はじめまして
「おっ、会話モジュールつけたのカ。」
照明が反射する白い壁が続く廊下。
ガラス張りの部屋の前、待合スペースにいた機械にもう一体の機械が話しかけた。
「先輩どうも。そうなんですよ、あと簡易感情プログラムも入れられました。」
「今は――……端末待チ?」
先輩と呼ばれた機械は、待合スペースの後輩の隣に座る。
「そうっすね。いや~でも端末の為に会話モジュールと新規プログラムインストール必須って大げさじゃないですか?」
「瘴気自体人間の感情に関わるからナ、まぁ処理自体は端末がやってくれるけど多少知っとかないとそれはそれでブラックボックスで怖いだロ。」
機械は「そうですかね?」と椅子に項垂れた。
「それで?もう完成しそウ?」先輩機械は目の前の部屋に顔を向けた。
「……言われなくても先輩の超クラシカル雑誌データに載ってた容姿モデルを参考にしましたよ、あの端末俺らのパーツより安いんだから私用で購入すればいいでしょ。」
「馬鹿ヤロウ、地球探索特別支給品なんだヨ。しかもオーダーの容姿設定は一度だけだしナ。」
機械はため息のように排気口から空気を出した。
「それにしたって、容姿に興味のない後輩の端末に茶々いれますか普通。」
そう言いながら機械は目の前のガラス張りの向こう側を見つめた。
ガラス管の中の肉の塊がフワフワと溶液に漂っていた。
人工人間――通称:地球探査用瘴気処理端末は首に番号札を掛けて作成室から、よろよろと歩いてきた。
機械は待合番号を参照して、それが自分用の端末の人間だと確認した。
「あれカ?お前の端末?……ヘェ、お前美的センスあるナ?アイドルみたいダ。」
「先輩落ち着いて。体表温度上がってます、またショートしますよ。これだからクラシック好きは……。」
機械は、こちらに向かって歩く人間をカメラの焦点を合わせて観察する。
先輩機械のコレクションであるクラシカルデータにあった、アイドルと呼ばれる職業の人間の容姿をベースにモデリングしたが、なかなか良い出来じゃ無いかと機械は腕を組んだ。
「E958番様ですか?はじめまして。」
そう言いながら、人間は機械に手を差し出した。
機械は先輩機械に顔を向けた。顔面の光センサーが光る。
『……先輩、これなんですか?』
『初期動作。握手して端末の主を確かめるんだヨ。説明書読メ。』
そのやりとりを一秒足らずで終わらせ、端末の説明書をダウンロードする。
数瞬後、気を取り直すと機械は人間の差し出された手を握った。
「端末登録—―識別確認、完了。はじめまして、俺は今日からお前の主人になるE958だ。」
人間の手を握った瞬間、機械の機能で人間の状態がモニタリングされた。
――心拍数上昇 発汗確認 状態:緊張
「緊張してるんだろ?俺の簡易感情プログラム、「友人」に設定してあるからタメで良いよ、人間さん。」
そう言うと人間は図星を表すように、頬が火照っていく。言葉を探しながら蚊の鳴くような声で「……わかった。」と呟いた。
「……それで?稼働時間は地球換算で24時間経ってないガ。」
「肩を軽~く押したら、階段から転落。頭部の致命的損傷……壊れました。」
作成室前待合スペースに機械は再び戻ってきた。
長椅子に体を預けて顔を軽く仰ぎ、先輩機械との会話と別に内部作業を行っている。
「人間軟すぎじゃないですか?こんなのこれから先、何枚反省レポート書かなきゃいけないんですか?」
「それより稼働1日足らずっていうのが問題ありすぎたロ。……対応策ハ?」
機械は背中の排気口からフシューと音を立てながら、身を起こす。
「……人間の少しの筋力増加と俺の出力アルゴリズムの調整。」
「まぁ、そんなところだろうナ。製造コストが安いとはいえ積もれば大金だからナ?気をつけろヨ?」
「は~い……。」
「E958番様ですか?はじめまして。」
そう言いながら、人間は機械に手を差し出した。
先輩機械も仕事へ向かった待合スペースは機械しかいない。
すっかり静かな廊下には人間の声と機械の排気音だけが響いていた。
「お前さぁ……脆すぎでしょ。」
機械は人間の方を見ず、反省レポートの内部作業をしながらぼやくように言った。
その言葉に人間は、「えっと……?」と困った表情に変わった。
「俺も気を付けるけどさ~。」
そう言いながら片手間に人間の手に触れる。
「端末登録参照—―……、枝番……2?」
機械は慌てて椅子から起き上がる。人間の顔をじっとカメラで見つめた。
「お前、あいつじゃないの?」
