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帝都異世界事変1932  作者: 黒板係
遠野迷家譚
9/12

09 マヨヒガ

◇前回のあらすじ

特別偵察連隊は闇が深そうだ

 昭和七年五月二十七日(金)


大きな風呂敷包みを持った凜之助と背広を着用し南部大型拳銃(甲)を腰に着ける三上大尉、試製拳銃付軍刀を佩刀する霧崎少尉の三人は日本鉄道の東京─青森間を走る汽車に揺られていた。


「そろそろ水戸か、長旅になるな」


「それはいいが、何故霧崎君がいる。支知君が呼んだのかね」


「三上大尉殿、本日はお世話になります」


ガタゴト揺れる汽車の中、凜之助と霧崎少尉が隣に座り、向かって三上大尉が座る。霧崎少尉は大尉と向かい合っており、あまり居心地悪い顔を出さないよう取り繕っている。


軍人ではない凜之助はそんなことは気にせず、今回の作戦について整理した内容を二人に伝え始める。


「訳あって霧崎少尉を呼ばせていただきました。今日の目標は岩手県上閉伊郡遠野町にあるマヨヒガを探して中にある『蓬莱の玉の枝』を持ち帰ることです」


地図を広げながら説明すると大尉らは食い入るように遠野町の場所を見ている。


「しかし、蓬莱の玉の枝ってのは蓬莱山にあるのではないか。竹取物語にもそう書いてあるはずだが」


そう疑問に思う三上大尉に待ったをかけるのは霧崎少尉だ。


「三上大尉、竹取物語は作り話ではないでしょうか」


「いやいや霧崎君、君の隣にいる支知君が羽織っているものは何か」


三上大尉が霧崎少尉に尋ねるのに合わせ、凜之助はマッチの火を羽織りに当てる。


「火鼠の皮衣ですか!」


火が燃え移らない羽織を見て霧崎少尉はたいそう驚いた様子だ。そして蓬莱の玉の枝の存在についても信じるしかないといった顔をする。


やることは共有できたが、汽車はまだ湯本だった。目的地までまだまだ時間があるため凜之助は竹取物語に関する小話を始めた。


「実はですね、民俗学者の間では竹取物語に関する面白い仮説があるのです。気になりますか」


「ほうほう、実に興味深い。ぜひ聞かせてくれ」


興味津々に聞いてくる三上大尉は本当にこの手の話が好きなのだろう。凜之助もそれに応えるようくらもちの皇子になり切って話し始める。


「二年前から本格的に研究が始まった竹取物語は、実は平安時代に京の都付近に開いた魔腔の中の話だという仮説があります」


「なんと....」


「それは流石に信じられない」


「霧崎少尉は解らないと思いますが、魔腔が開いている今、妖怪は身近に感じられる存在になっています。そして妖怪に関する話が多いのは昭和、江戸時代、そして平安時代です。江戸に妖怪が流行ったのは印刷技術が発達したからでしょう、不思議なのは平安時代の今昔物語集に怪談が多いことです」


「納得は出来ないが退屈しのぎにはなったよ」


「私はなかなか面白い仮説だと思ったがね」


そんな話をしていると、気付けば汽車は仙台を越え、花巻駅に到着した。


「ここで乗り換えますよ」


日本鉄道の汽車から降り、岩手軽便鉄道に乗り換え土沢駅、綾織駅を越えると、目的地である遠野駅に到着した。


「さてさて、これからどうすればいいのかね」


「遠野家に手紙を送ってあるのでそこに向かいます。そこの主人は自分とはあまり口を利いてくれないので苦手ですが」


日が真上に昇り辺りを照らす。村には家が点々としており、小川が流れ蜻蛉が飛び回り蝶が舞っている。


「のどかだ」


「霧崎君はこういう田舎が好きかね」


「そうですね、普段は薄暗い魔腔で生活していますから。陽光が心地いいのです」


霧崎少尉の周囲に蝶が集まっている。軍人二人がふと前を見ると凜之助は既に遠くを歩いていた。


「なんて軽い足取りだ」


凜之助は茅葺屋根の平屋に着いた。そして彼を出迎えたのは小雪とその父親だった。遠野家の二人は凜之助ら三人を歓迎して焼き魚や汁物などを用意し、囲炉裏を囲って昼食をとる。


