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帝都異世界事変1932  作者: 黒板係
遠野迷家譚
7/12

07 奇妙な依頼

◇前回のあらすじ

魔腔の中を自由に探索できるように任務をこなす


 昭和七年五月二十六日(木)十時頃


魔腔の内部の司令部庁舎を離れ、車や馬がまばらに通る大通りを一人歩きながら周囲の街を見ていると、軍人だけでなく特別に許可をもらった商人たちが食料品店や雑貨用品店を営んでいる様子だった。


こうして見ると商売上手な正芳が魔腔の内部の情報を知らなかったのは不自然にも思える。


(あいつもよほど忙しかったんだろうな....)


松木少佐の依頼をこなすために、五町ほど進んでいくと大通りの左右に見える建物の作りが木造で粗雑になっていた。ここから先が違法建築の街なのだろう。


横道に入ろうとすると、ふと後ろに気配を感じた。そして振り返ると三八式歩兵銃の銃口が一つ向けられた。


「許可証を見せろ」


見覚えのある顔だった。魔腔に入って最初に出くわした兵士だ。


「何だあんたか....確か速見上等兵だったかな」


「はい、敵対している訳でもないし速見と呼んでください」


「何故ここに」


「民俗学者がどう戦うのか見たくて」


「そう....丁度よかった。左手を貸してくれ」


凜之助は速見上等兵の左手を引っ張ると、狐の形にして自分の右手の狐と組み合わせて狐の窓を作った。


「さあ一緒に、穴を覗きながら『けしやうのものか ましやうのものか 正体をあらはせ』と言って」


「わかりました」


「「けしやうのものか ましやうのものか 正体をあらはせ」」


目と狐の窓の距離をいつもより離し、二人で穴を見ながら呪文を唱える。


「これで暫くは波長を伸ばして姿を消している妖怪の姿も見える」


「妖怪は普段から透明じゃないのか」


「ああ、人に化けて人の社会に溶け込んでいる奴が多いな。その方が生活しやすいと感じているんだろうね」


凜之助と速見上等兵の二人は違法建築街の中を進んでいく。三八式歩兵銃のような小銃は狭所では取り回しが悪く使えない為、M1910を構えた凜之助を先頭にして狭く迷路のような通路を歩く。木造の建物の隙間は所々中庭のような場所があり、縁側なども作られている。言うならば丁寧に再現した雑な江戸の街並みである。


「見られているな....。速見、匂いで周囲の存在を数えられないか」


「練習中です。あれは使用中の知能の低下が激しいから信頼している人の近くで訓練しています」


建物の中からこちらを見ている存在は一見人間のように見えるが気配で妖怪だとわかる。人間の様子を見るためにわざわざ人の姿に化けているようだ。


ここで二人はおかしなことに気付いた。


「この場所はかなり広いはずなのに、さっきから一本道だ。曲がり道はあれど、交差路や丁字路が無い」


「引き返しますか」


「いや、後ろを見てみろ」


速見上等兵が振り返ると先程歩いてきた道が途切れ、行き止まりになっていた。


「罠か」


「どうだろうね、追い返すには方向が逆だしこのまま進めば総大将に会えるかもしれない」


更に進むと、凜之助の予想通りと言うべきか、広い屋敷の入り口にたどり着いた。長屋門は大きく開いており、まるで中に入ってくるよう誘っているようだ。門を潜り玉砂利が敷かれている庭を見渡すと、錦鯉が泳ぐ池や松の木がきれいに整えてあり、位の高い武士の屋敷そのものである。


そして庭の右奥から回り込んでやって来た男を見ると、凜之助は自然と毛が逆立つような感覚を覚えた。


「ここまで追ってくるとは、警察ってのは死人になっても国家のために動く働き犬だな」


「赤城....」


(支知さんが警察なのか、聞かなかったことにすべきか)


速見上等兵は嫌なことから目を逸らすように今の言葉を頭の隅に追いやった。


そして現れた人間は六尺に届く背丈に四白眼、帝国海軍の軍服に縫い付けられた大尉の肩章は罰印に切り裂かれていた。彼が何かを隠すように肩にかけていた黒いコートを羽織ると、その下に隠れていた三十五年式海軍銃が姿を見せる。