「ええっと……。破損した私、でしょうか?その件では大変申し訳ございませんでした。オーダー規定に従い前個体より筋肉を微増しております。E958様には今後も私をご利用いただければ――」
「ちょっと待って、ちょっと待って?」
機械は慌てて人間の発言を遮った。人間は首を傾げる。
「記録の引継ぎはないわけ?」
「ありません。なにか前の端末より引継ぎする設定はあったでしょうか?」
そのきっぱりとした声に、機械のカメラはキュイキュイと処理遅延が発生した。
「あっ……そうなんだ?あー、えっと俺の簡易感情プログラムは「友人」で設定しているから敬語NGで。」
人間は姿勢を正して「わかった。」と機械を見つめ返した。
「……大事にしていたんですよ、今回は。」
機械は頭を垂れて、両手で顔パーツを覆った。
「報告書見たから知ってル。稼働時間、今回は年単位だったよナ?お前がはじめて一番長く付き合えた端末だって事は分かっているヨ。」
「でしょう?あんな……あんなに大事にしていたのに、最期は原住動物に喰われて内臓損傷の上、大量出血って。」
機械は先輩機械の方を向く。内部温度が上がり、カチカチという機械音が響く。
「……落ち着ケ、ショートすると修理が厄介だゾ。」
「でも俺、最近ようやくあいつの事分かってきて。小突く力加減も分かってきたし、あいつも……あいつも笑ってたんですよ、自然に。」
先輩機械は排気口からブォっと空気を出すと、長椅子から立ち上がった。
胸部にある収納スペースから冷却材を出すと、機械に投げてよこした。
「冷静になレ、もうちょっとで端末が完成すル。その前にショートしてたら話にならないゾ?」
「……わかりま……た。冷却材、ありが……ござい、ます。」
内部温度のせいか会話モジュールの調子が悪いようで、機械はガサガサというノイズを交えながらも先輩機械へ礼を伝えた。
「E958番様ですか?はじめまして。」
そう言いながら、人間は機械に手を差し出した。
先ほど先輩機械から貰ったカードリッジ型の冷却材を頸部の差込口に挿し込んだにも拘らず、機械の処理は遅延した。
会話モジュールもすっかり調子が戻ったにも関わらず、発声した音は「は?」だった。
「もう一度、言って貰えるか?」
機械は、震える声で言う。人間は不思議そうな顔で姿勢を正す。
「承りました。繰り返します。……E958番様ですか?はじめまし――」
「初めましてじゃねぇ!!」
機械は声帯を張り上げて叫び、乱暴に手を取った。
白い無機質な廊下に残響が響く。
――心拍数上昇 発汗確認 状態:恐怖
モニタリング結果に機械はハッと人間を見た。
「端末登録確認—―枝番3……悪い、怖がらせる気はなかった。」
「いいえ、大丈夫です。その、それで……なにか前の端末より引継ぎする設定はあったでしょうか?」
人間は震える声で尋ねる。機械は両手で人間の手を弱い力加減で包み込んだ。
「俺の簡易感情プログラムは「友人」に設定しているから、タメ口にしてくれ……お願いだから。」
機械内部では、声帯部の発熱上昇の警告音が鳴り響いていた。
人間は信じられないという顔で機械を見つめている。
隣には破損した腕のパーツを持った機械が座っていた。
「どうして庇った。私は製造コストが低いだろう?」
「……確かにな。お前の製造より俺のパーツ修理費の方が10倍は高いわ。」
掴んだ腕パーツは表層部が爛れ、露出したコードが何本か引き裂かれていた。
排気口からシュコーと気の抜けた排気音がする。
「お陰で前回の瘴気処理の報酬金はパーだ。」
やれやれという風に機械は肩を落とす。
「それならなおさらだ!」
人間は機械を抗議するように睨んだ。
機械はダルそうに人間の方を向くと、使える右手できゅっと彼の頬を摘まんだ。
「知ら、ねぇ、よ!大体俺の簡易感情プログラムで自己解析が出来たら、俺が直々に瘴気処理するっての!そしたらお前、お役御免だぞ?お役御免!」
「ほれふぁいやふぁ(それはいやだ)」
「だろ?結果的にお前はあの肉食動物に喰われなかった!それでいいだろ!」
そう言いながら機械は人間の頬から手を離す。
「それよりこの間言っただろ?一体でも多く瘴気を処理するって。処理したらマイナス分も取り返せんだから……修理したらとっとと地球に戻るぞ。」
人間は頬を軽く擦りながら、ちらりと機械の方に目を向けた。
彼は「あぁ……、分かった……。」と小さな声で答えた。
帰還場所と繋がっています。




