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帝都異世界事変1932  作者: 黒板係
遠野迷家譚
8/12

08 不揃いな連隊

◇前回のあらすじ

三上大尉から新しい依頼を受けた

 昭和七年五月二十六日(木)十六時頃


「私のバイクで送ろう」


三上大尉はそう言うと、机の引き出しから鍵を取り出して軽やかな足取りで部屋を出ていく。その後を凜之助と速見上等兵の二人は、大尉の勢いに戸惑いつつ付いて行き、外にある駐輪場に向かっていった。


駐輪場には兵士たちの私物の自転車と将校の物と思われる数台のバイクがあり、その中でひときわ目を引く側車付の大型バイクが鎮座していた。


「美しい....」


「ふふん、そうだろそうだろ。私の側車付ハーレーダビッドソンさ」


前輪の鎖を外す三上大尉は誇らしげな顔をしていた。


三上大尉が操縦把手を握り、その後ろに速見上等兵が座る。そして凜之助が側車に乗り込むとバイクは発進した。


「おお、快適だ。これは陸軍のバイクか」


「いや、これは私が私物のハーレーに無理やり側車を取り付けた物だ。日本で軍用自動二輪車を作ろうとする動きはあるが、まだ先になるだろう」


「三上大尉殿、もう少し速度を落としていただけないでしょうか。酷く酔ってしまいました」


「速見君、私の白衣に吐かないでくれたまえ」


三上大尉は速度を五十キロメートル毎時から四十キロメートル毎時に落とすと、目的地に向かってさらに走らせた。


しばらくして、自動二輪車の前方に何やら光る物があると凜之助が気付いた。


「あれが速見が言っていた転移水晶か」


「はい、その通りです」


人の胸ほどの高さがある大きな水晶は自らが光を発する光源のように輝いている。そしてその水晶を守るように二人の兵士が立っていた。


「三上大尉殿、お疲れ様です。どの層まで向かわれますでしょうか」


二人の一等兵は大尉に敬礼すると人の移動を記録する帳簿を取り出した。


「少し一層に用事があってね。使わせてもらうぞ」


「はっ」


三上大尉は自動二輪車を水晶に近付けて停車させると、水晶と自動二輪車の両方に手を置いて目を閉じる。それに続いて速見上等兵も水晶に手を触れるのを見た凜之助も彼らを真似て水晶に手を触れる。


「全員準備は出来たかね」


「はい、出来ております」


「何の準備ですか」


「凜之助君は転移水晶は初めてかね」


「ええ、まあ」


「『第一層』と心の中で念じるのだ」


「分かりました」


目を瞑り、第一層と心の中でつぶやく。そして一瞬ふわりと体が浮くような感覚を覚え、再び地面に戻るような感触を感じると目を開いた。


「景色が変わった」


凜之助は周囲を見渡す。三上大尉や速見上等兵、自動二輪車の位置は変わっていないが、場所が森の中から荒野に変わっていた。そして少し明るさが強い方を見ると街が見える。


「あれは、さっきまで俺がいた街か」


「その通り、さあさあ、バイクに乗りなさい。少し距離があるぞ」


先程と同じように側車付自動二輪車で荒野を進むと、妖怪や犬養首相暗殺事件の残党が住む違法建築の街を通り過ぎ、道行く軍人とすれ違いながら特別偵察連隊の司令部庁舎まで戻ってくることができた。


「先に入り口まで行っておくれ、私はバイクを置いてくるから。速見君はこっそりと持ち場に戻りなさい」


「お心遣い感謝いたします」


そう言って三上大尉は司令部庁舎の近くにある駐輪場に側車付自動二輪車を押して行った。


(先に松木少佐に報告をして、正芳と合流しようか)