その後ろから犬養首相暗殺事件の残党である海軍兵士が四人現れ、三十五年式海軍銃や三八式歩兵銃を構える。


「運よく生き残ったよ。まだお前を捕まえるために走れる」


凜之助がM1910を抜いて構えると、隣にいる速見上等兵も三八式歩兵銃を構えた。


「支知さん、どうします」


(不味いな....打つ手なしだ)


銃を握る手から滲み出る汗が袖口に流れると、この汗の量は緊張ではなく周囲の気温が上がっているからだということに気付く。


正面にいる海軍のうち四人が顔色を変え後ずさりするのを見て、後ろに視線をやると虚空が裂け炎が溢れ出してきていた。


「これは....針猫狂華!」


裂け目から出てくる火車は途中で挟まり、人型の姿になって抜け出して見せた。


「こっちに来るのに妙に苦労したわい。はて、わてのことを知っているとは....なんじゃお前はんか」


「支知さん、こいつは何者ですか」


「なんの用だ。狂華」


針猫狂華は帯刀していた緋色の日本刀を抜くと海軍大尉に刃を向けた。


「そこの赤城 流太郎(あかぎ りゅうたろう)大尉が日本に西洋の危険な悪魔一柱を連れ込んだから、その確保に来た」


「まさかあの世の警察に気付かれるとは。だが何も問題ない」


赤城大尉は余裕の表情で三十五年式海軍銃の引き金に指を掛ける。静かな庭が殺気に満ち溢れたその時だった。


「およしなさい」


突如聞こえた声に驚いた全員が、声の方向の玄関に視線を向けると、そこには身なりの良い和装の老人が座っていた。しかし禿げ上がった老人の後頭部は大きく、この状況でもキセルを吸っている様子は異様だ。


