれる。

「ボクはライタの友達だ。だから注意だけはしてやりたい。ライタ。お前が不器用なのは、ずっと前から知ってる。で、不器用なりにうまくやってるってことも知ってるし、ちょっと偏った考え方をしている気がするけど、周りのみんなよりもずっと大人だってことも知ってる。ここからが本題。お前、わざと話をでかくするようにふるまってない? 」

「あっ…え」

 リュウノスケくんの分析は恐ろしいほど的中していた。僕はかえす言葉を必死に探したけど何もでてこない。いきなり、心の奥底を見透かされたようで、僕はまた逃げ出したくなった。

「あたってるのか?だったら、もうやめたほうがいい。昨日のことはもうクラスの一部でうわさになってる。昨日あれだけ騒いでたんだ。誰かが見ててもおかしくない。もちろん、それはお前が望んでやったことなのかもしれない。おおかた、お前はそれを話の種に『みんなとの交流をさらに深めよう』とか思ってるのかもしれないけどな、そんなにうまくはいかないよ、きっと」

「___」

 僕は完全に閉口してしまった。しかし、いいたい事はたくさんあった。何でソレがいけないことなのか、うまくいかないなんてなんでいえるのか。

 疑問を言葉にできずに口をもごつかせていると、リュウノスケくんは答えをくれた。

「もしかしたら、高学年とかもっと大きくなったら、そういう駆け引きとか大切になっていくのかもしれない。でもさ、お前は大人になったつもりでいても、周りはみんな子どもだ。きっと、冷やかしに来る人たちだってたくさんいるだろう 」

 あ…。全くの盲点だった。と、自分で気がつく。

 僕はきっと頭の中で、「男子」は自分、「女子」は自分の中のイメージだけでシュミレーションをしていたんだ。

 でも、実際相手にするのはみんな違って、みんな僕みたいに考えるとは限らない小学三年生だ。

「お前はいいかもしれない。そんな状況でも、わざとおどけて見せて、お前の思惑通りにクラスのみんなの中心でい居続けられるかもしれない。でも、キョウカって娘はどうなる?冷やかしたり、からかわれるのはお前だけじゃないんだぞ。ほかのクラスまで面倒見るつもりか?生半可な気持ちで、他人の気持ちも考えずに好きとか嫌いとかを利用するのは、いいことじゃないと思う」

 ああ、僕はなんて愚か者なんだろう。自分の至らなさに気がつくのは、この数分の間で何回目だ?どれもこれも、僕が何も考えずに撒いてきた種によるものだ。 お父様が全部知ったら、きっと地の果てまで殴り飛ばされるだろう。

 でも、

「いまなら、どうにかなる。あの時、途中からボクはあの場に居ない。見られてないんだよ、うわさを流したやつに。だから、何のかかわりもない第三者のを装って、このうわさが勘違いだってことをみんなにながす。まだ、そんなに広まってないから、今ならまだ間に合う」

 リュウノスケくんの言葉はとても厳しかったけど、どれも思いやりがあって、優しかった。いってくれる言葉は全部ありがたくてうれしい。

 でも、

「生半可なんかじゃない! 」

「___?!」

 大きい声を出してしまったために、クラスのみんなを驚かせてしまった。自分がムキになってしまっていたことに気がついてクラスのみんなに軽く弁解し、リュウノスケくんに向き直る。

「生半可なんかじゃない」

 今度は小さな声で言った。リュウノスケくんは少し驚いたように目を見開き、それから、僕の言葉に耳を傾けてくれた。

「そう。君の言うとおり。はじめは誰でもよかったんだ。君の言ったことはほとんどあたってる。でも、今は彼女に興味があるんだ。好きとか嫌いとか僕にはまだよくわからない。でも、彼女とあって話してみたいし友達にだってなってみたい。この気持ちは嘘じゃない。だから、少しの間、またてつだってくれないか」

 クラスの信用とかはもうどうでもいいっておもえた。もうどうでもいいことなのに、さっきまで「信用」なんて言葉を言い訳に、自分の中のもやもやした気持ちからの行動をどうにか正当化していた。でも、リュウノスケくんのおかげでそのもやもやがはれた気がした。

 リュウノスケくんは、また少しだけ驚いた顔を見せて、そのあと少し考えた後に、やっぱり

「うん。わかった」

 と言ってくれた。

「ありがとう」


 次の話からテンポが少し変わります。


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