【超短編小説】誰のせいでもありません, moon know
風呂から上がってパックを顔に載せたところで、机に置いたスマートフォンが鳴った。
鳴らない、と思っていたものが鳴る。
鳴る為に在るのだが普段は鳴らない。
おれはスマートフォンに対して動揺を隠しつつ、鳴るものが鳴るのは当たり前だと言う感じで、ことさらゆっくりとした動作で手を伸ばした。
スマートフォンを見ると、ショートメッセージが来ていると言う通知だった。
確認すると、サークルの仲間がまたひとり捕まったと言うことだった。
罪状は真不敬罪だそうだ。
何がどう不敬だったのかを捕まった本人が知る事は無いし、俺たちが確認する事もできない。
ただ、奴が書いた作品の内容が真不敬罪に該当すると判断された。それだけだ。
その前に捕まった仲間は真国家反逆罪だったし、さらにひとつ前は真公序良俗違反とか何だとかだった。
基準は不明だ。
お気持ち一つ、胸先三寸だと思う。
おれは彼らの作品が公序良俗に違反していたり、ましてや国家反逆的だとか不敬であると言う風に考えたことはない。
身内である事を差し引いて考えても、扱われている暗喩がその様な罪に該当するとは思えない。
世はまさに真文化革命と言った感じだ。華氏451度の赤い風が吹き荒れている。
「このサークルも、終わりだな」
おれはスマートフォンを机に置いた。
「独り残ったおれがそのサークルだ」
かつて江戸時代にあった剣士組みたいな事を言っても格好がつかない。おれたちは有名じゃないし、なんの権力もない。
彼らは自信の矜持とか存在意義の為に北へ逃げながら戦ったけれど、おれは彼らと違って表現の極北まで逃げながら闘っている訳じゃない。
おれはただ、何を書いたところで作品が押収される事も無く身柄を拘束される事もないと言うだけなのだ。
「お前ら全員が辞めればと思っていたのにな」
おれ以外に何かを書く奴がいなくなれば、みんながおれの書いた物を読む。おれだけが作家なのだ。みんながおれの作品を読む。そんな世界を夢見る瞬間があった。
しかしそんな事はありえない。
サークルの仲間は同志とも言えるし敵とも言える。切磋琢磨と呼ぶのかは知らない。シノギを削り合っているのとも違う。
だが、自分の作品で筆を折らせる前に赤い風に巻き込まれてしまうのは違うと思っていた。
「辞めるか」
誰に言うでも無く呟いた。
別におれが辞めたところで誰も困りゃしない。サークルが無くなったところで誰も。
しかし、これまで続けてきてしまった事を今さら辞めるのは勿体無い気になる。
「そうやって続けてきて何かあったか」
乾いたパックを剥がしてゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱の中には昨日までの生活が詰まっている。まるで記憶だ。
おれの生活はそのゴミが裏付ける。
まるでおれが書いた作品だ。おれの人生の裏付けだ。おれが生きた痕跡だ。
明日もまた、そのゴミ箱を漁るようにして何か書くものを探すんだろう。
「どうせ何を書いたって捕まりゃしない」
読む奴がいないんだからな。だったら好き勝手に書いてやるさ。不敬?国家叛逆?公序良俗?構うもんか。
「ざまぁみろ」
着替えて家を出ると、傾きかけた太陽が曖昧な顔でこちらを見た。
「たまには健全な時間に表に出たんだ、褒めろよ」
しかし太陽はもちろん何も言わない。おれ程度の存在には声をかける事がない。
大通り沿に建てられた警察署の前にある横断歩道で信号を待っていると、横断歩道の対面側に立った制服の警察官と目が合った。
信号が切り替わると同時に、おれと警察官は歩き出し、横断歩道の真ん中でカチあった。
「今日はどう言ったご用件で?」
警察官は作り笑顔で訊く。
「免許の更新ついでに、自首を」
おれは愛想笑いで答える。