「凜之助さん、会いに来てくれてありがとう」


「こっちこそ、急に来ることになったのに部屋を開けてご飯作ってくれて助かったよ」


皆で囲炉裏を囲み昼食を食べ、午後の英気を養う。


「いやいや、これはまたうまい餅だ」


「じゅうね餅、えごま味噌を塗って焼いた小麦の餅です」


「むぐぐ....」


「霧崎さん、よく噛んで食べてください。まだまだ沢山ありますので」


食事を終え、小雪は近くの川に洗濯に行っている。三上大尉と凜之助は部屋を箒で掃除していた。


「支知君はこの家の人たちとどのような関係なのかね」


「小雪ちゃんは自分の恋人です」


「そうだったか」


「もっとも、親御さんと会話するのは片手で数える程度ですがね。きっと霧崎少尉の方がお義父様からの好感あると思います」


一方その頃、霧崎少尉と小雪の父は斧で薪を切っていた。


「はっ、ほっ、せいっ」


「流石軍人さんだ。強いなぁ」


「食べた分は働く。借りは作らん」


ひと月分の薪を割ってしまう勢いで斧を振る霧崎少尉を呼び戻すと、風呂敷包みを広げ、中の和服に着替える。


「着流しに股引、草履....所謂野良着というやつかね」


「織子さんに用意してもらいました」


「しかし、これを着て何をする」


「マヨヒガに迷い込みに行きます。籠を背負って蕗を取りに行きましょう。荷物は忘れずに」


日がやや傾く午後、三人は小川に蕗を取りに行くことにした。


「自分と三上さんで下に行くから、霧崎さんは上の方に行ってください」


こうして三人はそれぞれ上と下に分かれ、行くことになった。


ところが、もうじき六月になるせいかあまりいい物が見当たらなかった。


「支知君、君は霧崎君をマヨヒガに行かせるつもりだね」


「はい、上手くいくといいのですが」


「うまくいくだろう。なにせ、我々と違って彼はなかなかに無欲だから」


霧崎少尉は小川に沿って上へ上へと登って行った。


「なかなかいい蕗が無いな」


いつの間にか深い山の中に入っていた。


「おお、ここには沢山生えているな」


こうして霧崎少尉は夢中になって蕗を取り始めた。もう日が傾き夕暮れになっているのにもすっかり忘れている様子だった。


「これだけ採ればいいだろう」


帰ろうとする霧崎少尉だったが、何処をどう間違ったのか帰りの道を見失ってしまった。


軍人としての経験があるにも関わらず、道を探せば探すほどますますわからなくなった。


「困った....」


霧崎少尉の身体は少しずつ冷え、疲労感がたまっていった。するとその時。


───モ~


「牛の鳴き声か」


牛がいるなら人家があるに違いない、霧崎少尉は急いで牛の鳴き声が聞こえる方向に歩いて行った。


すると、なんとも意外なことに山の中では珍しい立派な門構えの家があった。


「大きな家....これがマヨヒガか」


門をくぐると牛舎や厩舎があった。


霧崎少尉は草履を脱ぎ家の中に入ると、立派な釜や美しい着物、見事なご馳走に雅な椀などの品々があった。その光景に魅かれて中に進むと、奥の部屋には熊の毛皮や鉈、散弾銃などが置かれており、先程までの部屋とは違う雰囲気にたじろいだ。


「山男の家か」


その隣の部屋に入ると、床の間に角形の鉢の盆栽があり、それこそが金の枝に白玉が輝く蓬莱の玉の枝であった。


「これを持ち帰れば少しは評価されるだろうか」


霧崎少尉が蓬莱の玉の枝に手を触れて力を加えたその時だった。


───パキリ


「これは....蕗」


いつの間にか周囲の光景は山の中に戻り、手にあるのはただの蕗だった。


霧崎少尉はこうしてやっとのことでその日夜遅く遠野家に戻ってきた。


「霧崎さんが帰ってきた」


「お帰り霧崎君」


「只今戻りました。マヨヒガと思われる建物内で蓬莱の玉の枝に触れることは出来ましたが、回収する前に追い出されてしまいました」


「霧崎君、少し欲を出したね」


「はい....」


「まあ、次の作戦が無いこともない。今夜はもう寝よう」


翌朝、念のため凜之助と霧崎少尉は昨日マヨヒガがあったと思われる場所にやって来たが、そこには何もなく、ただ森が広がるだけであった。

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