「ぬらりひょんか....。全く気付かなかった」


「流石支知様、ご明察。儂はぬらりひょんの稲庭 煙楽(いなにわ えんらく)と申します。以後お見知りおきを」


そう言ってほほ笑む煙楽の手には魔腔のすゝめがあった。三冊目の所在が判明した反面、喜ぶことは出来なかった。


「その本、解読できるのか」


「殆ど解読できましたよ。そちらの赤城様が必要なものは紙にまとめてあります」


「そうか....」


────ダン


会話を遮るように凜之助の足元に一発の弾丸が放たれた。


「話が長い。そして俺を追ってくる人間を生かしてはおけない」


「お前は俺が捕まえる。何を考えているのか知らないが計画も止めてやる」


再び全員が武器を構え、最初に飛び掛かったのは狂華だった。


「無駄な血を流す必要はない。赤城はん、お主だけで終わらせる」


それに続いて凜之助、速見上等兵も走る。そして海軍の兵隊が迎え撃とうと引き金に指を掛けたその時だった。


───ガタン


突如庭が傾いたかと思えば、それは下に落ちる穴だった。


「穴だ。赤城大尉!お前は絶対に捕まえる。首を洗って待っていろ!」


凜之助、速見上等兵、狂華の三人は抵抗する間もなく下に落ちていき、その頭上をいくつかの弾丸が通り過ぎていった。


「稲庭、お前わざとやっただろ」


赤城大尉が煙楽を睨む。しかし煙楽は怯むことなく睨み返した。


「忘れましたか。あなたの計画を手伝うのはいい、しかしこの妖怪の街を荒らすことは許さないということを」


「ちっ、行くぞ」


赤城大尉と兵隊は屋敷の中に戻っていく。再び静かになった庭に立つ煙楽は荒れた砂利を静かに整えるのであった。


昭和七年五月二十六日(木)正午


一方、凜之助一行は岩肌に体を叩きつけながら落下していき、突然別の空間が目に入った。


「どこだここ、森か」


木々の間に落ちる凜之助は妖術を使い地面に叩きつけられるのを防ぐ。


「縛縄・絡み蜈蚣」


袖口から伸びる縄は太い木の枝に巻き付き、細かな枝が衝撃を分散し凛之助の身体を止め、宙吊りの状態になった。


「うわあ!」


上から速見上等兵が落ちてくると、その腕をつかんで止める。


「にゃああ!」


さらにその上から狂華が落ちてくるが掴むことは出来ずに地面に叩きつけられた。


「痛た....わてのことも掴んでくれて良かったのではないか」


するすると縄を伸ばしながら地上に降りる凜之助と速見上等兵は無傷だった。それに比べ狂華は体を地面に叩きつけられ骨が十数本折れた様子だ。


「嫌だよ、絶対熱いだろ。それに体が炎なんだからすぐ治るだろ」


「そうじゃな」


狂華は一度火車の姿に戻ると、再び人間の姿になり回復した。


改めて周囲を見回すとどこまでも続く森が広がるだけだった。日本の森と比較すると下草の量がやや多いように感じるくらいだ。


「この森には肉食の獣が多いのかもしれないな」


「流石学者」


「話しているところ悪いが、わては一度地獄に帰らせてもらうぞ」


「俺や小雪に用はないのか」


「....あるにはあるが、小雪はんの場所が判らんから今はいい」


「そうか」


狂華は地獄への道を開くと、灼熱と死臭が襲うその中へ帰っていった。


「さて、これからどうしようか」


「この階層の前進指揮所に行きましょう。大隊と合流すれば簡単に帰ることが出来ます」


「魔腔は階層構造になっているのか....」


「説明はまだでしたか。五層まで確認できています。とはいえ人力で下層まで掘り抜くやつがいるとは」


「そうか....。ところで指揮所の場所は分かるか」


「足跡を探して辿りましょう。足跡が増える方向にあるはずです」


速見上等兵の言うとおりに足跡を探し、一小隊分の足跡を見つけそれを辿ると大きな整備道に出た。さらにその道を歩くと、陸軍とすれ違うことも増え、次第にレンガ造りの大隊指揮所が見えてきた。


「到着です」


「この大隊の指揮官に挨拶に行こうかな」


モダンな指揮所の中を歩き二階の奥の部屋にたどり着いた。しかし扉の奥からは何者の気配も感じなかった。


「留守かな?」


「いや、ここにいる三上大尉は元々気配が薄いのです」


────叩扉


「失礼します」


略帽を脱いだ速見上等兵と入室すると、中には神職の人が着る白衣(びゃくえ)を軍服の上に羽織った三上大尉の姿があった。


「三上大尉殿、恐れ入ります。自分、霧崎小隊の速見であります。急な来訪で申し訳ありません。事故に巻き込まれ上層から落下してまいりました。帰還するための転移水晶の使用許可を」


帰還に必要な許可を取ろうとすると、三上大尉こと三上 爾想(みかみ じそう)は凜之助の姿を見るや否や一目散に駆け寄ってきた。


「いや~、いやいや。君が凜之助君だね、話は無線で聞いているよ。ささっ、座って座って。お茶飲むか」


「お構いなく」


話に聞いていた影が薄い人という情報とは裏腹に、やや五月蠅い大尉は興奮した様子で、自らお茶を淹れ凜之助と速見上等兵に差し出した。


「ここに来たのは何かの縁だ。ここは一つ頼まれてくれないか」


突然の事ではあるが相手は陸軍大尉である。ここは一つ顔を売っておくのが得策だろう。


「それはいいですが、どんな要件でしょう」


「よくぞ聞いてくれた。これを見てくれ」


三上大尉が一つの風車を取り出して見せた。見た目はごく普通の八枚羽の子どもが振り回して遊ぶようなものだ。


「何か神様が入っている」


「やはり君にはわかるかね。そう、これはとある山に祭られている梟の神の力を借りるものだ」


「はあ....」


「この先、妖怪や幽霊のような人ならざる存在と戦うことが増えると考えた私はこれを作った。ただ、あと一つの材料、蓬莱の玉の枝が必要なのだが見つからなくてな」


「それを探してきて欲しいと」


「いやいや、一緒に探しに行きたいのだ」


突拍子の無い話であるが今更だろう、何はともあれ上層に戻らなくては話にならないのだ。


これも小雪の為、断る理由は無い。


「引き受けました」

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