凜之助は司令部庁舎の三階にある司令官室に入ると、松木少佐に違法建築の街で見たことを報告した。


「成程、ぬらりひょんと先の犬養首相暗殺事件の残党が手を組んでいたか」


「これで個人行動をする許可をいただけますか」


松木少佐は凜之助の顔を少し見ると、ため息をついて言う。


「そういう約束だったな....。単独行動を認めよう。ただ、何か困ることがあったら協力を申し出るのだぞ」


「ありがとうございます」


司令官室から出ていく凜之助の後ろ姿を、松木少佐は何とも言えない怪しむような、そして憂うような目で見ていた。


司令官室を後にした凜之助は一階に降りると正芳とその肩に乗っているカメラの付喪神に遭遇した。


「カチャパシッ!カチャパシッ!」


カメラの頭の稼動部が頻りに動き元気のいい様子だ。


「カメラの付喪神か、どうしたんだそれ」


「こいつはライカA型だな。お前のことを気に入っているようでな。ずっと付いて来ていたそうだが見失っていたらしい」


「カチャカチャ!パッシャリ!」


写闸を動かし凜之助に何かを訴えかけている。


「成る程、俺の写真を撮りたいと。いいよ、邪魔しないなら」


「パッシャリ!」


何かの役に立つかもしれない不思議な記録係ができたところで凜之助は正芳が片付けた部屋に入ると、綺麗になった物置には布団や机、そしてミュートスコープが置かれていた。


(ライカのミュートスコープか。過去の出来事を思い出そうかな)


凜之助は一銭硬貨をミュートスコープに入れて右横のハンドルを回し始める。中では齣送りの写真が入っており、市村座での闘いを観ることができた。そんな凜之助の後ろ姿を正芳が代わって欲しいと言わんばかりの様子で見ていた。


正芳は凜之助が居ない間、霧崎少尉と共に使われていない物置部屋の掃除を行い、布団と低く長い机を運び込んでいた。


「魔腔での拠点が出来た。当分、俺はここに住むが凜之助はどうする」


「仮の寝床にするよ。外でやることができたし、帰らなくてはいけない場所があるからね」


「そうか....。本格的な探索はまた今度だな」


「ああ、しばらくは街で情報を集めておいてくれ」


「言われなくてもそのつもりさ。魔腔のすゝめの解読も進めなくちゃいけないしな」


「頼んだ」


「それと入り口近くにある共用備忘録を定期的に見ておいた方がいいぞ。この付近で起きている問題や改善されたことが書かれているからな」


「ああ、わかった」


物置部屋から出た凜之助は早速、共用備忘録を見てみることにした。


「これか」


記帳台の上にある分厚い本を捲ると、多くの軍人が様々なことを記入していた。凜之助は最初の頁から流し見ることにした。


◇共用備忘録 優先順位の低い連絡事項等を記す


大正十二年十月二十日(土)

夕張の確認した海上の穴の調査を開始する。資源が在ることを願おう。 北上 船登


大正十二年十月二十九日(月)

司令部庁舎建設の為の地盤強化は終了した。 須藤 高明


大正十二年十一月五日(月)

虫に注意。蚊取り線香は三番倉庫にあり。 吉野 正樹


(ここらは魔腔探索初期の物だな。魔腔発見当時は海だったのか。新しいものは....)


凜之助は新しい記載のある頁に目を通した。


昭和七年五月二十日(金)

食堂の床を汚すべからず。 飯田 智明


昭和七年五月二十四日(火)

誰か私の万年筆を見なかったか。 篠原 喜代光


(もう備忘録に関係ないな。まあ、俺も書いておくか)


昭和七年五月二十六日(木)

本日より勤務を開始します。

怪奇現象については司令部庁舎一階倉庫より相談受け付けます。 支知 凜之助


「これで良し。行くか」


凜之助が魔腔の入り口まで歩くと、そのすぐ手前で三上大尉は待っていた。


「私の方が早かったな」


「お待たせして申し訳ありません」


「別に構わんよ」


魔腔の外に出るとすっかり空は夕日に染まっていた。橙色の空の下、電柱と電線だけがある品川駅近くの埋め立て地を歩いていると見慣れた一人の女性が現れた。


「織子さん....」


「お夕飯の用意ができましたよ。そちらの軍人さんもよければご一緒にどうですか」


織子はどうやら夕飯を作り終えて凛之助を呼びに来たという様子だ。


「じゃあみんなで電車で帰るか」


「いえ、そんなものに乗らなくてもあたしがいるじゃないですか」


そう言うと織子は自らの顔面をベロンと剥がし、人に化けてない純白な本来の一反木綿の姿に戻った。


「さあ乗ってください。飛びますよ」


「ええ....」


「興味深いな....」


凜之助が布に腰掛け、三上大尉が布に跨ると、ふわりと風に煽られたかのように舞い上がった。下を見下ろせば線路だけが無数にある無機質な品川駅が、前方を見れば夕日に照らされる東京の街並みがいつもより美しく見えた。


「落ちないでくださいね」


京橋区や日本橋区を越え、神田区の花岡町、秋葉原駅のすぐ近くにある蕎麦屋の前に降り立った。


「他の人に見られてないか」


「大丈夫ですよ、お二人の波長も伸ばして人の目に映らないようにしておきましたから」


蕎麦屋の二階にある自室に戻ると大きな器に盛られた様々な料理が目に入る。それはなかなかお目にかかれないような料理だ。


「ずいぶん張り切って作ったな。なんて料理だ」


織子は得意げな顔で作った説明を始める。


「鶏飯にさつま汁、切り干ししまでこんの煮物と塩漬けちんこの水煮です」


(ちんこ....この黒っぽいものが)


三上大尉が怪訝な表情をする中、凜之助は今まで関わってきたいろいろな人の話から、日本中の料理の記憶を思い出して分かりやすいように織子の言葉に付け足しをした。


「地鶏を使ったとり飯に鶏肉と根菜の汁物、桜島大根の切り干しを煮物にしたもの、鰹の心臓の塩漬けを使った水煮だね。織子さんは鹿児島か宮崎出身かな、その地域では客人が来たときに飼っている鶏をつぶしてもてなすらしいね」


「よく分かりましたね。私の故郷は鹿児島県です」


「これでも元巡査だからね」


そう言って笑い合う二人の隣で話を聞いていた三上大尉は頭を抱えていた。


「巡査とは何か、民俗学者ではないのか」


(ああ、迂闊だった)


どう誤魔化そうかと考えを巡らせる横で織子は茶碗に鶏飯をよそっていた。


「何をそんな深刻に考えているのか知りませんが、とにかくご飯にしましょう」


空気が重くても腹は減る。疑問を抱えつつも食卓に着いた。


温かい鶏飯は頬張れば鶏の旨味が口いっぱいに広がり、甘い切り干し大根の煮物は塩辛い鰹の心臓と相性がいい。また、さつま汁はそれらをまとめる名脇役だった。


「鶏からいい出汁が出ていて美味しいよ、織子さん」


「ああ、これは美味い」


「お二人ともありがとうございます」


食後、窓を全開にして凜之助と三上大尉は煙草をふかしながら会話をしていた。


「支知君、先の話は聞かなかったことにしておくよ。これからよろしく頼む」


「助かります。ですが何故」


煙草の灰を灰皿に落とす三上大尉はぼんやりとした雰囲気で問いかける。


「支知君は魔腔にいる特別偵察連隊の軍人についてどう思った?」


急に軍についての質問が来るとは思っていなかった凜之助は、少し考え、今までに関わった軍人について一人一人分析する。


すると一つの結論が出た。


「軍人の雰囲気が他とは違う。堅苦しい感じが弱いのか」


「まあ、そうだな。正解正解、特別偵察連隊に所属する人間の六割くらいは、私を含め頭がおかしいと思われている」


「そうですか....」


大尉ともあろう人間がいきなり自分を卑下すると、どう反応してよいか分からなくなる。


「よく言えば天真爛漫な人間、悪く言えば頭の病気に片足を入れているような人間ばかりだ」


「確かに速見上等兵を見ているとそんな気がしますが、あくまで妖怪との混血が原因であり本人がどうこうできるようなことでもないと思います」


「その通り、その六割の人間は妖怪との混血か、霊感が強いか、妖術を使えるかのどれかであることが多い。それを中央は未知の土地、言うならば異世界に送り込んでいるのだ」


何とも闇の深い話である。ただ、凜之助も恋人の小雪が雪女との混血ということもあり、全く関係のない話ではなかった。


「そもそも、このような人間が増えたのは、約九年前の関東大震災の後、摂政宮御召艦として活動していた夕張の乗組員が発見した虚空の裂けめを、中央の指示で広げたからだ」


三上大尉はその服装から元は神職の家系だったと考えられる。そのような人間が妖怪やその影響下にある人間がひどく扱われるのが許せない様子だ。


(確かに俺も、左の袖から縄を出せるようになったのはそのくらい前だ....)


「奴らは自分たちの過ちから目をそらし、出来損ないの処理場や兵器の実験場に使う始末、これはあんまりだ」


「何か企んでいますか。例の風車を含めて」


三上大尉は黙り込んだ。しかしその目は真っ直ぐ前を向いてこれからの未来を変えようとしているのが見て取れた。


「不揃いなんだよ....うちの連隊はね」


この日は齋藤内閣が誕生した。新たに内閣総理大臣に任命された斎藤 実(さいとう まこと)は退役海軍大将だった。

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